第32話 ドラゴン・スレイヤー・イズ・ノット・ヒア

 

 

 

 

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 「……色々と言いたいことはありますが」女性士官は言葉に迷いながらもどうにか一言「負けましたね…………」

 

 「……………そうだな」

 

 声が震えている。怒りを堪えているに違いない。女性士官はそう解釈した。体、肩から指先までぷるぷるしてる。どうしよう。女性士官は思った、こんなにも怒り狂ってるこの人を見たことがないのだ。だから対処に困った。上官が他人の時に怒り狂ってるのを宥める方法、女性士官は生体組込式端末バイオデッキから検索ワードを入れてみる。駄目ですね……。彼女は内心溜息を吐いた。

 

 「……………………………フフ」

 

 ほら、めちゃくちゃ怒って……ん? 女性士官は首を傾げた。ちなみに他のオペレーター達も同じ思考をしていた。ついでに、同様に首を傾げた。すると、

 

 「フフフフフフフフフフフフフフハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!」

 

 笑い出した。エーレンブルグ、大爆笑。肘掛けを何度も拳で殴って、腹を抱えて抱腹絶倒。相当ツボに入ったようだ。彼女らには何がツボなのかは分からなかった。

 それも直ぐに分かったが。

 

 「負けた! 負けやがったよ、あの馬鹿!! 負けたよあの馬鹿野郎!! あーくっそ最高だ! 見たな?! 見てたな?! 当たり前だな?! あのアホ面!! 斬られた事に気づいてない面だった! 録画はしたか? してるに決まっているな?! 後で私に録画データを送っておけ! くくく……最高だ……後で全力で煽ってやろう……。上映会……そうだな、全員、全員だ。社にいる暇人から暇人じゃないやつ全員纏めて招集して上映会だ……クック……いい肴はできたし酒もいいものを用意せねばなあ……」

 

 「あ、あの……隊長……」

 

 とても盛り上がっているところ大変申し訳無いないのですが、という前置いて女性士官は口を開くと。

 

 「あれは……死んでいませんか……?」

 

 「いや、まだ生きている」言われてよく見れば「……あっ確かに」ホロウィンドウの向こうでぴくぴくと震えるクロウ。

 

 「生体組込式端末バイオデッキ入れないもんだからバイタル把握ができないのは困りものだ」

 

 大笑いを引っ込めて、指先で目尻に溜まった涙を拭い、苦笑する。どうやらだいぶ落ち着いたらしい。

 

 「……おお、そうだ」何やら悪い笑み一つ「この機会に突っ込んでやろう。あの調子ならしばらくまともに動けまい」

 

 「はは……それはまた良い計画で……」冷や汗浮かべて言葉を濁すと「それで、あの二人はどうします?」

 

 「良いものは見せてもらった」頬杖ついて「しかし、これはまた別だな」

 

 鋭さを取り戻した双眸が地に尻つけた二人を見つめていた。

 

 「しばらく見ておけ。あの調子では動けんだろう。ある程度落ち着いた頃に回収させろ――ああ、目は離すなよ。逃げられてもつまらん」

 

 そう指示を飛ばして、彼女は優雅にティーカップを傾けた。その余裕はやはり強者故か。

 

 「異形と狩人の方はどうなっている?」

 

 「それが――……」先程から通信が途絶えているとオペレーターが戸惑いがちに口を開こうとした。

 

 ――直後、それを崩さんとけたたましく鳴り響いたレッドアラート。

 

 

 

 

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 その時、彼らの頭上を青い流星が駆け抜けた。

 

 

 

 

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 「なんだ……?」

 

 納刀し、尻を地につけて、走り抜けた輝きを目にしたヨシカゲは呟く。

 

 「なん……でしょうね」

 

 顔色悪く、肩で息をするユキカゲは同じ様に見上げて揃って同じ言葉を作った。

 

 

 

 

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 「今度は何事だ!」

 

 「各種センサーに感有り! 戦域上空に高速飛翔体! ドローン及び、蝸牛の視覚共有から映像来ました!」

 

 開くホロウィンドウ。「これは……」エーレンブルグは形の良い眉を顰めると。

 

 

 

 

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 「首……か?」――――誰もがそう呟いた。

 

 

 

 

