第5話 マルドゥック・リフレイン



「てめえは俺たちが死ねっつったら死ぬのかよ」

 頭がぼんやりとする。

 殺せと言われて殺した私。

「そうですね、それが私を後押しする」

「来るとこ間違えてっぞ、いい医者紹介してやる」

 辛抱強い優しい言葉。

「精神科医なら間に合ってます」

 私はカウンセラーやセラピストには、恵まれていた方だ。

 私の行く末をなにくれと気にかけてくれた、組織のボスも。

 アラームが鳴る。

 電子的。銃声とは対照的。

 頭に響く。

 発信源は、サトシの手元からだった。

「ひとまず決をとります。マキさんが死ぬべきという考えの人は挙手を」

 サトシ、アンリ、ノブオの手が上がる。

 ただ一人、セイゴだけがおろしたままだった。

「3対1、マキさんを含めると4対1ですね。」

「てめえ本人は死にたがってるからいいとして、お前らなんで手を上げたのか一人ずつ答えろ」

「命令しないで。そういうあなたは大層な理由があるんでしょうね?」

 アンリはあくまでも冷徹さを崩さない。

 彼女は冷えた刃を十分すぎるほど研いでいる。

「運動もできて頭も悪くない、そんなティーンエージャーが死ぬのはまだ早すぎる。理由はそれだけだ」

「あの頃の僕らもティーンエージャーだったけどね」

 ノブオは茶々を入れた後、真顔になった。

「僕らが挙手したのは、彼女の背負っているものがあまりにも大きすぎるからだよ」

 目に見えてセイゴの怒りが膨らんだ。

 だからなんだという。

 私のことを知らない瞳。

「マキさん、カーテンの向こうに給湯設備があります。アンリさんと一緒にいかがですか?」

 日本人の婉曲的な言い回しも、ハイスクールで学習した。

「ありがとうございます。でも、可能ならここで流れを余すことなく見たいのです。私の口から同じ説明をすることは避けたいですが、かいつまんでセイゴさんに説明いただいて構いません」

 私は私の知るところで、私の人生が決められていくのを見てみたい。

「ーーわかりました」

「で、背負ってるものってなんだ」

 目配せし、ノブオが口を開く。

「変態ロリコン野郎との諸々、強要された身内殺し、恩人の死亡、証人保護プログラム適用で捨てたかつての自分の記録全て。PTSD、不眠、フラッシュバック……まあ、あのときの僕らを束にしても彼女のほうが重たくなるよね」

「人の理由をてめえが勝手に判断すんじゃねえよ」

「そうね、苦しみは人それぞれ感じ方が違うもの。それでも、私たちが知る限り最もヘビーな理由じゃないかしら?例えばあなた、昔マイさんが死にたいと考えた理由を覚えている?それを思い返したら、思うところはあるはずよ」

「…………」

「死ぬのは個人の判断に委ねられる。生きることは素晴らしい?いいえ、手放しでそうは言えないわ。それはあなただって知っているはず。生きることは苦しい。そんな人だっているのよ。そんな人達から死ぬ自由を奪うことは、傲慢だわ」

 アンリの演説に、セイゴは絶句した。

「僕も、お二人と同じです。苦しみながら生きることを、強制はできません」

 突きつけられた見えない四丁の銃。

「全員一致でいいかしら?」

 銃声まではあとわずか。

 ーーやっと終わりにすることができる。

 アンリが意義なしと、見回したときだった。

「タイム」

 病院のスピーカーが突如割って入ってきた。

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