第20話 最後の歌よ、鳴り響け

「……あれ?」

不思議な夢だったなぁ。うまく思い出せないけど。


ちょうどウチが降りる駅に着く直前で起きることができたらしい。よかった、乗り過ごすことはなかったみたいだ。バイトで疲れた体と精神に、凡ミスは結構効く。

電車を降りて、歩いて帰る。

ウチはアパートじゃなくて自宅の一軒家暮らし。両親がいて、一人っ子。いつか犬とか飼ってみたい。


「ただいまー。」スニーカーを脱いで、きちんと揃える。揃えないと、後から帰ってくるお父さんに小言を言われるだろうし。

「おかえり、夕飯できてるよ。」お母さんが黄色いエプロンで手を拭きながら、台所からひょっこりと顔を出す。

「今日もお父さん残業?」

「みたいねー。」残業続きのお父さんも、いつも通りの日常。ゲームのハードウェアを作る会社は、この季節になると決まって忙しくなる。

バタバタと階段を登り、自分の部屋の扉を一瞬開け、カバンをベッドの上に放り投げ、扉を閉め、ダイニングへと駆け下りる。この一連の動きも慣れたもんだ。投げても大丈夫なように、カバンの中身は徹底的に無駄を省いてる。

「忙しないねぇ。」と笑うお母さん。ダイニングテーブルの上には豚の生姜焼きとキャベツの千切り、白米とわかめの味噌汁。

微笑ましい日常風景。


でも、なんで、心の奥底で、

これを「懐かしい」と思っているんだろう。

毎日の、あたりまえのことなのに。


「……ごめん、今日はそんなにお腹空いてないや。」ラップかけとくよ、とキッチンにラップを取りに行った。えーと、下から二番目の引き出しだよね。

「あれ、買い食いでもしたの?」

「いや、そうじゃなくて、ちょっとね。」


思い出した。

あの濃厚で、生々しい、電車の中で見た夢を。

その終わり側に見た、あの光景を。


「……そうだ、お母さん。」ラップの箱を手に、ウチはなんとなしに訊いてみる。

「どうしたの?」

「ウチの名前、ちょっと言ってみてくれる? 苗字含めて。」


「なによ、変な子ね。マリ=ホワイトリバーでしょ。」


血の気が引いた。

ラップの箱が音を立てて、床に落ちる。

いてもいられなくなり、ウチは自分の部屋へとダッシュした。後ろで母、いや、母の形をした何かが、ウチを呼ぶけど、そんなの知るもんか。

部屋のドアを開き、すぐさまパソコンの電源を入れる。ウチはシャットダウンよりスリープさせる派だから、すぐに繋がる。


ウチの夢が夢じゃなかったら、多分。


動画サイトにアクセスして、検索欄に『メルト』と入れて、エンター。


何も出ない。


おすすめ枠が全て、訳のわからない外人ラッパーしかいない。


今まで聞いた、履歴欄にもそれしかない。


……

………


「こんなの……」


「こんなの!」


「ウ チ が 聞 く は ず な か ろ う て ! ! !」


バリン、と、何かガラス質のようなものが割れる音がした。

自分の見えている景色に、一筋のヒビが入る。

ああ、やっぱり、そういうことね。

伴奏石があるであろう、左手を握りしめて。


「♪綴って連ねて あたしがそのコトバを叫ぶから 描いて理想を その思いは誰にも触れさせない」


ヒビが大きくなり、幻の世界が崩れる。


胸の楔は、かき消えた。


ウチは、ウチのいるべき場所に戻ってきた。自力で。


「「「マリ!」」」

つなぎとめられた空中からゆっくりと下降するウチを、ウチの復活を、みんなが驚いた目で、声で、祝う。


そして恨めしげにこちらを睨む少年が一人。


「あのねぇ。この名前、偽名ぞ?」

この日本人な見た目でこの外国じみた名前はないわ。


『……なんで。』少年がつぶやく。消え入りそうな、小さな声。泣きそうな声。


『なんでお前が勇者なんだよ?!』


「……ほへ?」

ウチの疑問を無視して、魔王の少年は喚き散らす。


『なんでだよ?! 俺の方が辛い過去を持ってきた! 俺の方が恵まれない人生だった! なんでおんなじ事故に巻き込まれて、お前が勇者なんだよ?! なんでお前の方が光とかいうダサい属性持ちで勇者になれるんだよ?!』