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 上空。低層街を恐怖のどん底に叩き落とした殺戮者、刃金の異形ソードウイング――その首、変わり果てた姿が浮かんでいた。慣性も無視した急制動。ぴたりと、万有引力に喧嘩を売りながら首は空中にあった。ただあまりにも悍ましい。目と口の伽藍堂を晒す少年の顔面が空中に漂うさまには誰もが同じ感想を抱いた。何か青いものが――渦巻きが首には生えていた。恐らく、青い渦巻きのそれが静止させているのだろう。きっと動力源もそれだ。遠目で、誰の目にも明らかだった。というよりも胎動し続けるのを見れば一目で分かる。

 

 「――刃金の、異形ソードウイング……?」

 

 女性士官が呟く。同じ事を強化外骨格エクソスケルトン〈シルヴァ・バレット〉の操者も内側で呟いていた。

 

 『にしては……小さいな』

 

 〈黒兜〉の一人が呟いた。まるで会話をしているかのように言葉が繋がる。皆々、大体同じ様なことを考えていた。同じ感想も当たり前だろう。目にした時よりも大部分が無いのだから。翼も、矮躯も。何もかもが、あるはずのそれらが刃金の異形ソードウイングには無かった。

 

 『そりゃそうだろ! ありゃ頭しかねえ!」

 

 ローラーを滑らせてやってきた別の〈黒兜〉が軽く肩を叩く。ついでに棒立ちのバロットを大口径ラージキャリバーの銃床で雑に叩き潰す。嫌な音がした。頭蓋の砕ける音。内容物を撒き散らす音。地面がまた上書きコーティングされた。

 

 『んで、どうするよ?』

 

 『どうするも、こうするも……』双眸デュアルアイを隣に投げかけて『目標が来た。ならやることは一つだろ』

 

 『そりゃそうだがよぉ……』顎で指して『頭しかねえぞ』

 

 『そうだが……一応、対象だろ?』

 

 『……まあ、確かに』取り敢えず。そう二人頷いて『こちらブラック8! 本部、命令求む!』会社づとめとして当然の事をした。

 

 「………どうします?」女性士官の視線と言葉に「どうするも何も、あいつらも言っていただろう?」

 

 エーレンブルグは変わらず肘をついて。

 

 「我々の目標がそこに居る」ホロウィンドウの向こう側に指を向け「目標が自分から来ている――捕らえろ、必ずだ」

 

 『だそうだ』銃声高らかに。蘇るバロットに叩き込んで『うっし、やるか』〈黒兜〉のもう一人が片手の大口径ラージキャリバーに新たなマガジンを挿入した。

 

 

 

 

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 ぎゅりゅりと無数の瞳が一点に集中した。

 

 

 

 

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 決して人のものではない。無機質に澱んだ瞳は一点を見つめた。持ち主は、バロット。不死の異形もどきは神を仰ぐように、親を見上げる子のような顔で――――。

 

 『うぉ!』驚愕一声。『なんだこれは……!』

 

 〈黒兜〉達が見渡せば、全てのバロットが脇目も振らずに走り出していた。一直線に。真っ直ぐに。向かう先は、見れば分かった。刃金の異形ソードウイングだ。ものの一瞬で、無数のバロット達は津波のように駆け抜けていく。凄まじい足音の連なり。轟音めいた、横に並び、我先と上を乗り越えていくのはまるで津波だった。

 一瞬で、それこそ走り出す寸前で〈黒兜〉の二人は反応した。足のローラーを唸らせて、脱出行動に移る。現実、津波からの逃避は難しい。だから、彼らが逃れたのは幸運だ。ほんの隙間を刹那に見出して、寸刻と躊躇いなく弾丸ハードショットを叩き込んで、叫ぶ高周波ブレードを捻り込む。二人がどうにか潜り抜ける道を開けた事はきっと今生の運を全て使い果たしたとしても過言ではない。

 高波を前にしたヨシカゲといえば――立ち竦んでいた。動けなかった。今の全力機動によって疲弊した体は、強化外骨格エクソスケルトンをもってしても治癒が追い付いていなかった。だから、動けない。だから、波に呑まれる。

 

 「させはしないッ――」しかし、それに首肯するほど、「絶対にッ!」ユキカゲは愛は弱くない。

 

 対物斥力膜アンチマテリアルフィールドが力を振るう。ユキカゲの制御できる斥力は、腕の先、肘から先。小さな力だ――この波を前にすれば。しかし抗う。

 

 「これも愛というやつかい?」せせら笑い「まあ、か弱いものだ」

 

