第22話 成敗!

 ここが何をする部屋なのかは、当然ながらイツキはすぐに理解することができた。

 男はそのでっぷり太った腹に似合わない俊敏な動きでイツキの横たわるベッドに飛び乗った。

「い、いったい、私に何をするつもりですか……?」

 イツキが震える声で尋ねる。すると男はその下卑た笑顔を更に歪めさせ、ねっとりとした声で言った。

「分かっているんだろ? それとも、本当に分かっていないなら、これから私がみっちり教え込んであげよう」

 男がベッドの上のイツキの身体に手を這わせる。イツキはすぐに逃げようとするも、男はその速さを上回り、イツキに馬乗りする形となった。

「身体に覚えこませてやるよ!」

 男が部屋に響き渡るほどの大声でそう宣言する。男が服を脱ぎ、だらしない身体が露わになった。

「……………………てめぇ」

 しかしその瞬間、ついにイツキの堪忍袋の緒が切れた。いや、もうとっくの昔にそれは切れていたのかもしれないが、真面目な彼女は、ギリギリまで証拠を集めようとここまで無理やり怒りを封じ込めていたのだ。

 だが我慢にも限度がある。サラの服を盗んだ窃盗集団にも相当な怒りを覚えたイツキだったが、今回はそれをも超えていた。

「……いい加減にしろ」

 低く、聞き取れないくらいの音量でイツキが声を発する。だが、男はイツキを犯すことだけを考えていたせいで、イツキの変貌に気付かなかったのだ。

 今回は被害に遭ったのはイツキ自身であったが、宿の店主の話に出てきた、それ以前に被害に遭った女性がいたという噂話はどうやら真実であったようだ。それはつまり、何の罪もない幼気な少女が、こんなゴミのような汚らわしい男に暴行を受けたということに他ならない。

 イツキは自身の権力を盾に弱者を乱暴しようとする者をこれまで何人も見てきた。そいつらは一人残らず虫唾が走るほどのクズばかりであった。

 そして、今目の前にいる男も、自分の優位な立場を利用し弱い者を弾圧しようとした。しかも、この男に関しては、これまで沢山の少女を犯し、その尊厳を踏みにじってきたのだから、他のどの人間と比較しても反吐が出るほどの悪辣であることは疑いようがない。

 そしてそんな圧倒的な悪を前にして、正義感の強いイツキが黙っているわけがなかったのである。

「絶対に、許さねぇ!」

 イツキが怒りを込めて叫ぶ。突然のイツキの変異に度肝を抜かれる下着姿のハゲ男。そして次の瞬間、

「止まれ!」

 イツキはついに「時間停止」を発動させたのだ。

 弛んだ薄汚い男の身体を見て、イツキは最早感情を抑制することをやめた。イツキは、ベッドの上に立ち、これまでとは比較にならないほど足を後方へと振りかぶる。そして、男に一切の情をかけることなく彼女は足を振りぬいたのだ。

「滅べこの腐れ外道が!!」

 イツキの怒りの一振りが男の股間を直撃する。しかもズボンを男は脱いでしまっていただけに、その衝撃はあまりにダイレクトに男の身体を貫いたのだった。

「痛みにもがき苦しめ!」

 そして、刻は動き始めた。

「うっげえええええええ!?」

 動き出した男はあまりの衝撃に壁の方まで跳ね飛ばされた。男は痛みに意識が吹き飛びそうになる。のたうち回る男に対し、イツキはわざとらしくねとーっとした声で尋ねた。

「おっさん、あんたはいったい何を俺に教えてくれるつもりだったんだよ?」

 最早女言葉すら忘れ、イツキは思いのままを男にぶつける。男はイツキの狂気にも似たその顔を見て震えあがった。

「ひ、ひぃぃぃぃ!? わ、私は、な、何も……」

「こういうこと、他の女の子にもしてたんだよな?」

「し、していない! 私は、何も……!」

「うるさい! 本当のことを言え!」

 それは隣の部屋に余裕で届くほどの怒鳴り声だった。今まで見せたこともないような怒声が出てしまうほど、イツキは怒り狂っていたのである。

 男はまたしても恐怖に震えあがり、消え入りそうな声でこう言った。

「な、何人かの子には、こういうことを、しま、した……」

「こういうことって何? 具体的に言ってくれないとわかんないんだけど?」

「で、ですから、無理やり、お、犯しました……!」

「あっちの男もやったのか?」

「や、やりました! 我々二人で、女性に乱暴しました……!」

 イツキは奥歯をギリっと噛んだ。そして時間停止をすることなく、男の顔面に猛烈な蹴りをお見舞いした。男に大事な部分が見えようともイツキにはもう関係なかった。蹴りをくらい、男の歯がへし折れ、血と共に地面に飛び散った。

「ど、どうしたのですか!? 今のは何の音ですか!?」

 部屋の扉のノブをガチャガチャと回す音。眼鏡の男は、ハゲの男が部屋の鍵をかけたことを失念しているようだった。イツキは再び「時間停止」を発動させると、鍵を空けて扉を開いた。

