第26話 白濁に塗れる

 夜、人通りのすっかり絶えた街はずれの裏路地で、一人のビキニの女性がわき目も振らずに全速力で駆けていた。

 付近にあるごみ箱を蹴飛ばし、中身がぶちまけられてしまっても、女性は気にも留めずに走り続けた。

「いくら逃げたって無駄ネー!」

 何者かのカタコトの言葉が辺りに木霊する。これだけ走れば撒けたかもしれないと楽観視していた女性は、その声に戦慄した。そして次の瞬間、その女性の足に何やらツタのようなものが絡まってきたのだ。

「きゃあああああ!?」

 恐ろしい感覚に絶叫する女性。しかしそのツタは動きを緩めることはなく、次の瞬間には女性の右足に完全に絡みついたのだ。足を取られ女性が転倒する。

「逃さないわ」

 すると、今度はさっきの声とは別の、落ち着いたトーンの女の声が女性の耳に届く。

「触手たち、やっちゃえ」

 女の声に呼応し、ツタ、もとい、触手の動きが活発化する。触手が足から女性の全身に絡みついてくる。それらは無遠慮に女性の身体を蹂躙し、その道中、女性のビキニを無慈悲にも引きちぎっていってしまった。

「いやあああああ!?」

 叫ぶ女性。だが、触手は攻撃の手を緩めない。全裸になった女性の大事な部分や胸にも触手は這い回り、そしていつしか、触手は女性の全身を縛り上げてしまった。

「もう、身動きはとれないわ」

 微かに裏路地に差し込む月明かりが二人の女の姿を照らし出す。一人はスラっと背が高く、ライトブラウンのロングヘアーが特徴的な女であり、もう一人は比較的小柄で、その可愛らしい童顔と銀色のツインテールが特徴の女だった。

 また小柄な方の女は、上半身はビキニ、下半身は法律で禁止されているフリル付きの水着のようなパンツを着用しており、更に何故か彼女は首に地面に付きそうなほど長いマフラーを巻いているなど、とにかく服装に特徴があったのである。また、先ほどから女性の身体を蹂躙している触手は、彼女の掌から生えていたのである。

 カタコトの女は、女性が落としたものと思われる鞄を拾い上げた。そしてガサゴソと中身を漁り、その中から財布を取り出した。

「悪いケド、これはいただいていくネ。シャムロック、他にも金目のものはありそうデスか?」

「……見たところ、これで全てのようね。リア、撤退する前に、あれ・・をやるから少し待って」

 そう言って、シャムロックが触手の生えている右手を動かすと、それに連動して女性の身体に巻き付いている触手も一斉に動き出した。そしてその内の一本が、女性の口に侵入したのだ。

「んん!?」

 いきなりモノを突っ込まれ、女性は声にならない叫びをあげた。触手はしばらくの間女性の口に中を動き回った。その間女性は苦しそうにうめき声を上げることしかできなかった。

 触手は散々女性の口内を蹂躙した挙句、なんとそれは最後に女性の口の中に粘着性の液体を放出したのだ!

「うぐぅ!?」

 口の中に液が溢れ、女性は危うく窒息しかける。幸いにも、間一髪のところで触手が女性の口から引き抜かれた為その危機は脱することができた。しかし、女性は触手から放出された気色の悪い液体を相当量飲み込んでしまっていたのだった。

 それを見届けると、シャムロックはこう言った。

「さ、そろそろ行きましょう。ぼやっとしてると、警察がこちらにやって来かねないわ」

 シャムロックは女性を地面に下ろし、ゆっくりと触手をその手の中にひっこめた。後には、何も身にまとわず、全身を白濁の粘液まみれにされた女性だけが残された。女性は顔を真っ赤にさせ、荒い息をしたままただ空虚に夜空を見上げるばかりであった。

「分かったネ。それにしても、毎回アレを飲まさないといけナイのも嫌なものネ」

「……これも仕方のないことよ。わたしたちの記憶を消す為にはアレを飲ませるしかないんだから」

 二人は暗い表情のまま走り出す。そしてそのまま、彼女らは夜の闇に消えていったのだった。

 以上が、今巷を騒がしている強盗犯の手口である。女性だけではなく、男性もターゲットとなり、被害者は襲われ悉く金品を奪われた。また犯行は決まって夜、人気の少ない街外れで行われていたのだった。

