調停者:コンシリエイター1st Love

珍獣みゃー

第一章

弱者の章

そいつぁめでてーなぁ!


※登場する人物、宗教、団体等は全て架空の物フィクションです。現実の物とは一切関係ありません。



――――――――――――――――――――



 時は1698年――元禄11年日本・江戸




 第5代将軍 徳川綱吉公とくがわつなよしこうが治める時代、特にこれと言った事件も無く(といっても11年前から何度か生類憐れみの令が発令され、その度に食い扶持がーとか食糧がーとか騒ぎになっているが)割りと平和な時代。




 お天道様おてんとさまの日射しが後一月半ほどできつくなってくる季節の変わり目。

 その日、おらは必死に貯めた銭で買ったかんざしを懐にしまい、町の茶屋で働いている幼なじみの元へと向かっていた。

 この日が長い人生の岐路に立つ日とも知らずに。



「お菊・・・待っとれよー。

 今日こそお前を嫁に迎えてやっからな!」




 それはまだ彼女が奉公に出る前、幼いながらも交わした約束。




「必ず迎えに行くからな!誰ぞの手付きになんぞなるなよ!」

「うん!菊待ってる!」




 おらが7つ、お菊が6つの秋の事である。

 その後、必死に働いてもなかなか銭が貯まらなかった為、おら自身も15を過ぎ18になってしまった。が、風の噂ではまだ何処にも嫁いでいないと聞こえたので、まだ間に合う・・・はず。


 おらは焦る気持ちを押さえつつ目的地へと歩を進め、そして彼女が働いている茶屋に到着し彼女を探す。




 ・・・






 ・・・・・・






 あれ?居ないな?




「すんませーん」

「はいはいー」



 奥から恰幅の良い女性が現れる。

 彼女が奉公先の女将さんで茶屋だけでなく他にも卸し問屋を営んでいる世にも珍しい女商人あきんどのおせんさんだ。

 この徳川様の納める太平の世、女性が1人で商いをしているのは、とても珍しい事である。



「ありゃ?お千さんじゃねぇですかい?茶屋に居るなんて珍しい。」


「おや、あんたお菊ちゃんの幼なじみの浅太せんたじゃないかい。まー立派になってまー。えぇ?幾つになったんだい?」


「へぇ。今年で18でさ。」


「はー。早いもんだねぇ。もうそんなに経つのかい。で、今日はどうしたんだい?」


「あー・・・久々に手が空いたもんでお菊の奴、元気にしてっかなー?なんて思って、見に来たんだけども・・・」


「おや?あんた聞いてないのかい?お菊ちゃんなら去年の暮れ頃にお武家様んとこ嫁いでいったよ?」









 え?








「ほれ、この先の芦沼あしぬま家の長男、芦沼尖衛門あしぬませんえもん様の所にね?

 いやーあの2人の出会いは正に晴天の霹靂へきれきってやつだったね!

 客で来られた芦沼様が一目惚れしてその場で嫁にとおっしゃったと思ったらさぁ、その日まで縁談を断り続けてたお菊ちゃんが二つ返事で了承しちまってねぇ!

 しかもだよ?その日の内に祝言しゅうげんまで挙げちまってさぁ!!

 そこだけ一足お先に春になったみたいに暖かくなっちまうしさぁ!!

 もうそれ以来、近所じゃ有名な鴛鴦夫婦おしどりふうふになっとるんよ!!

 ・・・まぁ、ここ一月ひとつきばかり姿見てないけど・・・もしかしてなのかも知れないねぇ!!」


「あ、あぁ、そう、なんだ・・・

 そ、そうか、そうかそうか!そいつぁめでてーなぁ!あいつ今、幸せなんだな・・・なんでぃ!幼なじみなんだからそれならそうと知らせてくれりゃあ良いのによ!!」


「全くだねぇ!」



「「あっはっはっは!!」」









 そっから先は記憶が無い。




 何処をどう歩いたのか気が付くと寂れた神社の片隅でうずくまって泣いていた。

 辺りも昼前に女将さんの所に居た筈なのにおらは何れだけの間、泣き続けていたのか日もどっぷりと暮れ、自身の息遣いだけが響いていた。

 憔悴しきっていたおらは何も考えられず虫の鳴き声すら耳に入らず、只々、暗い空を見つめていた。



 どれ程経ったのだろうか。

 ようやく思考が戻り始めた。



 僅か1年の差でずっと秘めていた想いが露と消えた。





 ズル・・・





 あいつはおらの気も知らないで出会ったばかりの武家の家に行きやがった!

 必死にもがいていたおらを尻目に嫁いでいきやがった!!




 ズズ・・・




 ・・・いや

 立ち上がり、無い頭を振り絞って逆説的さかさまに思考をめぐらす。


 逆に言うと10年以上も待っていてくれたんじゃ無いのか?



 クチャ・・・



 確か女将さんの話では・・・その日まで縁談を断り続けてたんだったな。


 ズルゥォ・・・


 待っていてくれたのか・・・そうか・・・なんだ、遅くなったおらが悪いんだな。

 ピチャ・・・ピチャ・・・

 だが、出会ったばかりの2人がいくらら一目惚れとは言え、その日の内に祝言挙げるか?

 ズウオッ・・・ピチャ・・・

 それに幾らなんでも早過ぎやしないか?

 その日の内に稚児ややこを仕込んだとして十月十日とつきとうかはかかるってのが神様仏様がお決めになった事だ。

 確かに予定より早く産まれる事もあるし、逆に遅れる事もあるが、まだ半年も経ってないし、流石におめでたが判っても三月四月みつきよつき物忌ものいむ(この時分の出産は不浄ふじょうから母子共に守る為、別途小屋を用意し外界から隔離かくりして出産する。)か?

 ビチャ!ビチャ!・・・グジュ!

 うーん。

 本人達に確認した訳でもないし、落ち着いてきたとは言え、今の思考能力アホあたまではまともな考えができてるとは言い難い。てかなんだ、後ろから液体みたいな音がするんだか?








「・・・は?」







 振り向いた先には1丈(3.03m)程の大きさの黒い水飴の化け物がそびえ立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る