有澤は猫派である。

 別に犬派と熾烈な争いを繰り広げる意図はない。


 有澤の運命を変えたのは、間違いなく高校時代まで遡る。正直あれが大昔のことだった、と回顧することすら己の胸をぐさぐさと刺すようである。


 有澤は犬派だった。

 ゴールデンレトリーバーといった、温厚で利口な犬が好きだった。家は動物を飼えなかったため、散歩の犬や写真を眺めるばかりであるが、利口で従順な犬というものに知性でも感じていたのかもしれない。ともあれ、犬が好きだった。


 高校の時、有澤は恩師と呼べる存在に巡り会う。


 簡単に言うとめちゃくちゃ変わった先生だった。自分の授業で使うプリントに愛猫の写真を挿入するのは序の口で、最終的にはテスト問題に出てきた。当たり前のように。会話していた。まじかよ人語喋れたのかあいつら。

 有澤は高校で倫理を選択するのだが、その担当がこの教師であった。担任になった年もあった。会う機会は増え、夏期講習期間などは朝から夕方まで倫理漬け、なんて日もあった。懐かしい。


 気づいたら猫派になっていた。

 恐ろしい布教能力である。


 これが好きという種類はいないが、しなやかな肢体と気ままな挙動にときめいている。有澤の家周辺には野良猫が何匹かいるのだが、駐車場などを我が物顔で横断している姿を見るといいようのない胸の高鳴りを感じる。


 まさか、これは……恋?


 まるで改造人間にされたかのようないきさつであったが、そういうわけで有澤はすっかり猫派の人間として生きていくことになった。猫はいいぞ。ヒエラルキーの頂点に立つがごとき気ままさに見とれるがいい。


 ちなみに有澤の家は相変わらずペット禁止の環境である。遠巻きに眺めているだけでも幸せだからと言い聞かせている。

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