第7話 星空の下で

「イツキちゃん、本当にありがとう……」

 サラは涙を流しながらイツキに頭を下げた。

「どういたしまして。遅くなってごめんね」

 イツキがそう言うと、サラは首を大きく横に振った。

「ううん、全然遅くないです。イツキちゃんのお陰で本当に助かりました。なんてお礼を言ったらいいのか……。それに怪我もさせてしまって、なんとお詫びをしたらいいのか……」

「いいって。俺……じゃなくて、私は絶対にサラのことは見捨てないって決めたんだ。私は自分の信念に従っただけだから、サラは全然気にしないでいいからね」

 イツキは満面の笑みをサラに向ける。すると今度はサラが疑問を呈した。

「あの、イツキちゃんはどうして、そこまでわたしを気遣ってくれるんですか?」

「え? そ、それは、ちょっと、昔の自分を思い出してね……」

 サラリーマン時代、イツキがいくら困っていても、職場の皆は誰一人として救いの手を差し伸べることはなかった。同期は彼女をライバル視し、上司は職場環境の改善を訴える彼女を目の敵にした。そんな中でも彼女はなんとか頑張り続けたが、いつしか精神的に限界を迎えてしまい、身体を壊す一歩手前まで追い詰められてしまったのだった。

 そして今、そんな彼女の目の前で一人の少女が暗闇の中に迷い込もうとしていた。とは言っても、もちろんここは職場ではないし、困っている理由もその時の彼女とは全く異なっていた。しかしそれでも、目の前で困難な状況にいる人を見て、痛みを知っている彼女がその人を見捨てられるわけがなかったのである。

「イツキちゃん……」

 サラもイツキの引き締まった表情から、何か過去に辛いことがあったのだろうと悟った。だから、もうそれ以上彼女はそれについて尋ねることはしなかった。すると、気を取り直したイツキがこう言った。

「それより、あとこれもよかったら」

 イツキは服を買った店で、店員に勧められるがままに買ってしまったガーターベルトもサラに渡した。サラはそれを初めて見たのか、興味津々の様子でそれを眺め回した。

「服だけじゃなくてこんな素敵なものまでありがとうございます。でも、本当にこれ全部、わたしがもらっちゃっていいんでしょうか……?」

 躊躇いがちなサラ。だがイツキはそんな彼女の躊躇いを一蹴した。

「もちろん! これはサラの為に買ってきたんだから!」

 イツキから服を受け取ったサラの目はまた潤んでいた。ずっと独りだった彼女にとって、初めて会ったにも関わらずここまでしてくれたイツキの優しさは本当に嬉しかったのだろう。

 ガーターベルトを受け取ったサラがそれに足を通す。イツキは何やら気恥ずかしくて、思わず視線を何度か逸らした。

「どうですか? 似合ってますか?」

 サラは縞模様のブラとパンツ並びにガーターベルト姿でイツキにそう尋ねた。柄が柄なだけにイツキはどうかとも思ったのだが、サラの顔が童顔なこともあり、幼さを感じさせる縞模様は彼女に非常にマッチしていた。更にガーターベルトが大人なセクシーさを醸し出しており、それがいいアクセントになっていたのは、イツキにとっても実に意外なことであった。

「うん、似合ってると思うよ」

 イツキは率直に感想を述べる。

「ありがとうございます!」

 するとサラは本当に嬉しそうな笑顔でクルクルと舞って見せた。その笑顔は実に素敵で、イツキは今までの人生でこれほどまでに眩しい笑顔は見たことがなかった。

「そんなに気に入ってくれたんなら、買ってきた甲斐があるってものだね」

「はい、本当に嬉しいです」

 サラの笑顔に誘われるように、イツキも笑顔になった。

(この子の屈託のない笑顔を見ていると、なんだか俺まで元気をもらえるなあ)

 彼女は微笑みを浮かべながらそう思ったのだった。

 しばらくして、辺りはいつしか日が沈み夜が訪れようとしていた。イツキは今回の件でここに長居してしまったので、できれば早めに発ちたいと思ってはいたが、散々歩き回って疲れていたこともあり、今日はもうここで野宿することに決めた。

「サラ、私今日はここに泊ってもいいかな?」

「もちろんです! あ、でも泊まるといってもたいしたものは何もないんですが、それでも大丈夫ですか?」

「うん、いいよ。なんとなく、今日は一人よりも誰かと一緒にいたいって思っただけだから」

「そうなんですか? それじゃ、今日は一緒に寝ましょう!」

 そう言って、サラは嬉しそうにイツキの手を引いた。

 サラの寝床は彼女が言うようにかなり簡素で、木の枝などでできた雨よけと、その下に薄い掛布団が置いてあるくらいで、それ以外には特に物はなさそうだった。

 サラは湖で釣ったという魚を晩御飯に出してくれた。サラは久しぶりにまともに人と会話ができてかなりテンションが上がったらしく、ご飯を食べ終わってもずっとイツキとおしゃべりをしていた。

 その中で、イツキはサラに自身の出自を聞かれた。彼女が異世界出身者であることを信じた人間はこれまで一人もいなかった為、その事について彼女はもう他人には話すつもりはなかったのだが、イツキはサラに対しては本当のことを言ってもいいと思ったし、話すべきだとも思った。それぐらい、この短い間にサラとの心の距離は近づいていたのである。