 時間が動き出し、男は支えをなくして部屋に倒れこむように入ってきた。そしてそこで彼は、血だらけになって意識を失っている男を見て震えあがった。

「な、何だ!? 何が起こって……ぐえ!?」

 怯える男の胸倉をつかむイツキ。

「き、貴様! こんなことをしてタダで済むと思うのか!?」

「あんたこそ、これだけやりたい放題にやってタダで済むと思ってんのか?」

 イツキは胸倉を持ち、眼鏡の男を地面に叩き付けた。

「ぶへっ!?」

 眼鏡が砕けた男は意識を朦朧とさせる。しかしイツキはそんな男に一切の情けをかけることなく、男の胸倉をつかんだまま、今度は先ほどの男と同様に股間を思い切り蹴り上げたのだ。

「うぐおおおお!?」

 同じく悶え苦しむ男の髪の毛をひっ掴みイツキは言った。

「おっさん、今すぐこのくだらない会を中止しな。そして、このふざけた規則を即刻失くすんだ」

「な、なにを言って……?」

「口答えすると、二度とそれを使えないようにするけど、いいの?」

 イツキが股間を指差しそう囁くと、男はイツキが本気で股間を潰す気でいることを察したのか、わなわなした様子で彼女に対し何度も頷いてみせた。イツキはそれを見て、ゴミでも捨てるかの如く、男を床に向かって投げ捨ててしまった。

 部屋を出るイツキ。すると、そこには既に騒ぎを聞きつけたアトレア同盟と思しき人間が集まっていた。そしてイツキに付着している血を見て事態を察したのか、彼らは一斉にイツキを睨んだ。そしてその内の一人がこう叫んだ。

「やはりやつだ! 髪の色や肌の色は違うが、やつは間違いなく例の女どもの内の一人だ! 全員、あいつを捕まえろ!」

 その男は昨晩、宿を訪ねてきたアトレア同盟の男であった。彼の指示に従い、十数名がイツキににじり寄る。かなりの身体能力を誇るイツキも、この状況では分が悪いことは明白だ。既に魔力も切れかかり、これ以上の魔術も難しい。彼女が捕らえられるのは時間の問題であるように思われた。だが……

「どけええええ!」

 突如として会場内に怒声が響き渡った。そしてそれはイツキにとって実に聞き覚えがある声であったのだ。

「イツキ!」

「アオイ!? それにミナトさんまで!?」

 会場の壁を木っ端微塵に破壊し、飛び込んで来たのは槍とハンマーを持った見慣れた少女達だった。

 アオイとミナトはイツキを取り囲もうとしていた男達に飛び掛かり、彼らをことごとく組み伏せていく。そしてアオイ達の後ろには、イツキを最も心配していたサラの姿もあった。

「イツキちゃん!」

「サラまで!? みんなどうしてここに!?」

「そんなの、あんたがピンチだったからに決まってるでしょ!」

 サラに代わりアオイが大声で返答する。というのも、アオイ達はイツキの撮影していたカメラを通して様子を見ていたのだ。するとなんとイツキが本当に判定員に襲われそうになってしまっていたので、慌ててイツキを助けにやって来たという次第であった。

 会場には十数名のアトレア同盟がいたが、アオイ達の前にあっさり半数以上が戦闘不能となっていた。

「貴様ら何をやっている! どけっ! ここは俺がやる!」

 他の男達を押しのけ、件の男が前へと踊り出る。その手には魔力石が握られていた。

「こんな小娘ごときに後れを取る俺ではない!」

 男が魔力石を砕くと、男の両手が青く光りだす。どうやらそれが彼の魔術であるようだった。

 男は素早くアオイの元へと走り出し、彼女に対して拳を繰り出そうとする。しかしアオイは間合いを詰められないようにサイドステップで敵の攻撃を交わすと、攻撃を空振りし一瞬の隙が生まれた男に対し逆に槍を振り下ろした。

「なんのこれしき!」

 それでも男はすぐに体勢を立て直すことに成功する。そしてなんと、彼は素手でアオイの槍を殴り飛ばしたのだ。

「ぐっ!?」

 アオイが若干バランスを崩しかける。だが、それでもアオイは少しも譲らなかった。男は好機とばかりにアオイに追い打ちをかけようとするが、その瞬間、アオイは前転して男の攻撃を華麗に交わしてみせたのだ。そして、視界から消えたアオイの槍の代わりに、男に向かって飛んできたのはミナトのハンマーであった。

「食らえ!」

「ぐう!?」

 それは実に隙の無いコンビネーションであった。通常の敵であれば、ハンマー攻撃をまともに食らい、あっさり卒倒してしまったことだろう。だが、男はなんとそれを腕で受け止めたのだ! 男は腕にしびれを覚えたようだったが、骨がやられている気配はなかった。それを見てミナトが感嘆する。

「なかなかの防御力ですね。さすが、この村でやりたい放題にやってきただけはあります」

「舐めるなガキが。このまま貴様らとっ捕まえて、記憶が飛ぶまで輪姦まわしてやるよ!」

 男が下卑た笑みを浮かべ、尚もミナトに向かってくる。するとミナトは誰にでもなくこう呟いた。

「はあ……。そうやって何の罪もない人達を傷つけてきたわけですね」

 ミナトがズレた眼鏡を右手の中指で直す。そして彼女は男を思い切り睨みつけた。その瞳には、明らかに怒りが籠っていた。

「あなたのような人間は……一度地獄を見た方がいい」

「ほざけ小娘が! お前ごときが俺を倒せるわけが……って、何!?」

 次の瞬間、男は突如として転倒した。男は足を引っ張られたような気がした為、自身の足を見た。すると何やら青いものが巻き付いていることに彼は気が付いたのだった。

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