第三章 到着

第三章 到着 -1-

 眼下には闇が広がっていた。真っ暗な夜の大地だ。処々に、オレンジを基調とした人工的な光の塊がゆらめく。視線を上げると、かすかに識別できる大きな弧を境に、宇宙の闇があった。それは、眼下に見えるものとは微妙に色調が違い、澄んだ光を放つ無数の星々が散りばめられている。

 エビネは初めて見る衛星ほしの姿を、興味深く観察した。

 軌道ステーション〈ハイムダル〉を飛び立ったシャトルは、木星の第4衛星であるカリストの、夜の面へと降下しつつあった。地表に近づくにつれ、光の塊が街を形作っているのが判る。ゆっくりと流れゆくそれらを見送り、山脈のように連なるクレーターの外縁部リムを越えていくと、やがて前方にひときわ輝く都市が現れ、シャトルはその眩い光の中へ機体を滑り込ませた。

 〈無限の森〉エーヴィヒヴァルトと呼ばれるその都市は、カリスト最大の都市〈ヴァルハラ〉に次ぐ規模を誇る。ちょうど木星に面した〈表面〉フォルダーにある〈ヴァルハラ〉とは対称に、〈無限の森〉エーヴィヒヴァルト〈裏面〉リュッケンに位置する。自転周期が公転周期と一致するため、カリストは常に同じ面を木星に向けており、衛星のほぼ真裏にある〈無限の森〉エーヴィヒヴァルトでは、天変地異でも起こらない限り、永遠に木星の姿を見ることは叶わない。

 〈無限の森〉エーヴィヒヴァルトに敷設され、〈裏面〉では最大級の宇宙港である〈ムニン〉に降り立ったエビネは、その規模の大きさに圧倒された。思わず生まれ育ったタイタン一の都市〈シント〉と比較してしまう。もちろん衛星のサイズではタイタンの方が上だ。しかし地上部に作られた街や施設の規模は、一部を見ただけでも〈無限の森〉エーヴィヒヴァルトの方が数倍大きいと判る。

 〈惑星開発機構〉が行った惑星改造テラフォーミングにより、人類が地球以外の惑星やその衛星に移り住みはじめてから、二五〇年あまりが経つ。現在は〈太陽系開発時代〉の終盤ともいえ、その手は海王星にまでおよんでいた。だが先の〈天王星独立紛争〉によって〈機構〉は大きな痛手を受けたため、海王星の開発計画は予定よりかなり遅れている。冥王星に至っては、最近になってようやく調査が始まったところだ。

 〈開発時代〉の中期に始まった木星と土星の開発は、当初並行して行われていた。しかし、活動拠点を月から木星に移した〈機構〉が木星開発の方を優先したため、土星開発は一時中断されることとなった。中断期間はそう長くはなかったが、そのわずかな遅れが「現在の差」につながる一因になっているのは明らかだ。

 エビネは木星圏における開発の歴史と、ここが〈機構〉のお膝元であり、その恩恵を十二分に受けているのだという事実を再認識した。

「〈シント〉は充分都会だと思ってたけど、ここに比べると田舎みたいなもんなんだなぁ」

 自分がいかに「井の中の蛙」だったのかを思い知る。だが彼はへこむどころか、未知の世界に足を踏み入れたことに喜びすら感じた。

 これから赴く〈森の精〉ヴァルトガイストがどんなところなのか、少し興味が湧いてくる。何といっても、以前は〈カリスト司令本部〉として使っていた基地だ。それはそれは大きな基地なのだろう。

 エビネはまだ見ぬ〈森の精〉ヴァルトガイストの姿を、唯一知る「大きな基地」である〈タイタン司令本部〉に重ね合わせた。一分一秒でも早く、その姿を見てみたい――そんな思いに急き立てられ、土星から来た士官候補は空港内の移動を始めた。

 〈ハイムダル〉で受けた〈森の精〉ヴァルトガイストからの連絡では、ここまで迎えを出してくれることになっている。エビネは生体認証だけの簡単な入国審査を終え、指定された搭乗ゲートへ向かった。示されたゲートは空港ビルのはずれにある。トランスポータで行けるところまで行き、そこから先は徒歩になった。

 輸送船の減速による高Gから解放されたおかげで、身体は軽い。いや、軽すぎるほどだ。胃や血液、髪の毛さえもフワフワと浮いているような、奇妙な感覚に戸惑う。幸い乗り物酔いには強い方なので、気分が悪くなるということはなかったが、歩くときについ床を強く蹴ってしまい、何度もバランスを崩しかけた。エビネは身体が不用意に跳ねないよう、足を引きずるような歩き方で慎重に長い廊下を歩いた。