 イツキは少し緊張した面持ちで、サラの質問に答えた。

「信じてもらえないかもしれないけど、私、実は異世界から転生してきたの」

 そう言うイツキに対し、サラは最初こそ驚きの表情を見せたが、茶化したりバカにしたりするようなことは決して言わず、真摯にイツキの言葉に耳を傾けた。

「イツキちゃんが住んでた世界はどんなところだったの?」

「うーん、この世界には無いような高い建物があったり、色んな機械があったりして、凄く便利なところだね」

「へー、面白そう」

 イツキの話を聞き、サラは目を輝かせる。

「でも、人はこっちの方が全然あったかいよ。まあ、この格好は少し……いやかなり恥ずかしいけどね」

 そう言って、イツキは苦笑いを浮かべた。


 その後、すっかり夜更けになり、二人は一緒に寝ることにした。二人で一つの布団に入り、共に同じ星空を見上げた。そこでイツキは言った。

「明日になったら、私はまた旅の続きに出るよ」

「そう、なんだ……。イツキちゃんは、なんで旅をしているの?」

 イツキは自身の体験を話して聞かせた。そして今は、王都に出向き、今の規則を変える為に意見書を提出するつもりであることを説明した。

 サラはそんなイツキの言葉に驚きを隠しきれないようだった。

「イツキちゃんってやっぱりすごいな……。わたし馬鹿だから、そんなこと考えもつかなかったよ」

 自嘲気味に笑うサラに対し、イツキが頭を振る。

「サラは馬鹿じゃないよ。むしろ、馬鹿は私の方なのかも」

「どうして?」

「だって、意見書を出そうと思ったのも、村で色々あって我慢できなくて、なんとなく思いついただけだったし、その為に具体的にどうすればいいかも、正直あまり深くは考えていないし……」

「それは仕方がないことだと思うよ。いきなり全然知らない世界に来ちゃって、具体的に何をすればいいかなんて普通の人は分からないと思うし……」

 サラはそう言うと、何やら考え込むようなしぐさを見せた。イツキはしばらくそんな彼女の様子を見守っていると、ふと彼女はこんなこと言ったのだ。

「イツキちゃん、わたしも、イツキちゃんに着いて行っちゃ、駄目かな……?」

「え!?」

 唐突なサラの提案に驚愕するイツキ。

「……そりゃ、サラが着いてきてくれたら心強くはあるけど、地図で見た感じだと、ここから王都がある北部地方まではまだまだ距離があるし、それに、今後いつお金がなくなって路頭に迷うか分からないんだよ? 私は、サラに苦労を掛けるような真似はしたくない」

「お金はきっとなんとかできるよ。今まではやってこなかったけど、イツキちゃんの為ならこの身体を使ってでもお金を稼いでみせるよ……」

 サラは真剣な表情でそう言う。しかしその声が僅かに震えていたことにイツキはすぐに気が付いた。イツキはサラのおでこにデコピンをお見舞いした。

「いたっ!? い、イツキちゃん?」

「何言ってんのよ。身体を使うなんて私が許さないよ。そんなやばい仕事するくらいなら旅なんてやめるよ。でも、私の為にそこまで言ってくれたのは嬉しかったよ。ありがとう、サラ」

 そう言って、イツキはサラのおでこを撫でてやった。サラは少し顔を赤くして、顔の半分を布団にうずめた。その仕草がまた可愛らしくて、イツキはもっと彼女を撫でたいと思ったが、あまり彼女を可愛がると別れた後の寂しさが強くなると思い、それ以上彼女を撫でることを思いとどまったのだった。

「さ、もう遅いし、ホントにそろそろ寝るよ」

 しかし、イツキの言葉に対し、サラは首を横に振った。

「イツキちゃんが、着いてきていいって言うまで寝ない……」

 サラはイツキの腕に抱きつき、抵抗の意を示した。大きくて柔らかい胸の弾力が腕に直接伝わり、イツキは目まいを起こしそうになった。そしてそれからしばらく、サラを心配するイツキと、イツキについていくと聞かないサラとの間で押し問答となったが、

「イツキちゃん、お願い。わたしをあなたのお傍に置いてください……。わたし、独りはもう、嫌なの……」

 サラは必死の形相でそう言った。その表情は真剣そのもので、これまでサラが見せてきたどの表情とも異なっていた。

 突き放して、お願いを断ることもできた。だがイツキは、そんな彼女の様子を見て、簡単に彼女の願いを無下にできるほど非情ではなかったのだ。

「……そんなに言うなら、分かった、一緒に来てもいいよ」

 すると次の瞬間、

「ありがとうイツキちゃん! やったあ! またイツキちゃんとおしゃべりできるんだ!」

 サラは大喜びでイツキに抱き着いてきた。その表情はまたいつものサラのものに戻っていた。どうやらサラに一杯食わされたらしい。

(まあ、こんなに嬉しそうにしてくれるなら、これはこれでよかったのかもしれないかな……)

 こうして、サラが旅に同行することとなった。賑やかな旅路になるのは、どうやら間違いなさそうであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る