第1章 ── 第2話

 しばらく、人通りの多いメイン・ストリートをあてもなく進む。

 ドラゴン討伐戦の前に寄ったステインの街と比べると、だいぶ小さい町のようだ。ステインは都市と呼べるほどだが、ここは田舎町といった感じだろうか。

 すれ違う人たちは、ほとんどが人間のようだが、少数ながらドワーフや猫族、犬族といった、亜人種も含まれている。

 復活前のときと比べると、NPCたちのディテールが大変細かい。大幅アップデートだったのだろうか。制作陣の気合が窺えるなぁ。

 あの猫人族の耳はちょっと触ってみたい。


 しばらく歩くと、噴水のある円形状の広場に出た。ここは町の中心部みたいだ。大通り、小路地などが、広場を中心として、放射状に伸びている。

噴水の周りは露店がひしめいており、なかなか盛況のようだ。巡回する衛兵隊なども見える。


あれ? さっきの教会と違い、神殿のような建物もあるぞ? なんでこっちで復活しなかったんだ? 神殿前には軍神「ウルド」の大きな石像が立っている。さっきの教会の神像は戦女神「マリオン」のものだった。

 以前、マリオン神のクエストをやったことがあるからかな。ウルド神のクエストは複数パーティで討伐するような大規模戦闘レイドクエストしかないもんな。


 広場をうろつき、露店を冷やかしていると、サラマンダーの革を売っている店を発見した。値札がついていない。というか、他の店も値札がついた店がない。


「この革、いくら?」


 店番らしい革鎧の巨乳狐人族のお姉さんに声を掛けると、嬉しそうに答える。


「お、兄さん。見る目あるねぇ! この革は火蜥蜴サラマンダーという魔物の革でね、耐火性能が高い貴重品だよ。銀貨二枚と値は張るけど」

「銀貨二枚……?」


 あれ? 銀貨って何?

 VR-MMORPG「ドーンヴァース」の通貨単位は『ゴールド』であり、いわゆる金貨以外の通貨単位はないはずだけど。


「に、兄さん。少し負けるから買っておくれな。銀貨一枚と銅貨五枚で頼むよ!」


 ちょっと考えていると、買い渋っているとでも思ったのか売値を引き下げてくれるらしい。


「あ、ああ……じゃあ、これで」


 ドーンヴァースの金貨、一ゴールドを手渡す。

 店番は一ゴールドをしげしげと眺める。その顔はなんとなく嬉しそうだ。


「兄さん冒険者? ゴルド金貨じゃん。釣りがだせないよ」


──ゴルド金貨?


「なんなら、ゴルド金貨一枚分、他の商品も一緒に買っておくれな!」

「ゴルド金貨って……何?」

「え? 兄さん、冒険者なのに知らないの?駆け出しなのによく手に入れられたねー、結構やるタイプ?」


 何を言っているか良くわからない。お姉さんは俺の腕に絡みついてきて、逃さない体勢をつくる。腕が大変幸せです。


「そ、そうなんだよ。この町に来る前にちょっとした洞窟で見つけたんだよ」


 変な言い訳をしてみる。ゲームの中だと思うけど、以前との差異が大きいうちは、不審に思われる言動や行動は避けたい。トラブルの元だからね。


「いいね! あたしらも魔物狩りの冒険者チームなんだけど、今日中に素材売らないと宿屋から追い出されちゃうんだよ。このゴルド一枚あれば、次の冒険の準備入れても黒字になりそうなんだよ。頼むから買って(ハートマーク)」


 色仕掛けなのはいいけど、パーティの内情をベラベラ喋ってるし頭は弱そうだね。


「あ、うん。ご同業だし助け合う意味も込めて、いろいろ買わせてもらうよ」


 彼女に商品をいろいろと見せてもらうが、露店の商品をすべて買ってもゴルド金貨一枚(金貨四枚相当らしい)にも満たないようだ。


「全部で、金貨三枚と銅貨八枚ってところみたいだね」


一つ一つの商品と値段を計算してそういうと、彼女が驚いている。


「え? すごいね! 算術スキル持ってるの!?」

「算術スキル……なんて持ってないけど、計算は学校で習ったからね。」

「お兄さん……貴族様……?」


 突然、態度がそわそわしてくるお姉さん。学校行ってないの? 引きこもりなの? ニートなの? ていうか、貴族って何さ。貴族じゃないと学校って行けない世界観? 同じ冒険者ってことはプレイヤーじゃないの? バザー機能だよね、露店を開くシステムって。