ああ。

あの時、隣に座っていた中学生男子が彼だったか。

となると、さっき見ていたのはウチの記憶を元に描いた幻。


『俺の方が苦労した! わかってくれない親父にも殴られたし、学校でも何もうまくいかなかった! 家出中に事故に巻き込まれてここにきたし、俺に与えられたのは闇の魔力! 剣も魔法も上手くできる! 優秀な仲間も揃え、自分の国も治めた! なのに! なんでお前みたいなわけわかんないやつが俺の邪魔するんだよ?!』


苦労した分、見返りがある。そう思った彼は、与えられた魔力や剣術で仲間を集わせ、理想を描こうとした。

同じタイミングで死んだが、魂は違うタイミングでこの世界に生まれ落ちた。彼は国王にまで上り詰め、年老いた。が、魔力で無理やり、以前の姿を保っている。


『俺は神に等しい! チートレベルの力がある! 俺が勇者だろう?! お前が魔王なんだろう?!』


だが、まだまだ彼は厨二。闇が正義、そんなのはここじゃ通用しない。

座れば国王、立てば魔王、喚く姿は中二病。


『魔王は倒さないといけないんだろう?! だったらお前ら、魔王の手助けしてるんだぞ?! 殺せよ! そのくだらない女を殺せよぉぉぉ!!!!』


瘴気の濃度と威力が増し、ウチたちは全員壁へと叩きつけられる。


……かと思ったか。

直前にランスが白い「防壁」の魔石を砕き、ウチたち六人を衝撃から守る。

「今日だけで十分壁と接触したんでね!」とニヤリと笑うランス。半分ウチのせいやな。

そうだ、ウチも明確に言っておかないといけないことがある。


「ウチは勇者なんかじゃ無い。『歌姫』だよ!」


『うるさいうるさいうるさいっ!!』魔王の少年が喚く。

ここまでなら癇癪だろうと耐えられた。


だが、次に発した言葉が、ウチの琴線に触れた。


『ボカロなんて気持ち悪りぃの聞いてるやつより、俺の方がよっぽどマシだろ?!』


「今、なんと?」

正直切れた。

電子の歌姫の歌声が、元いた世界でも、こっちでも。

ウチをどれだけ救ってくれたか、お前は知るはずもないだろうけど。


『ああそうだよ、お前の歌は全部ダサいっつってんだよ!! 大人になりやがれ!!』

論破したった、というかのように少年はこちらを見下す。


「となると、どんな歌を聞けと?」静かに怒りを貯めるウチ。察してちょっと間を置いてくれるチームのみんな。


『お前、俺の作り上げた幻の世界でパソコン見たろ! そこに溺れてろってんだよ!』


オーケー、こいつは処す。


「ウチはな? ラップが一番嫌いなんだよ。もちろん何であれど例外はあるさ。でもトータルで見てみろ。特定の人種や人物を差別し、早口だから気づかれないだろうと汚い言葉を織り交ぜて。そんな底辺も底辺なリリックで、歌唱力は加工任せ、反逆する相手を間違えてるし、矛先もわからない。そんな無意味で響かない歌、歌い手が変われど聞く気が起きねぇわ!!」