 剣筋が空に引かれる。引かれた先で、斬と結果になる。バロット達がずんばらりと地に落ちる。再生するが同胞に踏み潰されて地の染みペーストに。

 

 「何の、つもりだ……?」

 

 生体組込式端末バイオデッキで痛覚をカットし、脇から来るバロットを斬り捨て、ヨシカゲは問うた。

 

 「むざむざ殺されたら俺の立つ瀬がないだろう?」

 

 プライドの問題だとクロウは笑った。

 

 「……そうかい」

 

 短くヨシカゲは返す。今は争う時ではないというのを悟っていたからというのもあるが、気を取られれば轢殺されるのを理解していたからだ。なによりクロウはこの状況に必要だった。手はいくつ合っても足りない。そんな状況だった。

 そうして潜り抜けて、息せき切って。周囲の同僚だったものや敵だったものの転がる戦場跡から、彼らは、生存者たちは見た。

  

 『おい! あれ!』〈黒兜〉の一人がかざした指の先を皆が辿れば『っ――!!』息を詰まらせるような驚愕をこぼした。

 

 空に留まる刃金の異形ソードウイングの下で巨大な柱が形成されていた。バロット達で編まれて重ねた巨大な柱。自身が潰れようと関係なく。

 次いで捉えたのは、自身の纏うそれと同じもの。バロットの波に呑まれたのか、柱に組み込まれた同僚――〈黒兜〉の姿。よく見れば銀色、〈シルヴァ・バレット〉の姿もある。圧壊寸前だ。どう考えても即死か死に体だろう。ぴくぴくと動いているが周りの胎動か、不自然な構築の下、作られた為に起こる崩壊の前触れで震えているだけに見えた。

 肉の柱。人と金属の円柱。あれだけの質量を圧縮し、屹立する小地獄。乱立する虚ろな顔が人々を見下ろし、潰れた手足が彩りとなっている。

 その上空で、浮かぶ首を、刃金の異形ソードウイングを青い螺旋が包み込んだ。恐ろしげな唸りを上げて螺旋は回転を強めた。と思えば、柱の頂点に突き刺さり、血煙を立ててあっという間に内側に消えていく。数秒だ。強烈な採掘音。硬く圧縮したことが察せられる柱を掘り削る音が一瞬の出来事に静まり返った戦場に響き――消えた。

 

 ――――刹那。

 

 円柱が内側から破裂した。吹き上がった血肉の雨が降る。異物が、雨に混じって〈黒兜〉を叩く。骨や金属。ザーッと通り雨の様に降り注いで彼らの視界を阻害する。けれど、〈黒兜〉の視界は肉体に依存しない。脳髄の中で生体組込式端末バイオデッキが電気信号を手繰り続ける限り。だから、視界が開けるのは直ぐだった。直ぐに、円柱の奥で生まれ落ちたものを〈黒兜〉達も、ヨシカゲも、ユキカゲも、クロウも、〈蝸牛〉達も――彼女らを通して見るエーレンブルグも、女性士官もオペレーター達も、皆が見た。

 

 「あれは……」ヨシカゲがポツリと零し「卵、ですかね……?」ユキカゲが呟いた。

 

 卵が、あった。血煙が都市機構の緊急排出で外に吐き出され、元の色彩を取り戻しつつある視界に映り込んだのは、瓦礫にぽつんとある卵一つ。常人程度の視力で遠目に見ても認識できる程の大きさ。ヨシカゲ達から距離として二百から三百ほどはあるので、通常の生物が生み出すにはあまりに大きい。見た限りは鳥類や爬虫類のそれだ。厚いか薄いか分からない白濁した殻が中身を覆い隠している。


 「卵だろォなあ」クロウも同意する「何が出てくるか、分かったもんじゃねえが」

 

 その言葉はその場の全員の総意と言えた。

 

 「熱は……」

 

 ヨシカゲの熱探知=視界には黒い卵が映っていた。漆黒。それは一ミリたりとも他の色彩が無い。つまるところ熱を発していなかった。だが、それも今のうちだけだと気づいたのは、ほんの次の瞬間のこと。

 

 「……まずいな」網膜投影プロジェクトされた警告一つ見て、「あれを中心に気温が急激に下がりつつある」

 

 尋常ではなかった。黒が周囲を侵食していく。周りの熱が奪われていくため、熱探知ではすでに境を失い、卵の形を見ることは出来なかった。ヨシカゲはもう幾ばくも猶予が無いことを悟った。間違いない。あれは周囲の熱量を奪っている。奪い去った熱量はゼロにでもなるのか卵に蓄積されている様子は伺えない。そこで彼の中に一つの仮説が浮上した。

