第9話 ランス&ハンマー

 「アトレア同盟」にすっかり取り囲まれてしまったイツキ。いくら運動神経の良いイツキでも、先日の湖での一戦でも分かる通り、男達を相手ではさすがに分が悪かった。

(この前はなんか敵の動きが止まったように見えたけど、今日は全然そんなことはないな……。まさかこんなことになるなんて……)

「ちょっと! イツキちゃんに何するの!?」

「サラ! あなたはこっち来ちゃダメ!」

「ふん、この前の子ね。この前のこともあるし、イツキの同伴者ならこの子も同罪よ。この子も捕まえなさい」

 イツキはそんな横暴なと思ったが、アルトはどうやら頭に血が上っているようで、まともに話を聞いてもらえるような状況ではなかった。そしてついに、男達は同時にイツキとサラを確保しようと走り出した。

 この前のような奇跡が起こる気配もなく、最早このまま捕まるのは時間の問題であるように思われた。だが……

「おらああ!」

 イツキの眼前で、突如として信じがたい事態が起こったのだ。

 現れたのは、ビキニ姿の小柄の少女だった。彼女は何もない所からその手に突如槍を出現させ、イツキににじり寄ろうとしていた男のうちの一人に猛烈な一突きをお見舞いしたのだ。

「な!? 何よこの子!?」

 焦るアルト。男は突きを食らい倒れ込んだが、すぐに立ち上がりその少女に反撃しようと試みる。しかし、そんな男に対し、少女は素早い身のこなしで接近し、今度は怒涛のラッシュを食らわせたのだ。

「うげえええ!?」

 目にも止まらぬラッシュに、男はなすすべもない。男は槍で突かれたにも関わらず出血している様子はなさそうだったが、ダメージは十分だったのか、ラッシュが終わるころにはすっかり意識を失ってしまっていたのだった。

「他の奴らも同じ目に遭わせてあげようか?」

 少女は睨みを利かせてイツキを囲んでいた全員に対してそう言った。

 その少女はサラよりも小柄で、大変失礼ながら胸のふくらみに関してもほとんどなく、イツキからも彼女は子供のように見えた。しかしそれとは対照的に、彼女の眼光は鋭く、その巧みな槍さばきから、明らかに彼女が戦いのプロであることが見て取れた。

 少女の攻撃を見て怖気付く男達。男達は分かりやすいぐらいに後退りする。

「ちょっと何やってるの!? もしかしてあなた達逃げるつもり!? そいつも王家に刃向かうつもりよ! 逃げることは許さないわ!」

 及び腰の男たちに喝を入れるアルト。しかし、それに対し少女は吐き捨てるようにこう言ったのだ。

「ふん、王家になんてあたしは興味ない。それとも何? あんたは自分が王家の代表だとでも言いたいの? だとしたら恥ずかしい人ね。恥ずかしいのは格好だけで十分よ」

 あまりにどストレートな物言いにイツキすらも震撼する。するとアルトは、今度は男達を下げ、自身の足で少女に向かっていったのだ。

「偉大な先人たちが身につけていたこの神聖な装束を侮辱することは許さないわ! あなただけは私が痛い目に遭わせてあげる」

 アルトは少女の前に出る。その左手には何やら宝石のようなものが握られている。

「なに? やる気? 良い度胸ね。どうせならそれ全部取って素っ裸にしてやるわ」

「言わせておけば……」

 怒り心頭のアルトは、なんとその手に剣を出現させたのだ。それはまるで、ゲームに出てくる剣士が使うような立派な剣であった。

「もう、謝ったって許さないわよ」

 アルトは剣を構えながら、少女を睨んでそう言った。

「ふーん、結構ちゃんとした武器ね。でも良いの? ここでそんなの振り回してたらあんたも逮捕されるんじゃない?」

「煩い。それとも今更怖気付いたの? あれだけ大言壮語を吐いておきながら情けないわね」

 アルトは勝ち誇ったような顔でそう言う。だが、少女は特に意に介した様子もない。

「は? 舌戦であたしに勝てると思ってんの? あんたなんかといちいちやり合うのは面倒なのよ。戦いたいならあんた一人でやりなさい」

「煩い! 覚悟しなさい!」

 怒り心頭のアルトが槍使いの少女に向かって走り出す。ビキニやブラで覆われていない為、彼女の大きな胸は一歩を踏み出すたびに痛いくらいに揺れた。

 アルトが剣を構えて向かってきているにも関わらず、少女は槍を構えようとはしない。イツキは思わず「危ない!」と叫び出しそうになった。だが、それはまたしても予想だにしない来客により遮られることになった。

「おっと、腰が入っておりませんよ」

「な!?」

 それはまた別の、小柄の眼鏡をかけた少女だった。少女はそんな小さな身体には不釣り合いな武骨な金属の塊、大型のハンマーを肩に乗せ、槍少女とアルトの間に割って入ったのだ。そして、思い切りハンマーをアルトに向かって振り抜いたのだ。ガキッ! と金属同士がぶつかり合い火花が散る。アルトはそのハンマーのあまりの衝撃の強さに跳ね飛ばされてしまった。

「きゃああ!?」

「まだまだ」

 倒れかかるアルトに対し、眼鏡の少女は再びハンマーを剣にぶつける。踏ん張りの効かないアルトは、今度は耐えられず、その剣を手放してしまった。

「あ!?」

 そしてその隙を逃さず、今度は槍少女がアルトに走り寄り、その喉元に槍を突きつけたのだ。

「抵抗するならズブリといくけど?」

「二体一なんて、卑怯よ……」

「女の子相手に男大勢で取り囲む方が卑怯だとは思わない?」

 少女の言葉に何も言えないアルト。アルトは戦意喪失したのか、魔力で形作られていた剣はあっさりその形を崩壊させてしまった。

「分かりゃいいのよ。さっさとどっか行きなさい」

「お、覚えてなさい……!」

 アルトは最大限に少女を睨み、

「全員、撤退よ……」

 と、指示を出した。男達はその指示に従い、メイド服の女の子を放し、そのままその場を後にしてしまった。

 アルトは撤退する直前、イツキに対してもキツい視線を向けた。イツキは彼女の表情に思わず身震いしたのだった。

 アルトたちが退散すると、槍使いの少女はメイド服の少女たちに向かって言った。

「ほら、あんたらはさっさと着替えなさい。そんな格好だと今度は本当に捕まるわよ」

「は、はい!」

 少女達は急いで建物内へと入っていった。どうやら着替えに向かったのだろう。

「さて、あたしらもズラかるかしらね。でもその前に……」

 そう呟き、槍使いの少女は立ち尽くすイツキの方へと向いた。その奥では、ハンマー少女がハンマーを肩に乗せ、鼻の頭にちょこんと乗った眼鏡の位置を左手の中指でクイっと直していた。その様子は、今まさに戦闘を行ったことを少しも感じさせないほど涼しげなものだった。

 イツキはただただ、目の前の状況に混乱するしかないのだった。

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