うん、我ながらひどい言い方だな。

でも、そうなっちゃうくらい嫌いなんだよ。


『うるっせええぇぇぇぇぇ!!!!!!!』

少年が雄叫びをあげ、巨大な黒い手を生み出し、振り上げ、叩きつける。


「させないっ!」サビナが杖を振り上げて大きな光の障壁を生み出し、手を弾く。

「守ってくれ、神樹!」カシスが聖なる力を秘めた神樹に呼びかけ、その根がウチらを守るかのように覆う。破滅を願う闇の魔力を相殺させるには、生命を司る神樹の力だ。

「マリ、やるなら今だ。葬り去れ!」ラクトが告げる。でも。

「こっからじゃ届かないって!」ああ、立体音響が恋しい。

と、ランスがアーサーから杖を奪い取る。彼がずっと使っている、先端に大きな赤い宝石が……いや、炎属性の魔力を封じ込めた魔石が、はめ込まれた杖。

「アーサー、お前の「威力倍増」の魔石、借りるぜ!」赤い目が煉獄の使者に向けてウィンクする。

「……持っていけ!」アーサーもニヤリと笑い、彼の生み出す炎の光で障壁の強化に入る。

「ちと大きすぎるだろうが、使って良いとさ。」盗賊が手渡す、Aランク魔導士専用と思われた魔杖。

「あんがと!」ウチはそれを受け取り、魔王に向かう。


まずは強化だ。この障壁は、それくらい耐えるだろう。


「♪愛したって良いじゃないか 縛り誰も触れないよう これも運命じゃないか」

「「♪消える 消える とある愛瀬」」


十人に分身するよりは簡単であろう、もう一人だけ自分を生み出す歌。

さらに同じくらいの歌唱力を詰め込んだので、結構パワフル。サビだけじゃなく、一曲フルで歌うくらいは耐えてくれる分身。


『消えろ消えろ消えろ!! きもいんだよおおぉぉぉぉぉぉ!!!』自分の考えを否定され、荒れ狂う魔王。

こんな幼稚な奴が国を治められるって、この世界も大変だ。


「そんなにラップが好きなら、こっちもラップで戦ってやるよ!」

そう口にして、伴奏石をひねる。警告のようなブザー音から、ヘヴィなロックギターが混ざり込む。

ラップというか、マッシュアップだ。

勝利が約束される破壊力を秘めた歌に反応してか、ウチの二つの体が、女神の祝福である黄金の光に包まれる。

二人の声が魔石を通して魔王へ、一筋の光として届く。

元同じ世界から来た、同じような境遇のやつだからって言われたって、あいつはもう人間じゃない。

人としての心を忘れ、己の理想だけを突きつける、魔王だ。

ゆえ、容赦はしない。

最大級の破壊力、受けてみな!


「♪いいことづくめの夢から覚めた私の脳内環境はラブという得体の知れないものに侵されてしまいましてそれからはどうしようもなく二つに裂けた信頼環境を制御するためのキャパシティなどが存在しているはずもないので……」

「♪刃渡り数センチの不信感が 挙げ句の果て静脈を刺しちゃって 情弱な愛が飛び出すもんで レスポールさえも凶器に変えてしまいました……」


ウチと分身と女神が送る、電子の歌姫界最強のマッシュアップ。

最強と言い切れるのは、閲覧回数だけどね。


『っぐううぅぅぅ……!!』おー、耐えてる耐えてる。

でもな。

いくらチートでも、


世界全国にいるミリオンレベルの人間の熱意に、興味に、「好き」という感情に、勝てるはずなかろう。


「♪会いたいたいない、無い!!」

「♪もうどうだっていいや!!」


ウチの二つの声が一つに交わり、女神の加護持ちの歌う神曲により。


『んぐあああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!』


魔王は、光に貫かれた。

負荷のかかった肉体も悔し涙も、空に途切れて消えていく。

光と砂埃が収まり、そこに残ったのは虚空のみ。


「……終わった?」

そう言い残し、ウチはその場で倒れこんだ。


===


『勇者では無いと言ったはずでしたのに。』

気がつくと、女神の間。あんな大事な場面でこっちに引き込むとはレグシナ様も中々……。

でも、言葉に反して、口調は優しいし、目も笑ってる。

「そうですね。ウチは最後まで歌姫として戦っただけですが。」

ああ、すっきりした。

まるで、この世界に来た最大の理由をこなしたような。

……って、まさか。


『はい、そのまさかです。……どうです?あなたはここでの役目を終えた。私の力も元に戻し、平和をもたらした。』


元の世界に戻りたいなら戻しましょう。

あなたはその際、病院で目を覚ますでしょうけど。


「だが断る。」

そんな質問の答え、瞬殺に決まっとる。

確かに両親とか身の回りとか未練がないって言ったら嘘にはなるけど。

クリアしたなら、救った世界の責任持って、クリア後の世界も楽しみたい勢なんだよウチは。

『でしょうね。』仕方ない、と言ったような表情で、女神様は頷く。


さぁ、帰りなさい。


===


「……い、起きるぞ。」

聞き慣れた男性の声がする。……あ、歌わずに女神様との遭遇から起きれた。

目を開けると、自分の視線が赤い目と会う。

まったく、こいつはどんだけウチを守ろうとすりゃあ気が済むんだ。そう思い、にへら、と自分の顔が歪む。

どこも痛くない。ウチが倒れていた間、サビナが回復でもしてくれたのだろう。

と、周辺の変化に気がつく。


まず、チームレグシナがウチを囲んでいる。

空は暗くはない。いや、暗雲は消えたけど、朝になりかけの時間帯だから暗いのかな。オレンジに染まる空、薄青の薄い雲。服が所々切れてるからか、ちょっと寒い。

足元にはボロボロの石でできた床。多分城壁の上だろう。それもアルテリア跡地の。

そしてそこから見下ろす、荒れ果てた、でも希望に満ち溢れた土地。

枯れ果てた木々に草一本生えていない大地、無骨にもむき出しの岩。

向こうに目をやれば、神樹に守られたリスメイの国。


ウチは、一声笑う。


「どこだここ」


ウチの、守りきった居場所だ。


ただいま。

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