第16話 唐突

 和口さんとの間に静寂と緊張が張り詰める。まだまだそれらは膨張し続けその2つは2人の身体まで張り付いてきそうだ。実感、もう張り付いているかもしれない。

 俺は先ほどの和口さんの言葉にあっけに取られた。和口さんの口から、その言葉が聞こえるとは予想にもしていなかった。普通の人には見えないはず。だけど、例外がいるのは確かな事実だ。鴨川もその例外の一人だが、何故見えるのかはわからない。もしかしたら、和口さんは二重人格の可能性がある。少し思考を巡らせればわかることだった。

 「へぇ~え、自分が二人いるって大変だね。」

 僕の背中を見ながら和口さんは軽い口調で言った。ポケットに手を突っ込み背筋をそらして立っていた。僕の背中はまだ見えているのだろうか。俺は和口さんの背中を見つめた。

 「見えるんですか。」

 「あぁ、見える。そして、どっちがどっちまでわかる。」

 和口さんは笑った。身体をこちらにむけ、歩み寄ってくる。

 「どうも、初めまして。これも何かの縁だね。この古典の主催者の和口翔太です。よろしく。」

 和口さんは自己紹介をした。口元に微笑を浮かべていたが、目は笑っていなかった。

 「初めまして、伊藤裕翔です。」

 「漢字は?」

 と、いうと?

 「ああ、下の名前の漢字。」

 なるほど。しかし、名前の漢字を聞く人など、このご時世珍しいものだ。俺は和口さんの顔を珍しいものを見る目で見てしまいそうだ。

 「えっと、、、、、裕大の裕に、羽が右についている翔です。」

 「あぁ、なるほど。それで裕翔くんか。合点がいった。」

 上を見ながら、和口さんは言った。

 きっと、これで人を測っているのだろうな。自然にそう思えた。

 「今日は、一人?」

 「いえ、友達3人と。」

 「3人、合わせて4人か。いいな~そんな学生。」

 そういや自己紹介に高校生とつけていなかったことに今更に気が付く。少し申し訳なくなった。

 「俺は、友達いなかったもんな~あははは、ごめんね。自分語りしてた。」

 いつもこんな調子なんだろうか。話すテンポが速い人だ。それは、理々果と気が合いうやけだ。そういや前に、というものだいぶ前に聞いたことがあるのだが、和口さんと理々果パパは仲が良いそうだ。そのため、小さい頃からよく和口さんと遊んでいたのだという。そのせいか、理々果はよく和口さんの話をしていた。個展も毎回見に行っているのだとか。

 「君、絵、描くかい?」

 「はい。頑張って描いてます、、、」

 「そうか、それなら楽しめると思うよ」

 「もう、2回程回らせて頂いて、、、」

 「2回もかい!?そりゃ、すごいな。君、将来、画家かなんか?」

 「まぁ、一応、、、そう思ってます。」

 「だろうね。しかし、自分の夢なのに勢いがないなぁ。恥ずかしいのか?」 

 「そうですね、、、恥ずかしい、、、、、と思っています。」

 「ふぅ~ん、そうかい。」

 頷きながら和口さんあ俺の周りを歩いていた。目ではおってはいるがいい加減止まってほしいと思う。日頃使わない眼球の部分が疲れている。

 「あ!思い出した。裕翔君か。」

 今まで君呼ばわりだったため、いきなり名前で呼ばれ少し困惑してしまう。和口さんは俺の目の前で止まり天井を仰いだ。

 「そういや、理々果ちゃんがしゃべってたな。もしかして、同じ学校?」

 その話はいささか古いのではないだろうか。仲が良いとは言え、最近会っていないのだろうか。他人の人間関係に首を突っ込むことはしてくないが、父が親しいなら、そして和口さんと小さい頃から面識があるなら頻繁とは言えなくても会っているもんじゃないだろうか。少し、不審に思える。

 「いえ、今は引っ越して、隣町の学校で、、、」

 「そうか。最近、裕翔君の話がないから少し不思議に思ってね。なんだ、そういうことか。」

 思いの外、反応が子供であった。

 どうやら、俺が引っ越して暇をしているらしい。和口さんとの会話のネタはほとんどが自分に関するネタだったらしい。少し、恥ずかしくなった。

 「ということは、3人の友達は理々果ちゃんを含む3人、ということか。」

 「はい。そうです。」

 「だとしたら、君が速いのか、3人が遅いのか。」

 笑いながら言った。

 「あ、、、、それに関しては、僕が夢中になっていただけなんで、、、」

 「なるほど、君の問題か。それなら、いいや。」

 俺ならいいとは一体どういう意味なのだろうか。他の3人なら駄目なのだろうか。言葉の真偽は分からない。

 作品に目を移し少し目を離したら和口さんの姿が消えていた。唐突である。どこに行ったのだろうか。あたりを見回しても和口さんの姿は見えないし、少し歩き回ってもどこにもいなかった。

