第13話 鴨川と電車

 時計の針が午前10時を回ってから目が覚めた。

 気付けば朝であった。

 昨日は金曜美であったため、今日は土曜日であった。

 まだ、温かい布団を身体の上からどけ、ベッドに上半身を起こした。視線が自然に下に向かい、自分の膝へと落ちた。そこには制服のズボンがあった。そうか、昨日はそのまま寝てしまったのか。あの悪夢、少し長い夢を見ていたのだった。

 「よっと起きたかい。」

 机の方から声がした。見れば犯罪者の自分がいた。窓から入る日の光が彼の白髪を輝かせていた。

 「何故、お前が。」

 「君は寝ぼけ過ぎだな。僕は君じゃないか。」

 そうだった、とは思いたくないがそう思うしかなかった。夢の中で出会った自分がこんなにも早く目の前に出てきているのを目の当たりにし、よくぞここまで出てこなかったのが不思議な位だ。これから、夢の中で出会った犯罪者の自分を「僕」としよう。そして、芸術家の自分を「俺」としよう。その方が分かりやすい。

 「悪夢か。」

 僕が俺の心情を読み取ったのか、低い声で呟いた。 

 「ああ」

 犯罪者の僕に容赦する必要はない。愚直に頷いた。

 「別に、僕は迷惑な奴じゃない。」

 床を睨みつけながら変わらぬ声で言った。

 「それは、NOだ。お前は人を殺す、反社会的だ。倫理から大きく逸脱した人間、いや違う人格か。」

 末尾には自信が無かった。僕を否定するということは己自身、何より俺も否定することになる。そんなことしたら元もこうもない。

 「人を殺すのは紛れもなく君自身でもあるが、まぁいいさ。」

 僕は椅子から立ち上がり、室内を歩き始めた。

 「制服のままだろう。体も洗ってないし。下に行ってきなよ。妹ちゃんがいるんじゃないか。」

 俺が分からないことを何故僕が知っているのかと疑問に思ったが、素直に従うことにした。

 「そうだな」

 到底、制服の恰好などどうでもよく、昨夜の夢の内容を反芻した。何度も繰り返しても自身に現実味を帯びることはなく、僕がそこにいる事実だけが虚しく自分の心に押し込められているような感じだ。

 犯罪者。その言葉を認めたくない。頭の中で何度もその言葉を殺した。それでも、気が済まなくて心でも同じことを繰り返した。多分、これが犯罪者の僕なのだろう。この想像がいつか現実となり希望をこの手で殺す。そんな、情景が頭の中で再生され、朝に対比し頭を抱えたくなる程に憂鬱になった。

 そこまで落ち込んでもしょうがなく、ベッドから腰を浮かし顔を洗うために洗面所へ向かおうとしたとき、スマホに着信があるのに気付く。自分はスマホを手に取り、スリープ状態から起動させてみる。通知件数がやや多く5,6件は入っていた。それも、全て電話。

 「君が寝てる間、何分か置きにスマホが鳴っていたな。きっと友達だろう。」

 僕は軽い口調で言った。僕の興味は本棚に移っており背を向けながらしゃべっていた。

 しきりに鳴っていたスマホの着信音にも気付かず、ずっと寝ていたのだからきっと悪夢は現実にとっては長い時間だあったのだろう。もっとも、悪夢の中じゃ時間感覚は皆無に等しかったが。

 話を戻し、このご時世SNSを毛嫌いしているの者に独り心当たりがある。

 「鴨川 要(かもかわ かなめ)」スマホの画面に見覚えのある名前が羅列されていた。

 一体なんの様なんだろうか。遊びの誘いだろうか。しかし、考えても本人じゃないとその事実を知ることは無く、この際は折り返しの電話をするのが賢明だろう。

 彼の名前をタップし、耳に吸い付ける。 

 3回程コール音が鳴り、「やぁ、愛しき友人伊藤裕翔君。お眠だったかな?我が・・・・」

 電話口から秒速に乱射される。耳が痛くなる程のマシンガントークであり、ついスマホを耳から離してしまった。人口知能と言ってもざらに一人や、二人は信じるに違いない。未だ、電話口から途切れることなく続いていた。

 「君の友達はうるさいな。いつもそんな調子かい?」

 僕は本棚に体重を預け、本をペラペラとめくっていた。

 俺は僕のことを気にも留めず、鴨川がしゃべり終わるまで着替えていなかった下着やシャツを箪笥から取り出し始めた。箪笥から衣服を取り終えたとき「おい!聞こえているのか!」とスマホが静かに怒った。

 どうやら、気づかれたらしい。自分は怒るスマホに呆れながらも手に取り、耳に当てた。

 「用件は?」

 「ああ、少しデートに付き合ってほしいんだ。」

 「男同士でか?むさ苦しいな。残暑もあ・・・」

 「わかった、どうでもいい。昼の1時、駅の改札で。あと運賃持って来いよ。じゃ、後で。」

 こうなったら受け入れるしかない。嫌だと反抗しても無駄なのは分かっている。

 「ああ、わかった後でな。」

 終了ボタンをタップし会話は終了した。

 僕はベッドに座っており本をめくっていた。

 階段を下り、リビングに入るとソファに妹である朱音が座っていた。他に物音とかは一切なく静寂が朱音を包んでいた。不思議と両親のことは気にならなかった。朱音はコップを持っており、両手で包むように持っていた。しきりに息を吹きかけ中身を冷ましているようだった。中身はきっと紅茶だろう。朱音はよく紅茶を好んで飲んでいた。