「い、いや、俺の親父が店やってるから……」

「あ! 大商人の若様なの? そっかー、若様なのに冒険者してるなんて見どころあるじゃん~」

「ま、まあそういうことかな……ははは」


 苦笑いで返すしかない。冒険者NPCなんていたっけな……俺以外のプレイヤーはいないのだろうか。


「はい、お釣りの銀貨二枚ね! 品物はどうする? 馬車に運ぶよ?」

「あ、いいよ。カバンに入れていくよ」


 俺は、無造作に買った商品をカバンに詰めていく。それを見たお姉さんは、目を見開いている。


「そ、それって……無限鞄ホールディング・バッグ!? すごい……初めて見た……」


 インベントリ・バッグに入れてるだけなのに、すごい驚かれている。

 インベントリ・バッグとは、ドーンヴァースでのプレイヤー・キャラクターの機能だ。バッグ状のものだが、固定装備であり、他のバッグ類のアイテムとは別で、装備から取り外すことはできない。銀行システムのないドーンヴァースにおいて、貴重品やゴールドを入れておくためのものだ。無課金だと容量の制限がある。通常、「その他」装備としてバッグ類のアイテムをゲーム内で入手しなければならない。しかし、結構なお布施課金をすることで、インベントリ・バッグの容量を無限にすることができる。俺はもちろんお布施組だ。


「便利だからね、課金したんだよ」

「さすが、若様! お金持ち~♪」


 お姉さんのヨイショとスキン・シップが結構気恥ずかしい。周りの露天商の目が、うちのも買ってくれと訴えかけている。そんな金持ちじゃないんだが……。

 しかし、さっきの物価から考えると、相当なお金持ちなのかもしれない。俺の所持金は三千ゴールド程度だから、金貨一万二千枚以上になる。買い物で分かったのは、一ゴールドは金貨四枚、銀貨だと一六枚相当ということだ。他の通貨単位に、鉄貨、黄銅貨、青銅貨、銅貨というものもあるようだ。

 従来のドーンヴァースの知識とずいぶんとかけ離れていることに戸惑いを覚えるが、新システムはかなりリアルな通貨体系といえるね。


 荷物をインベントリ・バッグに全部入れ終わると、お姉さんに誘われた。


「若様は宿とか決まってるの?」

「いや、町に着いたばかりで、これから探そうかと思ってるんだ」

「じゃ、うちのチームが泊まってるトコいかない? 他のメンバーにもお礼言わせたい!」

「そうしようかな。宿屋がどこにあるか解らないし」

「決まりー。いこいこー」


 俺はお姉さんに連れられて、来た大通りと別の通りを進む。

 道すがら、お姉さんの冒険譚を聞かせてもらう。

 彼女のパーティは、一年ほど前から、この「トリエンの町」を拠点にして、冒険者ギルドの依頼を受けて、周囲に出没する魔物狩りを生業として活動しているらしい。冒険者ギルドがあるなら、明日にでも顔を出したいところだな。

 ただ、話を聞いていると、冒険者ギルドの新システムは、相当変更されている。

 ギルドにはギルド・ランクというものがあり、アイアン、ブラス、ブロンズ、カッパー、シルバー、ゴールド、プラチナと別れているらしい。通貨単位と一緒だな。これよりも上のランクというものも存在しているらしいが、見たことはないそうだ。

 彼女のパーティはブロンズ。中級クラスの冒険者のようだ。一般的な冒険者は、ブラス、ブロンズあたりで伸び悩むようで、カッパーになるとベテラン、シルバーはエリート、ゴールドになると都市の英雄、プラチナは国家的な英雄といったところか。それ以上のクラスっていうと想像もできないが。

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