 同行者もなくただ独り黙々と歩いていると、輸送艦で一緒だったガウ曹長の言葉を思い出す。

〈森の精〉ヴァルトガイスト航空隊は〈流刑地〉と言われている。そして一旦そこへ編入されると、二度と他の部隊へは移れない」

 これらのフレーズが頭の中を駆け巡る。若干興味が持てたといっても、いざ事が目の前に迫ってくると、やはり心細くなるものだ。しかも一区画抜けるごとに少なくなる人影と、迷路のように入り組んだ通路が、さらに不安を煽る。好奇心と不安がない交ぜになって、エビネは落ち着かなかった。

 いいかげん歩くのにも疲れてきたころ、ようやく目的のゲートが見えてきた。ゲートといっても頑丈そうな扉があるだけだ。その前に黒いジャンパーを着た男が立っている。彼が〈森の精〉ヴァルトガイストからの「お迎え」なのだと、エビネは確信した。

 近づくにつれ、男の姿がはっきりと判る。細身でかなり背が高く、色白で彫りの深い顔立ちが、いかにも「木星人」らしい。カプチーノ色の髪は少し長めで、軍人には似つかわしくなかったが、造作の整った顔立ちを際立たせるには効果があった。

 エビネは見える範囲で、彼の階級を表すものを探してみた。しかしパイロットを表すウィングマーク以外に、それらしいものは見出せない。二五、六歳ぐらいの外見から判断するに、中尉か、よくて大尉といったところか。何しても、単なる「士官候補」でしかない現在の自分より上なのは確実なのだから、失礼のないよう接するに越したことはない。

「失礼します」

 すぐ傍まで来たエビネは立ち止まり、遠慮がちに男に声をかけた。男は手にした携帯端末を何やら熱心に覗き込んでいたが、エビネの声にゆっくりと顔を上げた。髪の色を少し薄くした瞳がエビネの姿を捉える。よく言えば「夢見るような」、悪く言えば「眠たそうな」目だ。男は無言のまま軽く首を傾げた。

「……?」

 エビネは返事がないことに一瞬戸惑ったが、すぐに自分が名乗らなかったのに気づた。携帯端末にID情報を表示させ、それを示しながら慌てて言葉を継ぐ。

「エビネ・カゲキヨ士官候補です。こちらのゲートに向かうよう指示を受けて来ました」

 示されたIDを一瞥し、男はようやく納得したようにうなづいた。そしておもむろに口を開くと、エビネが予想もしなかった台詞を吐いた。

「〈ディノ・ディノ〉は、もうやった?」

「は?」

 言われたことの意味が掴めず、エビネは思わず聞き返した。

「〈ディノの卵〉さえ見つかったら、このステージはクリアなんだけど」

 男は手にした携帯端末に目を落として呟く。そこでようやくエビネは理解できた。〈ディノ・ディノ〉は、ディノという恐竜の赤ちゃんが冒険する、子供たちのあいだで大人気のゲームだ。何作もシリーズが出ていて、ちょうどエビネがタイタンを発つころにも新作が発売されていた。その子供向けのゲームを、彼はエビネが傍に来ても気づかないほど、一心不乱にやっていたのだ。自分より確実に年上であるはずの男の、妙に子供っぽい部分に、エビネは少し可笑しくなった。

「いえ、しておりません」

 吹き出さないよう簡潔に答える。

「それは残念。結構おもしろいから、一度プレイしてみて」

「そうなんですか。では今度チャレンジしてみます」

 ニコニコと人好きのする笑顔を向けられて、エビネもつられて破願した。ひとしきり「ニコニコ天使」が二人の間を飛び回る。

「じゃ、行こうか。荷物はこれだけ?」

 ようやく「天使」が去ると、男はそう言ってエビネの足元に置かれた荷物を片手でひょいと担ぎ上げた。そして余った方の手でドアの開閉ボタンを押す。プシュッというかすかに空気の洩れる音がして、扉が左右に開く。一瞬、エビネがその音に反応した。それを彼は見逃さなかった。

 扉の向こう側はまた短い通路で、その先は下りの階段になっていた。男に促されて、エビネは通路に足を踏み入れた。

「そうそう、僕の自己紹介はしてなかったね」

 並んで歩きはじめた男が、のんびりとした口調で言った。エビネは彼に顔を向けた。

「僕はアダルベルト・クリストッフェル少佐だ。よろしく、エビネ士官候補」

「え?」

 エビネは思わずその場に立ち止まった。まじまじと男の顔を見つめる。どこかで聞いた名前だった。それもつい最近だ。あれはそう、輸送船内システムのアーカイブにあった、〈森の精〉ヴァルトガイスト基地の資料だったか。

