第8話『捨てられた国境』

その荒野の真ん中には、時折干上がる小さな塩湖があり、あまり水は豊かではないものの、小さな井戸もありました。

荒野を越えるには、この場所を通るしかありません。やがて、この荒野のあちらとこちらには別々の国ができて、誰が掘ったのか定かでないこの井戸の場所に、国境の関所が置かれました。

ただ、お互いの国の軍隊には、この荒野を越えるほどの力は無く、境を接する他の国を警戒するために、この広いだけの荒野は捨てておかれました。

そのうち、どちらの国もそれぞれが別々の国との戦に巻き込まれ、荒野を行き来する人も絶えてしまいました。

どちらの国からも、関所に新しく兵士も役人も送り込まれなくなり、いよいよ、関所にはあちらの国の役人と、こちらの国の兵士の二人きりになってしまいました。

最初の十二年、二人はずっと碁をしていました。

その後の十二年は、荒野のトカゲ達に碁のてほどきをし、互いのトカゲに碁を打たせて暮らしました。

そのうち、トカゲたちの中には、二人の腕前を凌ぐものも出てきて、更に十二年は皆で碁の腕前を磨いて暮らしました。

ある朝、碁盤の前に見たことのない老人が座っています。

人の姿がなつかしく、あちらの国の役人が声をかけると、老人はぶっきらぼうに碁を打たないのかと問いますから、役人はすこし遊び心を起こして、腕の良いトカゲに老人の相手をさせたところ、かなり良い勝負になりましたが、最後には老人が押し切ってトカゲを負かしました。

続いて老人は他の強いトカゲたちを負かし、役人を負かし、兵士も負かしたので、一同老人に叩頭してここで碁のてほどきをして欲しいと乞いました。

老人は皆に告げます。自分はこの荒野の神であること、あちらの国もこちらの国も今、別々の覇王の大国に併呑され、荒野には両方の軍が迫っていること。

この場に集って碁を打つ者には、皆仙骨があるので、碁の研鑽を続けるのであれば、皆も一緒にこの荒野を閉じてしまつもりだということ。

役人と兵士には異存はありません。トカゲ達も無論のことです。ならばと、老人は荒野を閉じてしまいました。

そして、広大な荒野はあっという間にほんの二里ほどになってしまい、ここを一息に進もうとしていた数百万の大軍は、突如正面に相手の姿を認め、対峙することになってしまいました。

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