 他3人を捜しに行ったのだろうか。だけど、理々果を除く2人の顔は知らないと思うしどう考えても無理な点がある。俺が物物思いにふけている間にどこかに消えたが話の途中で抜けるものだろうか。例え、対応が子供じみているとはいえ、そこらへんは弁えている筈だ。

 「ごめん、ごめん、声かけずにどっかに行って。良かったらこれ来てよ。」

 背中越しに和口さんに声を掛けられ驚くように後ろを向く。手には何やらパンフレットがあり、表にはでかでかと「花火」の文字が躍っていた。

 「花火?ですか、夏は終わったというのに。季節外れですね。」

 「まぁ、そう捉えても間違いでもないけど。これは霊を慰めるための、いわゆる儀式だ。

 「あぁ・・・確か、彼岸の。」

 「そう、それだ。」

 受け取り、詳細にパンフレットを見つめる。場所は家からも然程遠くなく行けるところであった。希望を誘って行こうか。

 「ありがとうございます。行かせて頂きます。」

 「そんな畏まる畏まらなくていいよ。気軽に着て。僕はそれの監督だから。本部に顔を覗かせてくれれば、ジュースでもあげるから。」

 なんと招待までされてジュースというおまけつきだ。理々果、鴨川も誘って皆で行こう。俺は、丁寧に折り畳みバッグのポケットに入れた。

 「どれも、狂気じみている。」

 後ろから僕の声がし、2人の視線が集まる。

 「お、終わったかい?」

 「えぇ、見させて頂きました。」

 「二人とも丁寧な対応だな。もう、ちょっと肩の力を抜・・・・」

 「彼が尊敬しているので。」

 愚直に答え、僕は半紙を戻す。

 「どれも、狂気じみていますね。」

 「本当かい?それは言われたことないな。怖い位がせいぜい言ったところかな?」

 「それはそうと、この作品たちのインスピレーションは?」

 何かを聞き出そうとしているかは見当もつかない。2人が修羅の場に身を投げ攻防を繰り返しているのは確かだ。

 和口さんは少し目の色を変え、

 「そうだな・・・・僕は人間の殺意とか、そういう類のものに興味があるから・・・それが、元かな・・・・」

 「他には?」

 即座に僕が聞き返した。

 「犯罪者の君が、そこまでアートの心臓の興味をもつなんて、珍しいなぁ」

 和口さんは口を滑らせたかのように思えた。これは芸術家の俺は受け止めることは出来るが、犯罪者の僕が受け止めることが出来るかはわからない。自分の正体がわかってしまった今、僕は耐えれるのだろうか。しかし、鴨川のときはあくまで平静だった。なのに、血相を変えこんなにも詰め寄るのは何故だろう。

 「答えてください。」

 わずかに誤記が強まった。

 「そうだな・・・・言えば・・・・」

 そのとき、後ろから3人が疲れた様子で歩いてきた。

 「いた、裕翔君・・・・速いよ・・・・それから・・・・先に行くなら・・・・声掛けてよ。こんな・・・・ところに・・・・いたの?さっきはいなかったのに。」

 は?

 自分と和口さんは確かにここにいた、筈。声を出していた筈なのに。何故、わからなかった?確かに、ここに居た筈なのに。

 「そんなに強いか、君。」

 後ろを振り返れば和口さんが僕に吐き捨てた。僕は思い舌打ちをしその場から消えた。寸簡、希望が身震いした。後ろで違う方向を見ていた二人は怪訝な顔をしてこちらを向いた。

 「和口さんが、出てきた。」

 確かに、和口さんはいたのだ。だが、彼女は出てきたと言う。この状況が上手く呑み込めない。

 「おじさん。急に出てきたけど、化学的に・・・・」

 理々果が何か言いかけた止めた。和口さんの顔を見て口を閉じたのだろうか。

 和口さんは神妙な顔つきであごに手を当て考えている様子だった。その顔は、犯罪者の僕の顔に近かった。

 「とりあえず、それやるから、よろしく。」

 そう言い残し、和口さんはどれとも目を合わせずに立ち去った。

 一同に重苦しい雰囲気が流れ、各々が気を使って黙り込んだ。

 「今日は、帰ろう。伊藤、あの人から何、言われた?」

 鴨川は怪訝な顔を向けた。

 「特に、何も。只、」

 バックからパンフレットを取り出そうとしたとき「特になにも、じゃないだろうこの状況。だから、君に聞いてるんだ。」と強く吐き捨てた。

 「これに、来てくれって。」

 3人は顔を近付かせ覗き込んだ。

 「花火か」理々果は呟いた。もう、彼岸かと遅れて呟いた。

 「それ、私も誘いたかったやつだ。一緒に行こうよ。」

 「うん。3人、誘おうと思ってたよ。」

 4人の中、ただ一人希望だけが明るかった。目には、美しい色彩が浮かんでいた。消えては無くなって、出てきたは輝いた。

 ほれぼれする、つい見入ってしまう。

 気付けば、目の前には目があった。鼻があった。口があった。僕が「美しい」と俺の背中を押した。口づけをした。

 「なんで、なんで、今?」

 心の底からの声だった。

「ごめん・・・・」

 自分は口を噤むしかなかった。

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