 ――もしかしてあれが此処まで来たのは……。

 

 「あれは熱に惹かれた……? この都市で最も熱量を持つ中枢機関メインコアに……?」

 

 となると、中枢機関メインコアの破壊が目的ではない……。ヨシカゲが思案に耽る中。

 

 「――んなこたあ、どうでもいいさ」

 

 一歩、無造作に踏み出したのは、やはりクロウ。考える気など無いらしい。眼の前の異形を斬る。ただその喜びに震える抜き身の刃は、我慢を知らなかった。躊躇も知らなかった。躊躇いなく一歩進んで、二歩踏み込めば、一瞬で背中は遥か遠く。止める暇も、声も掛けたが足音に掻き消された。

 その後を凄まじい速度で通り抜けていく〈黒兜〉達。どうやら卵の前にクロウをどうにかしろと言われたようだ。一気に距離を詰めて間に割り込んだ。

 

 「またあの人は……」

 

 「予想は出来ていましたし、いいでしょう。別に」

 

 焦ったように叫んだヨシカゲと裏腹に、ユキカゲは冷静だった。というよりもかなりどうでも良さそうだ。

 

 「威力偵察になりますし、ついでに死んでくれると助かります」

 

 殺意マシマシ。しかし、声色は平坦。遠のいていく背中、もう卵に辿り着きそうなクロウに向ける視線は冷たくも暖かくもない。

 

 「…………まあ、正直なところ、否定し辛い」

 

 ヨシカゲは複雑げに言う。実際、さっきまで殺し合いをしていた仲だ。というかこの二人も少し前にほぼ殺し合いの兄弟喧嘩をしていた。だいぶなあなあになっているけれど、ヨシカゲとしては微妙に居心地が悪かった。隣のユキカゲもそうなのか。ややぎこちない。

 

 「……兄さん」しかし、ヨシカゲにはこの微妙な空気を裂いてでも聞くことがあった「父親っていうのは……」

 

 「ええ、本当です。調べてみますか?」

 

 「いや、いい。母親は……」小さく唇を噛んで「母さん、か」

 

 自明だった。だから、兄はあれ程までに母を憎悪するのだ。理解してしまえば当たり前の事で、あまりにも非がない。兄の抱いた怒りは正当過ぎた。人であるなら抱いて当然の感情だった。

 

 「ええ、遺憾ながら……」

 

 ユキカゲはそう言い、目を逸らした。

 

 「前も言ったけどさ、母さん、重い病気なんだ。精神疾患の一種だって医者には言われてる。原因自体は薬物の大量摂取。色んな薬を毎日摂取してたらしい。その中に厄介なドラッグがあって、だから――」

 

 どうにも辿々しくなってしまうのをヨシカゲは歯痒く思いながらも言葉を作った。

 

 「……確かに、あの時、あの人は錯乱していました。ええ、きっと必死だったのでしょうね。父を失って、私を育てるために」

 

 しかし、前置いて。クロウの向かう方、卵の方に向いた瞳がヨシカゲに向けられることはなく。

 

 「私は許さない」

 

 拒絶は言い放たれた。

 

 「……なあ、兄さん」

 

 それでも、ヨシカゲは諦めれなかった。元々壊れていたとしても、きっと、家族に成れる。成って欲しい。ヨシカゲは、何よりも家族の為に此処に居ると言って過言ではない。だから、折れるわけにはいかなかった。まだ、膝を折る時間ではない。欠片と希望が無い闇の中の向こう側を見出す一心で言葉を必死に作る。

 

 「これが終わったら、一回だけ母さんに会ってみてくれないか?」

 

 「…………」

 

 兄の横顔を真っ直ぐに見つめて。

 

 「一回で、良いんだ」

 

 頼み込む。

 

 「………………」

 

 「頼むよ、兄さん」大きく頭を下げ「無茶は承知だってのは、分かって……!」

 

 もう修復なんて不可能だってのも――思わず出そうになった本音を押さえ込んで。それでもと。

 

 「お願いだ、兄さん」

 

 「……………………はぁ」溜息零して、「考えておきましょう」

 

 「っ! ありがと「ですが!」う――……?」

 

 下げた頭を一気に上げて、喜びに顔を綻ばせたヨシカゲに、食い気味でユキカゲは言葉を挟み込む。

 

