第25話 さぁ、逃げるぞ!

「そのハムスターとペンギンと肩の……ってナオちゃんのペット?」



 後ろからの泉チャンの声に、跳ね上がるアタシの心臓。恐るおそる振り返る。



「えっ……イヤ……その……」



 アタシは首と一緒に、両手の平を胸の前でブンブンと振った。だって、こんなコト、説明できないんだもん。



「何、この小っちゃいハムスター。カワイイ!」

「ペンギン操縦してるし。ウケる!」

「ペンギンもナオちゃんのペット?」

「茂クンと何かあったの? 大丈夫?」

「イヤッ、ナオちゃんの肩にいるのトカゲ? キモッ…」



 いつの間にか、泉チャンの他にもたくさんのクラスメイトが、ワラワラとアタシたちを取り囲んでいた。

 あの……ちょっと待って、みんな……一人づつしゃべってくれないと。

 トーエイはアタシの肩の上で、プイッとそっぽを向いて、不機嫌そうに丸まった。アルと鈴木くんは前後左右に向きを変えながら、変なポーズでみんなを笑わせていた。



「カワイイ~」「ね、ね、こっち向いて」「この子たち何て名前?」


 ガラッ!

「コラッ!! 何の騒ぎ? アナタたち、ソコで何やってるの!!」



 アタシたちだけじゃなくてクラスのみんなも、今までの騒ぎがまるで夢だったのかなと思えるくらい、ピタッと声を止めた。しんと静まり返る教室。アタシはマネキンのように固まったまま、目だけを教室の入口に向けた。


 ああぁぁぁ……真紀先生がこっちに来ちゃう。長い髪を振り乱して、眉毛をこれでもかってくらいつり上げて。トーエイはアタシの後ろ髪のカゲにススッと隠れる。

 全然慌てる素振りもない鈴木くんの頭の上で、アルはアタシに向かってウインクした。



「ナオ、教師にワタシたちのコトを聞かれても、上手くごまかしておけよ。悪目立ちすると、学級委員長になるにあたって支障が出るからな」



 こんな時まで学級委員長コトを考えているアルって、全然ブレないのね。コクッと小さくうなずきはしたけど、どうやって上手くごまかそう。

 アルは鈴木くんの髪を引っ張って、二匹で何かゴニョゴニョと話していた。



「ちょっと、そこどいて!」



 真紀先生がクラスメイトの人だかりをかき分ける。みんなが取り囲んでいてくれるおかげで、アルと鈴木くんは先生の場所から見えない。だって、鈴木くんって小さいから。



「ほらっ、そこ!」



 右手をのばして、クラスメイトの波を割って、真っ直ぐアタシたちの方へ向かってくる真紀先生。アルを乗せた鈴木くんは、左右に割れる人だかりにまぎれて教室の出入口へ向かって飛び跳ねた。



「松平さん、学校にペットなんか……って、ハムスターもペンギンもいないじゃない」



 アルのコトも鈴木くんのコトも真紀先生にもうバレちゃってるじゃない。誰が真紀先生を呼びに行ったんだろ?



「……ハッ!? 奥野くん、どうしたの? 大丈夫? 何があったの?」



 ヒザを折ってうつむいて座っている茂クンを見つけた真紀先生は、近くにいたアタシをボヨンと跳ね飛ばして、慌てて茂クンにかけよった。

 茂クンとアタシとの、この扱いの差って何? 真紀先生を呼びに行った子は、アタシのコト、何て言ったんだろ? アタシが『ワルモノ』なのかな?



「ん……大丈夫……です」



 茂クンは顔を上げて目を細め、机にかけた右手に力を込めた。

 よかった。茂クン大丈夫だったんだ。体の中にいた蟲がいなくなって、どうなっちゃうんだろうって思ってたんだ。何ともないみたいでホッと一安心。

 茂クンはアタシに目をとめて、ニコッと優しく笑った。真紀先生はアタシを鬼のような顔で見る。あぁ、やっぱり『ワルモノ』はアタシなんだ。



「先生、ペンギンが教室から逃げて行きます!」



 教室の出入口の方から声が上がった。さくらチャンだった。

 スクッと立ち上がって、教室の出入口の引き戸を振り返る真紀先生。ザワつく教室。

 長いスカートも気にしないで、教室の出入口に向かって走る真紀先生。先生を追うクラスのみんな。アタシも行かなくちゃ。鈴木くんとアルが捕まっちゃう。



「コラ!! 待ちなさい!!」



 教室の引き戸に手をそえて、大きな声を上げる真紀先生。アルを乗せて廊下をピョンピョンと跳ねる鈴木くん。鈴木くんが跳ねるたびに、ポヨンポヨンと小さなお尻を浮かせるアル。クラスのみんなは教室の外、廊下でアルと鈴木くんを目で追った。


 とてもペンギンとは思えない速さで廊下を跳ねる鈴木くん。アタシはトイレの入口でアルと鈴木くんの背中を見ていた。

 何もできないもどかしさで落ち着かない。一瞬、駆け寄ろうと思ったけど、トイレの入口に置かれた青いゴミバケツに膝をぶつけて我に返った。



「ア……」

「ナオ、忘れたのか!」



 アルは鈴木くんの頭の上でアタシを振り返って首を左右にプルプル振った。

 うっ……呼んじゃいけないのは分かってるんだけど、どうやって逃げるの? スゴク心配だよ。



「ありがとう、松平さん」



 アルと鈴木くんに気を取られていたアタシのすぐ隣に、茂クンが立っていた。体から蟲がいなくなった茂クン。顔つきから今までと違う。黒い七分丈のパンツにワンポイントの入ったTシャツでメガネっ子。オシャレだし。

 今日の今日まで気にして見たコトなかったけど、これがホントの茂クンなんだ。

 きっと初めましてだよ。



「あのハムスターとペンギン、それに、その肩にいる……ヤモリは……」



 茂クンは穴が開くくらいジーッと、アタシの肩のトーエイを見つめる。

 トーエイ、いつの間に出てきてたのよ?


 ガラッ……


 茂クンの話途中でアタシはブンッと勢いよく振り返った。髪の毛で風がおきるくらい。

 あっ、アルと鈴木くん、隣の特別活動室に入って行っちゃった。図工とかで大きな作業とかする時に使う特別活動室。略して特活室。そこ入ったら行き止まりじゃない?



「ちょっ……誰か……そのペンギン捕まえて!!」



 思ったより素早い鈴木くんに手を焼いた真紀先生はキョロキョロと、遠巻きに見ているクラスメイトに声を上げた。けど、みんな顔を見合わせるだけで、一人たりとも動く人はいなかった。みんな、捕まってほしくないって思ってくれてるのかな?



「もうっ!」



 真紀先生は握ったこぶしを、体の横で力いっぱい上下に振った。そして、一人特活室にかけて行った。

 鈴木くんとアルが消えて、今真紀先生もいなくなった廊下で、みんなは特活室の引き戸を見つめたままゴクッと息を飲んだ。


 ダメ……今度こそ捕まっちゃう。

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