 そんな物騒な街、アレッホに、今しがたイツキ達が到着しようとしていた。既にあの村を出てから三日が経ち、この日も辺りはすっかり夜の闇に包まれてしまっていた。

「だいぶ東方面に歩いて来たし、そろそろアレッホの街に着いてもおかしくはないのだけど……」

「これ以上歩くのも危険ですし、ここらで休みますか?」

 汗をぬぐうアオイに対し、ミナトがそう提案した。だがその時だった。

「あ! 見て見て! あっちに街が見えるよ!」

 案の定、マサイ族イツキが向こうに街の明かりを見つけたようだった。

「あんたの視力は相変わらず化け物ね……」

 アオイも呆れながらも、駆け出したイツキとサラの後を追って走り出していた。そしてしばらく走ると、彼女らの眼前には巨大な城壁に覆われた都市が現れたのだ。

「着いた! 大きな壁だね!」

 城壁を見てサラが率直な感想を漏らす。

「この街は有名な城郭都市らしいからね。見惚れるのもいいけど、まずはこの時間でも泊まれる宿を探さないと……って、あれ?」

「アオイ、どうかした?」

 イツキはアオイが見ている方に同じく視線を向けた。すると、視線の先、城壁の入り口の付近に人が倒れていたのだ。イツキたちは急いでそちらの方に向かった。

「大丈夫です、か……!?」

 急いで駆け寄ったイツキたちの目に飛び込んだのはなんと、気絶している全裸の女性の姿であった。

「いったいどうしたんですか!? しっかりしてください!?」

 イツキは急いで倒れている裸の女性の身体を揺らす。すると、その女性は幸いにもイツキたちに反応を示した。安堵する一同。だが安心するのも束の間、彼女は目を覚ましたものの、自身に何が起きたのか理解できていないのか、所在なく目を泳がせてしまっていたのだった。

「なんだ、これ……?」

 ふと、イツキが女性に触れた手を見てみると、何やら粘液のようなものが付着していることに気が付いた。それを見たイツキは、女性が男に乱暴されたのではないかとまず考えた。だがよくよく調べてみると、その粘液はどうやら人間から放たれたものではなさそうであったのだ。イツキは女性の身体に付着した粘液を拭き取りながら呟く。

「嗅いだことのない臭いがする。それに、これだけ全身にこびりついているのも妙だ……とにかく、今はひとまずこの人を病院に連れていこう。すみません、立てますか?」

 イツキが尋ねると、女性は頷き自身の足で立ち上がろうとする。だが足に力が入らないのか、彼女はどうにも地面から腰を浮かすことができないようだった。

「背中に乗ってください」

 見かねたイツキが背中を差し出す。すると女性は、消え入りそうな声ながらも「ありがとう、ございます」と謝辞を述べた。

「あなたのお名前を伺ってもよろしいかしら?」

「な、まえ……?」

 アオイがそう尋ねるも、やはり女性は意識が朦朧とするのか、言葉に詰まってしまった。

「それじゃ、あんまり思い出したくはないと思うけど、あなたは誰に襲われたか、覚えてはいないかしら?」

「……ごめん、なさい、何も、覚えていません」

 女性は消沈した様子で頭を振った。アオイはそんな女性の頭を撫でながら優しい声色で言った。

「いや、こっちこそごめんなさい。こんな目に遭った人に今聞くことじゃなかったわね。イツキ、とりあえず行きましょう」

「分かった」

 アオイの言葉に頷き、イツキは女性を背負って歩き出した。

 イツキたちは城壁を抜け、街の中心部に向かって歩き始める。徐々に屋根が赤色に統一されたレンガ造りの家々が姿を見せ始め、しばらくすると、同じくレンガ造りの大きな病院が全員の視界に飛び込んできた。

 外来の時間は既に終了していたが、事情を話すとその病院の医師はイツキたちを建物内へ通してくれた。

「街外れで何者かに襲われたようなの。記憶にも混乱が見られるわ」

 アオイが女性の症状を説明すると、その医師は大きな溜息をついた。

「またか……これで七人目だ……」

 医師のその言葉に驚愕する一同。

「七人って、同じ被害に遭われた方が他にもいるんですか?」

「はい……。警察も捜査をしているのですが、犯人はまだ見つかっていないんです……」

 医師は困り顔でそう言ったのだった。

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