 「よく寝てたね。昨日の夕方からだっけ?」

 朱音が紅茶に目を落としながら口を動かした。紅茶を飲もうとしているが、まだ熱いのか紅茶が朱音の口元を言ったり来たりしていた。一瞬、それが綺麗な血液に見えた。少し心臓が脈打った。興奮していないと言ったら、嘘になるかもしれない。

 それは、さておき自分は冷蔵庫にある麦茶をコップに入れて飲み、洗面所へ向かう。朱音への返事はしていない。

 「あ、お風呂のスイッチ入れとくよ。昨日入ってないでしょ。」

 先に朱音が風呂場へと駆け出した。

 朱音がローテーブルに置いたコップを置いていた。まだ、温かいのか湯気が上っていた。湯気、それが少し異様な光景に映っていた。

 湯気が上っている、それが犯罪者のである僕の興奮を高めた。

 

 駅に着いた頃には少し時間が過ぎていた。すでにもう鴨川はついており、壁にもたれ本を読んでいた。きっと、雑学のようなものだろう。彼に近づきながら思った。

 少し遅れて出たため、久し振りに駅まで走った。ちょっと距離なのに足が少し震えていた。老体化した証拠だろうか。この頃、体育以外にまともに運動などしていなかった。

 「ごめん、遅れた。」

 鴨川に声を掛けたときには、彼は顔を上げいた。

 「何分、遅れた?」

 「5,10分位?」自分は腕時計を見ながら答える。

 鴨川はため息をし壁から背中を話した。券売機を指さし「420」と数字を声に出して言った。きっと、ICカードにチャージしろということだろう。

 自分はそれに従い、420円の欄をタッチしチャージした。いつも思うだが、短時間でもICカードは熱くなってしまうのは一体どれだけの容量が入っているのか不思議に思えてならない。ICカードの圧が手先に伝わりほんのり手先を温めた。今は、冬でもなければ秋にも入っていないため喜びなど、遠く向こうの方なのだが。

 鴨川を探せば、猛改札を抜けているらしく、丁度抜けたところの大広間で電光掲示板を眺めていた。どれの電車に乗るか迷っているのだろうか。自分は改札を抜け、鴨川の隣に立った。

 「改札を抜けるなら、先に言っておいてくれ。」

 自分は刹那の願いを口にした。だが、この男の耳には届いていならしく、電光掲示板から視線は動かない。

 「おい。聞いてるか?」

 「大丈夫だよ。聞こえてる。只さ、幼稚園や小学校低学年の頃、こんなもんなんか無かったよなぁ。世の中ってのは便利になったもんだ。」

 鴨川の言葉に続いて頭がその頃の記憶について探し始める。捜し始めるのだが、記憶の断片すらなく鴨川の言葉が上手く理解していなかった。

 テクノロジーの進化というものは二次関数のグラフのような道をたどる図を見たことがあるし、しかも今や研究者たちも多くなっているから、別に驚くことでもなく自然なのではないかとすら感じる。というか何より、そういうのにあまり関心が無い。

 「そうなのか。」

 「君は何も感じてないんだね。」

 鴨川は歩き出した。上りの階段を下り、ホームに立った。

 「どこに行くんだ?」

 朝から疑問に思っていたものを尋ねた。

 「ああ、少し都会を歩きたくてね、まぁ、散歩だ。」

 「こんな暑苦しいのにか。正気じゃないな。」

 「君は家に引き籠り過ぎだ。まぁ、終点まで行こうじゃないか。駅を出て、そこから考えよう。店に入りたければ、入ればいい。」

 無責任にも程がある。だが、過去にも同じことをしたので、2回目ともなれば慣れて言い返す気は起きなかった。

 轟音を立てて電車がホームへと侵入してきた。ホーム内の空気を押し出し侵入してくるため、空気が塊でホームの人間を襲う。

 いつも思う。この感触、いつも怖いのだ。前に鴨川に言ったことがあるのだが「距離を取れば安全。」とごもっともなことを言われ、恥ずかしくなったことがあったのを思い出した。その後鴨川から「君はおもしろいね。」と馬鹿にされる始末。

 考えたことは無いだろうか。電車の空気に一瞬でも負け、電車に触れてしまったら。その瞬間を言うまでもないが、その時点で肉片と変わり行くだろう。そう思うと、いつもこの瞬間が怖いのだ。

 そんなもの思いに更けている間、電車は完全に停車しドアが開いた。鴨川に続いて車内に乗り込む。休日の昼だからだろう、皆朝から行動しているのか電車内はガラガラであった。席が空いているのにも関わらずドア付近に2人共立った。

 出かけるとき適当にしゃべるのだが、このときばかりは互いに口を開くことは無く終点まで終始無言であった。

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