第21話 誕生祝いにホテルでディナーを食べた! 布団に入ってきて背中を撫でてほしいと言った!

(11月第4金曜日)

11月24日(金)は理奈の29歳の誕生日だ。理奈に誕生日のお祝いにホテルのディナーをご馳走したいと誘った。理奈は素直にそれを受け入れてくれた。


金曜日なので遅くなっても翌日は休みだから気楽だ。銀座のホテルのメインダイニングに2名予約した。予約時間は6時半。ここならそれぞれの勤務先から遠くない。理奈の勤めている会社は浜松町の駅近くだ。


ホテルのロビーで待ち合わせることにした。不都合があればお互いにメールを入れることになっている。6時になってもメールは入らなかった。


僕は6時過ぎには到着していた。6時半少し前に理奈は到着した。それでも理奈は遅かったことを詫びた。僕が相当早く来ていることを知っているからだ。二人ですぐにメインダイニングへ向かう。


予約を告げて、料理を確認した。窓際の席へ案内された。11月の今の時間はもう真っ暗で夜景がきれいだ。


飲み物を聞かれたので、僕はグラスで赤ワインを、理奈はジンジャエールを注文した。理奈は帰りが心配なのでお酒は飲みませんと言った。


理奈は座ってからずっと外の夜景を見ている。すぐに飲みものが運ばれて来た。


「誕生日おめでとう!」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさえていただきました。お祝いしてもらって嬉しいです。それにプレゼントもいただきましたから」


乾杯する。理奈の左腕にはブレスレットが、左手の薬指には婚約指輪がしてあった。いつも出勤する時は婚約指輪をしてくれている。同居前の話し合いで結婚指輪は二人ともしていない。


アペタイザーが運ばれて来た。食べながら話し始める。


「初めてだね、外でゆっくり食事をするのは? 式の前にも東京で会いたかったのに、そんなにウイークデイも忙しかった?」


「忙しかったのは本当です。それにせっかくまとまった縁談ですので、式を挙げる前に破談にはしたくなかったからです」


「東京で会っても破談にはならないと思うけど、なぜ?」


「例えば、こうしてホテルで食事をして帰るときに誘われたら返答に困ります」


「だって、もう婚約する時にしないと約束しているじゃないか、誘っても、だめと言えばいいだけだから、それに僕は無理やり誘ったりはしない。でも誘わないと返って失礼になるのではと思ったりするけどね」


「それでも拒まれたら、いい気持ちはしないでしょう」


「否定はしないけど」


「1年ほど前にお見合いしたんです。あなたと同じ地元の方です。先方がとても気に入ってくれて、私も断るほどの理由がなかったので、お付き合いすることになりました。二人とも東京に住んでいましたので、東京で会うことにしました。3回目にお会いした時に求められました」


