第26話 僕は癒されていないのか?

(12月第2月曜日)

昼休み、秋本君から携帯にメールが入った。[今週、一緒に行かないか? 都合を知らせてくれ!]


例の誘いだった。前回が11月の第1週の木曜日だったから、もう1か月だ。すぐに返信する。[しばらくやめておきたい。でも飲まないか? 水曜日か木曜日にでも]


すぐに返事が来る。[水曜日に飲もう。7時に例のビアホールで]


[了解]と入れる。秋本君に聞いてみたいことがあった。


◆ ◆ ◆

(12月第2水曜日)

水曜日、7時前にビアホールに着いた。奥のテーブルに席をとると、少し遅れて秋本君が現れた。


「久しぶりだな。仕事の相談でもあるのか?」


「いや、プライベートなことだけど、聞いてみたいことがあってね」


「まあ、飲もう。注文は?」


「まだだ、生ビールをジョッキで、それにソーセージの盛り合わせでどう?」


すぐにビールが運ばれてきたので、乾杯して、飲み始める。


「せっかく一緒にと誘ってくれてすまないね。しばらくやめておきたい。考えるところがあって」


「なに? 考えるところって」


「秋本君は何のために、行っている?」


「何のためって、うまく言えないけど、ほっとするというか、心が安らかになる?」


「癒される?」


「そう、癒される! ストレスから解放されて楽になると言う感じかな?」


「奥さんとはどうなんだ? 癒されていないのか?」


「うーん、あまり考えたことがなかったな。あえていうなら、満足感とか充実感とかそんな感じかな。その方が強いかな」


「何となく分かるけど、具体的には?」


「具体的? うーん、始めのころは痛がったり恥ずかしがったりしてうまくできなかったが、俺にしがみついてきたり、終わった後にぐったりしていたり、それは愛おしいものだ。彼女を自分のものにした、思い通りにしたと言う満足感、充実感があった。今でも二人の呼吸が合うと言うかうまくいくと、満足感、充実感はある。でも癒されているというのとは少し違うような気がする」


「なるほど、感じは分かる」


「分かるって、吉川君にも彼女ができたのか? それでしばらくやめたいんだな」


「吉川君だから言うけど、12月2日に入籍した。会社には届を出したところだ」


「そうなのか? さすが吉川君だ。でも満足していないのか?」


「確かに秋本君の言う満足感や充実感はあるんだ。でも癒されていると言う風には感じていない。そのことに気が付いて、どうしてなんだろうと考えている」


「癒されたいのか? 彼女に」


「ああ、そうだ」


「癒してくれるから、彼女を好きになったんじゃないのか?」


「そうじゃなかった。すごく美人で、少し陰があるところが気になって、好きになった」


「どちらかというと、性格からして吉川君が癒す方じゃないのか? 話しているとほっとするところがあるから」


「そうかもしれない。このごろ僕に抱かれて眠ると心が休まると言ってくれる」


「のろけるな! うまくいっているじゃないか。癒されたいなんて贅沢だ。可愛いんだろう」


「ああ、可愛くて愛おしい」


「のろけだな。歳はいくつ離れている?」


「29歳になったばかりだ。だから6つは離れている」


「うちも7つ離れているので感じは分かる。俺は歳が離れていて可愛いから嫁にもらった。それに歳が離れていると自分が優位にたてるという安心感があった。癒されたい! が理由ではなかった」


「そうか、秋本君は僕と似たところがあるのかもしれないな。だから気が合う」


「僕の話、参考になったか?」


「ああ、参考になった。ありがとう」


「思い出した! 同期の岸辺君が去年職場結婚したのを覚えているか? 彼は派遣社員の女の子と結婚したのだけど、理由を聞いたら、彼女といると癒されるからとか言っていた。その彼女ってとても地味な娘だった」


「それは知らなかった」


「来週、仕事でこちらへ来るから、3人で一杯やるか?」


「そうだな」


「都合を聞いておくから、一杯やろう。僕も興味がある」

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