第13話 同居生活が本格始動した!

(10月第4月曜日)

ドアをノックする音で目が覚めた。丁度6時30分だった。目覚ましをセットするのを忘れていた。いつもなら、6時に起床するところだ。


「食事の用意ができました」理奈の声がする。


「ごめん、寝坊した。目覚ましをセットするのを忘れていた」


一緒に住んでいるんだった。飛び起きて洗面所へ、歯を磨いて、髭をそって、顔を洗って、髪を整える。短めの髪はすぐに整う。10分ですべて完了して、部屋に戻ってスーツに着替える。着替えは3分で完了。


ダイニングへ行くと、理奈は出勤用のスタイルにエプロンをしている。新妻感が出ているので、じっと見つめる。僕の方を見たが、朝は忙しいので緊張している暇がないと見える。


「エプロンが良く似合うね。結婚した気分が味わえる」


「そうですか? ひとりで生活していた時よりもずっと緊張感があります」


「他人がいるからかな? でも、新鮮な感じがしていいね」


「男の人はそう思うのかもしれませんが、私は朝から緊張しています」


「そんなだと一日持たないよ」


「会社に行けば大丈夫です。それより食べて下さい。トーストとミックスジュースだけですが、ジュースはお代わりがありますからたくさん飲んで下さい」


「ありがとう」


理奈のジュースはおいしかった。配合が上手というのが分かった。2杯もお代わりしたら、理奈が喜んでいたのでよかった。


僕がジュースを味わっている間に、理奈は洗濯機から衣類を取り出して畳んでくれた。昨晩洗濯後、乾燥してあった。片付けは自分ですることになっているので、部屋に片付けに行った。


7時30分になったので、出勤する。8時でも十分間に合うが、早めに出勤することにしている。理奈はもう少ししてから出かけると言うので先に出ることにした。玄関まで送りに来た。


不意に後ろを向いてハグする。理奈は避ける暇もなく僕にハグされた。勢いで胸があたった。そう大きくはないが、やわらかい胸だった。「あっ」と言って身体を硬くする。


「行ってきます」とゆっくり言って理奈の言葉をさえぎった。理奈は何も言わなかった。キスまでしたら抵抗されただろう。そうすると気まずくなるのは分かっている。だからあえてそこまではしなかった。


少しずつでいいと思っている。でも何もしないと返って失礼ではないのか、自分を気にしてくれていないと思われることは避けたい。


駅のホームへ着くと、電車が出たばかりだった。ホームの前方で待っていると理奈が歩いて来るのが見えた。こちらには気が付いていないようだ。もういないと思っているのだろう。電車が来たので、乗り込む。理奈は後ろの別の車両に乗ったようだった。


大井町で乗り換える。人の流れに沿って歩いているので、後ろにいるだろう理奈の姿を確認できない。京浜東北線のいつもの乗り口で待っていると、後ろを理奈が通り過ぎた。


ここでは降りる時に便利な位置の車両に乗る。電車が来たので理奈も後ろの車両に乗ったようだった。理奈の会社の最寄りの駅は浜松町とのことだった。僕は先頭に近い車両に乗るから、降りるところは見られない。


本社は新橋から歩いて5分くらいのところにある。先週の金曜日は帰省するからといって休暇を取った。結婚のことはまだ部内でも話していない。


入籍もすぐにしないことになったので、会社に報告の必要もなくなった。同居しているが、扶養申請も必要ない。だからこのまま黙っているつもりだ。


いつもどおり仕事をする。この部署にきて3年になるので、仕事はすっかり慣れている。そろそろ異動があるかもしれないと思っている。


先週に一日休暇を取っていたので、溜まっていた仕事を済ませるのに少し時間がかかった。でも7時前には片付いた。仕事が終わればすぐに帰ることにしている。


新橋のコーヒーショップに立ち寄ると新しいブレンドが出ていたので買ってみることにした。理奈と一緒に飲んでみよう。コーヒーが好きでよかった。


8時前には家に着いた。外から部屋に明かりが点いていた。いままでと違って不思議な感じがする。玄関の鍵を開けて中に入る。帰った時は自分で開けて入ることにしようと二人できめていた。


「ただいま」と声をかけると「おかえりなさい」の声がする。靴を脱いでいると理奈がエプロン姿で現れた。玄関を上がるとすぐにただいまのハグをする。理奈は一瞬じっとしていたが、すぐに下がって身体を離す。


「夕食の準備ができています。先にお風呂に入りますか?」


「いや、お腹が空いているので、早く食べたい。それから、新しいブレンドのコーヒー豆を買ってきたから後で一緒に飲もう」


自分の部屋で部屋着に着替えて、すぐに食卓に着いた。


「今日は野菜炒めとシュウマイ、中華スープです」


「レパートリーは多いのかな?」


「それほどではありません。期待しないで下さい。シュウマイは冷凍食品です」


「毎日作ってもらえるだけで十分、贅沢は言わない。ありがとう」


「味はどうですか?」


「うん、この野菜炒め、結構いける。缶ビールを飲んでいいかな」


「気が付きませんでした。晩酌なさるんですね」


「少しでいいから、夕食の時にアルコールがほしい。緊張が解けるから。いままでも食事の時に飲んでいたからそうさせてほしい」


「父も晩酌をしていました。やっぱり緊張が解けるんですね」


「理奈さんはどうなの、アルコールは飲めるの?」


「とても弱くて少し飲んでも酔ってしまいます。母も弱いみたいです」


「少し飲んでみる?」


「後片づけができなくなりますから止めておきます」


「酔わせて、どうこうしようなんか考えていないから、安心して」


「飲みたいときは飲ませてください」


「いいよ、ワインなら飲みやすいから、小さめの瓶でも1本買ってきておこう」


食事が済んだ。「後片付けは僕がする」といったが「休んでいてください」と理奈が後片付けもしてくれた。


後片付けが終わったので、今日買ってきたコーヒーを僕が入れた。理奈はソファーに座って一緒に飲んでくれた。


味についても感想を言ってくれた。的確な味と香りについての感想だった。理奈の味覚は優れている。だから食事の味付けも良いのだろう。


お風呂に入って、二人の普段の生活の1日目が無事終わった。

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