 目の前の顔といま聞いた名前が、その記憶と重なるのに若干の時間を要した。しかしそれらが一致した瞬間、一気に彼の頭から血の気が引いた。

 慌ててエビネは直立不動の姿勢をとり、男――クリストッフェル少佐に向かって最敬礼した。

「し、失礼いたしました、クリストッフェル副司令官!」

 大尉どころか少佐――それも〈森の精〉ヴァルトガイスト基地の副司令官と知って、エビネは内心恐れおののいた。ただの士官候補からすれば、クリストッフェル少佐は「雲の上」のような存在ではないか。

 知らなかったこととはいえ、エビネはうかつにも「副司令官殿」になれなれしく笑いかけてしまったのだ。これは下手をすると叱責ものだ。いや、それで済めば御の字だ。

 エビネは少佐が内心気分を害しているのではないかと案じた。額から嫌な汗が噴出し、自分の喉がゴクリと鳴る。

 だがアダルの方は、突然のエビネの行動に目を丸くするばかりだ。ぱちくりと、長いまつげが上下する。

「君に失礼なことをされた覚えはないけど? それよりも、すぐに名乗らなかった僕の方が君に失礼だったね。申し訳ない」

 彼はそう言い、エビネに手を下ろすよう身振りで示すと、自分は軽く俯いて目を伏せた。

 怒られるどころか逆に謝られ、しかも頭を下げられて、エビネは心底驚いた。困惑してしどろもどろに何か言うが、他人が理解できる言葉にはならなかった。しかし少佐の肩にある自分の荷物が、彼に人間の言葉を取り戻させた。

「ああぁっ、副司令官に荷物を持たせるなんてっ。申し訳ありませんっ。自分で持ちますので、お返しください!」

 いまにも貧血で倒れるのではないかというぐらい青くなって、エビネは叫ぶ。だが彼の申し出をアダルは拒んだ。

「ダメだ、これは僕が持つ。その方が都合いいんでね。それに、いちいち『副司令官』なんて呼ばなくても、普通に『少佐』でいいよ。〈森の精うち〉では、『堅苦しいのはナシ』ってことになっててね。最低限の礼儀さえ守れば、必要以上にへりくだることはないんだよ。君は『隊員』であって、『召使い』じゃないんだから。いいね?」

 まるで子供に言い聞かせるかのように、アダルはエビネの目の高さまで腰を落として顔を覗き込んだ。その真摯な瞳がエビネの心を貫く。

 エビネは不思議なものを見るような目で、少佐を見つめた。いや、心底不思議な存在だと思っていた。このような指揮官は初めてだ。決して多くの指揮官を知っているとは言えないが、いままで自分が会ったことのある指揮官で、彼のように目下の者を「一人の人間」として扱った者は一人としていなかった。それだけは断言できる。

 アダルは放心した顔で自分を見つめる若い士官候補に、優しく微笑みかけた。エビネがこくんと肯くのを確認し、もう一度念を押すように自分もうなづき返すと、再び歩きはじめた。エビネは荷物のことなどすっかり忘れ、先を行く少佐の背中を茫然と見ながらついてゆく。

 階段を下るにつれ、肌に触れる空気が冷たくなる。二階層分下りたところで階段は途切れ、再び狭く殺風景な通路に出た。一〇メートルほど先にもう一つ扉があり、防寒着姿の兵士が立っている。

 兵士は二人を目にすると、素早く敬礼し、小脇に抱えていたコートを差し出した。ひと言ふた言アダルと言葉を交わすが、木星訛りがきつく、エビネにはほとんど聞き取れなかった。少佐はそのフードのついた白と黒の二枚を受けとると、白い方をエビネに手渡した。

「それは君のだよ。まだワッペンも何もついてないけど、きちっと着任許可をもらったら支給されるからね」

 言いながら、少佐は自分のハーフジャケットをジャンパーの上から着込む。エビネもなぜこんな処で防寒着を着るのか訝しく思いながら、同じようにその膝丈まである真新しいジャケットに袖を通した。

 アダルは士官候補がジャケットのジッパーをしっかり閉じたのを見届けると、彼を扉の前に立たせた。そして自分はその真後ろに立ち、エビネの肩越しに扉を指して囁いた。

「いいかい? 僕は〈森の精〉ヴァルトガイストから飛行機に乗ってここまで来たわけなんだけど、その飛行機はいわゆる『規格外』で、『橋』を繋ぐことができないんだ。管制に無理を言って、できるだけ桟橋フィンガー近くに寄せたんだけど、それもここからタラップまで五メートルが限界だった。もちろん君がタイタン出身であり、〈外〉ドラウセンというものをどういう風に認識しているかは理解わかってるつもりだ。でもね……」

