第6話

 ざっと周囲を見渡す。未成熟なエルフのメスに人間の成熟した雄が三匹。状況を見るに、このエルフが三人に追われていたと見るべきか。目的はさっきのを見るに交尾、前


世で言う強姦か。


「ひとつ確認したい。さっきのはお前たちなりの交尾の試練か?」


 俺たちの一族では交尾相手を選ぶ基準として飛行能力が挙げられる。飛んでいく女王蜂と共に新天地へ行ける者のみが交尾の権利を握れるのだ。ついていけなかった雄は死


んで土や他の生物の養分となる。

 他にもメスと戦って勝利したり他の雄と取り合うことで強さを示したり、メスを糸で捕縛することで頑丈な糸を作れることをアピールしたりなど。様々な場面で雄たちは篩


にかけられる。

 それが自然なのだ。遺伝子を残すことが出来るのはその競争に生き残った雄のみ。その種族の求める強さを持つ個体のみが子孫を残せるのだ。

 その強さの基準は生物によって異なる。さて、この世界の人間やエルフはどうなのか……。


「は?いきなり何言ってやがるヘンテコ格好野郎」

「女なんて浚ってヤッちまえばいいだろうが」


 どうやらそうではないらしい。

 そうだ、忘れてた。人間は俺たちとは違い個としての我が強く、余計なことを考える非合理かつ面倒な生物だ。

 ……俺も昔は人間だからよくわかっているはずだ。どれだけ人間が面倒で分かりづらく、そして生きにくい動物なのか。


「そうか。ならこのメスは回収する」


 少女を担いで回収する。エルフとはいえ扱うのは脆い人体だ。あまり乱暴に扱うわけにはいかない。


「おい待ちやがれ!そのどこの誰かは知らねえがソイツは俺の物だ!置いていきやがれ!」

「断る。彼女は群れの子供だ。断じてお前らの物ではない」

「おい、何かっこつけてんだ?こっちは三人いるんだぞ」

「関係ない、俺の役目は群れを守ること。なら襲われている里の仲間を助けるのは当然だろ?」


 つい前までは蜂だったが今の俺はダークエルフ、彼女たちの同胞だ。そして里での役目を与えられた以上それを果たすのは生物として当然のこと。この世界では知らんが俺


はそうやって生きてきた。


「ふーん。じゃあさ……死ねや!」


 男はいきなり剣を振り下ろす。まるで止まっているかのような動きだ。隙だらけで無駄も多い。この程度で兵士として使い物になるのか?


「うざい」

「はぐしッ!!」


 軽く裏拳を当てる。速さを重視した突き出しただけの拳だ。俺としては攻撃のうちにならないのだが、相手は派手に吹っ飛んでいった。


「て…テメエ!」

「よくもやりやがったな!?」

 

 先にやったのはお前たちだ。俺は別にお前と戦う気はないし、そんなことしても俺には何の利益もない。むしろ時間を無為にするだけだ。

 けどそっちがその気なら仕方ない、実験も兼ねて早く片付けるか。


 触角に集中して脳にダメージを与える電波を出す。これは向こうの世界では当たり前のように出来たし大抵の相手には防がれたが……。


「「ぎゃああああああ!!?」」


 どうやらコイツらはあっさり倒れた。

 弱い、弱すぎる。この技は簡単に防ぐことが出来るし、さっきの拳だってハエを追い払う程度の威力だ。それで倒れるなんて、同じ種の勇者も高が知れる。


「もう脅威はなくなった。これで自力で歩いても問題ないはずだ」

「………‥はッ! は……はい!」


 呆然としていた少女は意識を取り戻して立ち上がってその場を去った。


「あ……ありがとうございました~~~!」


 少女はこちらを売り変えることなく、脱兎のごとく去った。いや、あれは逃げたというべきか。

 脅威がなくなったというのにあれほど恐るなんて妙だとは思うが、哺乳類は恐怖に過剰反応する生物だったな。

 前世では人間は身体も精神も痛がりだったが、この世界でもそうらしい。


 人間の精神の脆さはよく知っている。引きこもっていた俺が言うんだから間違いない。……そんな俺が強い精神を持つ魔蜂に生まれたのは正解だな。


「……そんなこと考える暇などないか」


 その場を軽く右に跳ぶ。すると俺のいた場所に突然風の塊がぶち当たった。

 風の刃によって道が削られて石の破片が飛び散る。風によって巻き上げられた土が視界を遮った。

 人間程度なら即死だが今の俺はどうだろうか。身体能力自体はそれほど大きな変化はないが、身体(ベース)はダークエルフだからな。…‥いや、危険な冒険は避けようか。


 土埃が止んで視界が戻った。俺のいた場所には緑色の髪をオールバックにした高校生ぐらいの少年がいた。

 鎧や武器は中世ヨーロッパの騎士らしいが、下に来ている服は学生服に近い。しかも所々チャラチャラした感じであり、剣の柄にはデカいストラップが付いている。……コ


イツ戦う気あるのか?


「……不意打ちは失敗かよ。大分離れてたのによく気づいたな」

「エルフの耳はめちゃくちゃ良いんだよ。空から狙ってるの丸分かりだったぜ」


 これは半分嘘だ。聞こえた感じは虫だった頃と同じだったが、まだ少し違和感がある。おそらく聴力は前と同じだが、器官が違うせいでまだ脳が追いついてないようだ。


「しかし俺の攻撃を避けるとはテメエただのエルフじゃねえな。もしかしてお前がエルフの里の『魔王』か?」

「魔王? 俺は勇者と呼ばれたが……」

「あん? そりゃ敵国の勇者は魔王みてえなもんだろ。戦争で自国の英雄は敵国では犯罪者ってよく言うじゃねえか。……って、お前ら未開地人に言っても分かんねえか」

「なるほど理解した」


 たしかにそうだ。前世でも戦争では相手国を徹底的に悪者に仕立て上げようとしてたからな。その象徴を特に悪く言うのは当然のことだ。

 しかし敵が悪者でないと攻撃できないなんて人間は不便だな。敵対する理由なんて自身の利のためで十分じゃないか。……って、俺も自身を守るために相手を悪人にしてい


たな。


「理解しちまうのかよ。……まあいい。とりあえず俺とお前は敵ってことだ。だからどうするかはわかってるよな?」

「……無論だ」


 相手の魔力の高まりを見て俺は構える。

 ほう…‥。それなりに高い魔力だな。全盛期の俺の力と比べるとカスだが、今の慣れないこの体ならいい勝負になりそうだ。


「エルフの里の勇者、バトラ。さあ、俺に生きる実感を与えてくれ!」

「仕事はスマートにやるもんだぜ。……ウィンディール共和国の勇者、風早北斗! 魔王を討伐するぜ!!」

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