「随分、早いですね」


「相手の方はそういうことに慣れていたのかもしれません。私はまだそういう気持ちになれないと言って、お断りしました」


「それはそうだ、少しせっかちすぎると思う。僕は気が長い方だけど」


「そうしたら、破談にされました。でもそれで良かったと思いました。私の気持ちを考えてくれないような人でしたから」


「彼のプライドが許さなかったのかもしれないね。拒絶されて」


「分かりません。私もその時、お断りしようと思いました」


「だから、あんな約束を僕としたのか?」


「それもあります」


「僕はそんなことで破談にはしないし、そんなことで理奈さんを失いたくない。そんなに心配していたと言うことは、僕を相当に気に入ってくれていた?」


「今思うとそうかもしれません」


「それなら、それでいい。そういう気持ちだったのなら嬉しい」


「そうなら、お話ししてよかったです」


「今日はそんなこと気にしなくていいから、手を繋いで帰るだけだから」


「複雑な気持ちです」


「誘わないと失礼かな?」


「いつも目がそういっています」


「そう思っているから、僕に見られていると緊張するんだ」


「そうかもしれません」


「そんな風には理奈さんを見てはいない。ただ、愛おしくて見ているだけだから」


そんな話に夢中になって、食事を味わっていないことに気が付いた。僕が外に目をやると理奈も目をやった。外の夜景は本当にきれいだ。


「夜景がきれいですね」


「さすがに大都会東京だ。この景色を見ていると、人が集まる魅力が分かるし、エネルギーを感じる」


「あの明かりの下で、今も働いている人がいるんですね。私は山や海の景色の方がずっといいです。夜、月明かりで見る山や海の景色が好きです。静かで落ち着ていて好きです」


「今度、山か海の温泉にでも行ってみようか? 新婚旅行にも行かなかったから」


「そうですね、それもいいですね」


出てくるせっかくのおいしい料理を味わおうと、料理の話をする。


「さすがにここの料理は美味しいね」


「こんな深い味はとても出せません」


「理奈さんは、料理はいつ覚えたの?」


「中学生の時から母の手伝いをして覚えました」


「料理が好きだったの?」


「生のお肉やお魚やお野菜がおいしい料理になるところに関心がありました」


「理科の実験みたいな感じ?」


「そんな感じの興味です」


「理論的なんだ」


「さ・し・す・せ・そって知っていますか?」


「もちろん、調味料を入れる順序だ。食品会社の新製品のプロジェクトのメンバーなんだぞ。さ、砂糖はなかなか浸透しにくいので入れるのは早い方がよい。し、塩は浸透圧が高く食材から水分を呼び出すため、砂糖の前に入れると砂糖の味が食材に入らなくなるため、砂糖より後に入れる。す、酢は早く入れ過ぎると酸味がとんでしまうし、塩以上に食材に味が染みるのを妨げるので、塩より後に入れる。そ、醤油や味噌は早く入れると風味を損なうので仕上がりに入れる」


「さすがですね。ではほかにも、さ・し・す・せ・そ、があるのをしっていますか? 私はほとんど使いませんが」


「理奈さんはほとんど使わない? 分からないなあ」


「教えてあげましょうか? 男性に使うと効果があるそうです。さ、さすがですね! し、知らなかった! す、すごい! せ、センスいい! そ、そうなんですか! だそうです」


「そういえば理奈さんは使わないな、まあ、言われて悪い気はしないがあまり言われてもね。言うタイミングに寄るかな? ただ、あまりこれをつかうと軽薄な感じがするから注意した方が良いと思う」


「だから私はあまり使いません。よっぽどの時でないと」


「理奈さんが使う時は本当に感心した時だけなんだ。覚えておくよ」


たわいのない話が続いた。ようやく理奈は打ち解けて話をしてくれるようになった。やっぱり来てよかった。


食事を終えて外に出ると、タイミング悪く、いやタイミング良く雨が降り出した。理奈は傘を持っていなかった。僕は折り畳み傘をいつも携帯している。


「弁当忘れても傘忘れるな!」と言われているところで育ったので、その習慣は今も変わらない。この頃は天気が変わりやすい。理奈は油断した。


タクシーに乗るほどの距離ではない。これ幸いに最寄りの駅まで相合傘で歩くことにした。濡れないように自然に肩を抱いて身体を寄せる。理奈は僕の腰に手を廻している。


晴れていたら、こうはならなかったところだ。何が幸いするか分からない。まるで恋人同士? のようにいい感じで駅まで歩いた。理奈も悪い気はしなかったようで、黙って歩いていた。


9時半過ぎにはマンションに着いた。一休みしてから、僕が先に、理奈があとからお風呂に入った。


いつものように理奈があがるのを待って、ハグしてそれぞれの部屋に入って休んだ。


しばらくして、理奈がドアをノックした。


「理奈さんか? どうかしたの?」


「お布団に入れてもらっていいですか?」


「もちろん、僕が断る理由なんかない。どうぞ」


掛け布団を開けて理奈を招き入れる。この前と同じようにしてもらいたいとの意思表示か、背中を向けて横たわった。


「この前と同じに抱いて寝てください」


「いいよ、嬉しいな。本当に良い誕生日になった」


緩く抱いた両手を理奈が掴んでいる。理奈のいい匂いがする。これでいい。抱き締めるだけで十分と思っている。


「背中を撫でてもらえませんか? 小さい時、父がよく寝かせる時に撫でてくれました」


「いいけど、後向きでは撫でにくいので、こちらを向いてくれるかな?」


理奈はこちらに向きを変えたが、そのままでは顔が正面なるので、下を向いて僕の胸に顔を隠した。


そっと背中を撫で始める。背中といっても、脇の下から脇腹、お尻の上も含まれる。まず背中の真ん中をゆっくり撫でる。脇腹の方へ手を進めても嫌がらなかった。


それでお尻の方へ少し手を伸ばす。ここも良いみたい。脇の下はどうかと手を伸ばすと脇を締めた。ここまでが限界みたいだ。


範囲は分かった。ゆっくり撫でてやる。撫でるテクニックにはすこし自信がある。背中だけでも感じやすい撫で方はある。少しずつ撫で方を変えて行く。理奈は気持ちよさそうに身を任せている。


しばらくして、理奈が眠ってしまっているのに気が付いた。寝顔は安らかだ。安心して眠っている。よだれをたらしている。可愛い。


こんな寝顔が見られてよかった。ますます理奈が愛おしくなる。また、一歩、前進した。おやすみ!

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