 「私は、アレの為に行くのではありません。貴方が、ヨシカゲがどうしてもと頼んだので行きます――決してアレの為ではありません」

 

 いいですね。と念押すようにユキカゲは言うと、口を噤んだ。やや不機嫌そうなのが伺えた。不機嫌で済んでいるのはきっと相手がヨシカゲだからだろう。じゃなければ死体が一つ出来上がる。

 

 「――ああ、いいよ。構わない」

 

 ヨシカゲは微笑むと。

 

 「理由なんてどうだって良い。会ってくれるそれだけで嬉しい。ありがとう、兄さん」

 

 「…………ほんと、貴方は」思わず言葉が滑り出て「? どうした、兄さん」呟きだったのにヨシカゲは拾っていたらしい。

 

 「なんでもありません――それより、ヨシカゲ」すっと指差して「見なさい」

 

 指先にはクロウの背中があった。引き止める〈黒兜〉を蹴散らす小さな背中。どうやら邪魔が入ってるらしい。当たり前だ。命令は捕獲。破壊ではない――今丁度跳躍した。間違いない、叩き割るつもりだ。

 

 「上手くいくか……?」

 

 「さあ、どうでしょう」

 

 「チェストォォォォオオオオ!!」

 

 一般人なら恐怖を覚えるほどに大きな叫び。この広大な空間の隅々まで響きかねないほどだった。柄を両手で握り、肩で背負って、落下のままに振り下ろす。暴力的な太刀の扱い方。率直に言って使用法を間違えている。だが、あの太刀はきっとクロウ専用オーダーメイドに違いない。だからこんな馬鹿げた使用に踏み切れたのだ。

 ものの数瞬、落下と斬撃は奇跡的な、必然ともとれる噛み合わせで卵に振り下ろされた。

 

 

 

 

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 卵が内側から砕け、奥から現れた巨大な手がクロウを無造作に弾き飛ばさなければ、刃は届いていただろう。

 

 

 

 

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 卵から現れた手は、どう見ても卵に収まるサイズをしていない。卵のサイズが大きめに見積もって一メートルと少し。現れたフランケンシュタインもかくあるかと死人めいて真っ白な腕はその倍以上はあった。〈黒兜〉が大体二メートル程の重装式強化外骨格エクソスケルトン=ヘビィクラス。その頭を軽く超えて、もう五、六体挟むほどはある。

 

 巨大だ。ヨシカゲはありのままの感想を抱いた。体は動ける。けれどあまりに唐突で、ありえない場所から現れた腕に気取られていた。

 

 件の腕は見た限り、人の腕だった。色合いは死体に等しいが、まあ人の腕だ。ただ指先まで目を持ち上げると些か本数が多い。何指とも取れぬ、六本目が小指の下にあった。人に無い特徴、というほどでもない。多指症という病がある。ある種の身体異常だ。指の形をしていても動作まで行えるのは稀であり、現代社会においては幼い頃に手術治療で切除されることが多く保つ人は極少数だろう

 その特徴を長大な腕は持っていた。だが、それもやはり人が持つ特徴の一つ。際立った異常といえばやはりこの長さだろう。

 今、卵に生じたギザつく淵に六本の指が新たに現れ、添えられた。それと共に伸ばされた腕が卵の中に戻っていった。カメレオンの舌が獲物を仕留めて口内へ巻き戻るように。やけに重々しく、とても重い動作に添えた指を震わせながら指は卵を引き裂こうとした。砕くのでも割るのでもなく。六が二倍で十二。十二の指腹で卵の開いた裂け目の両淵を抑えて。

 開く筈のない両引戸を無理矢理こじ開けようとする様に感じた。

 

 ――嫌な音がした。

 

 開くはずの無いものを開ける、軋みが聴こえた。悲鳴と言えた。口を塞いで真綿で締め上げる時、隙間から漏れる微かな声。その首元で鳴る音。

 

 「――来ますよ、ヨシカゲ」

 

 片腕無くとも、半身を赤く染めながらも立ち続けるユキカゲの頬に冷や汗一つ浮かんだ――瞬間。それは、卵の奥底から現れた。

 

 「あれ、は……!!」

 

 あまりの姿にヨシカゲは目を見開き。

 

 

 

 

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 「ドラ、ゴン……?」

 

 刃金の異形ソードウイングに追い付いたカレンはホロウインドウに映るその姿を見て、呟いた。

 

 

 

 

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