 少佐の説明が何を意味しているのか、エビネは瞬間的に把握した。平然を保とうという意思に反して、本能がエビネをその場から逃れさせようとする。しかし、それを予測して後ろに立っていた少佐の手が、彼の身体を押し戻す。エビネは恐怖のため硬直した。

 土星開発の遅れは、そのままタイタンにおける大気組成変換の遅れに繋がった。予定通りにいっていれば今頃は〈半開放型〉になっていたはずの居住施設も、いまだ地下をメインとした〈密閉型〉のままである。タイタンに住む人々は、ガラス越しでしか土星の姿を見ることができないのだ。そして彼らが直接その手でタイタンの大地に触れるには、まだまだ時間が必要だった。

 カリストはというと、現時点までに「生身で〈屋外〉を活動できるエリア」を持つに至っている。衛星全体を包んでいる「大気」は、かなり酸素の含有率が高くなっているとはいえ、実際にはまだ安全に呼吸できるレベルには達していない。その点ではタイタンとさほど変わりがなかった。

 だが、カリストに数多く見られる多重リング構造クレーターの内部に、中にパイプを通した人工樹を使って〈森〉を作ったことが、カリストの居住性を飛躍的に高めたのである。

 人工樹を通して呼吸可能な大気――つまるところの『空気』を放出すると、空気はクレーター内部を満たす。やがて、過剰に供給された空気は盆地から溢れ出すが、幾重にも重なったリングのため急激に拡散することはなく、ゆっくりと衛星全体に広がって、大気の組成を換えてゆく。この方法だと、クレーター内では常に新鮮な空気が供給されるうえに、気温の制御がしやすいという利点があった。

 一旦クレーターという器に空気を溜めることによって、素早くかつ効率的に、宇宙服なしで活動できるエリアを確保したのだ。身軽に動けるということは、建設作業の能率を上げることにもなる。

 だが〈密閉型〉で育ってきたエビネにとって、「防護服なしで建物の外に出る」という行為は、即ち「死」を意味する。とてもじゃないが考えられない行為であった。目の前の扉の向こうはすぐ〈外〉なのだと思うと、それだけで息が苦しくなるほどだ。

「本当なら、〈外〉に慣れていない者には段階を踏みながら訓練して慣れてもらうんだけど、今回はその時間がなかった。初めは汎用の機体を用意してたんだよ。でも、『燃料がもったいないから、ついでに試作機の飛行試験もやってこい』と、経理部のお達しがあってね。完成間近とはいえ、まだ開発中の機体だから人目のつくところに置けなくて、こんな旧型の橋しかないところに駐めざるを得なかったんだ」

「できません……」

 エビネは説明を続けるアダルの言葉を遮り、震えるように頭を左右に振った。上官に逆らうことは許されない。しかし〈外〉への恐怖がそれを忘れさせた。呼吸が浅く、早くなる。目を大きく見開き、扉を睨みつけた。

「大丈夫、たった五メートルだ。息を止めたままでも、何とか行けるよ」

「できません」

「でも他に、飛行機に乗る方法はないよ?」

「それでも自分には無理です!」

 エビネはヒステリックに叫んだ。パニックになりかけていた。下手につつくと暴れかねない。

 アダルは大きく息をついた。エビネが頑なになるのは当然だった。「〈外〉は危険」――子供の頃からそう教え込まれてきたのだから。彼はこれ以上言葉で理解させるのは無理だと悟ると、もう一つの計画を実行に移した。

 アダルは腰を落として、てこでも動こうとしないエビネの背中に軽く手を添えた。そして傍に控えている兵士にそっと目配せする。兵士は小さくうなづくと、手元のパネルを操作し、外界とこちら側を隔てている扉を開いた。わずかな気圧の変動で、周囲の空気が動く。

「あ……!」

 ゆっくりと開いてゆく扉を見て、エビネは咄嗟に目を瞑り、息を止めた。

「せーの!」

 開け放たれた出入り口に向かって、アダルは思い切り士官候補の背を押した。エビネの身体は軽く浮き上がり、バランスを崩してつんのめるように外へ飛び出す。

「わあぁぁぁっ!」

 いきなり放り出され、エビネは息を止めるどころではなくなった。断末魔のような悲鳴を上げて、体勢を立て直そうともがく。だが重力の変化にまだ身体が慣れていないため、かえってバランスを崩す結果となった。

 それを見て、エビネを押した反動で後ろに吹っ飛んだアダルが声を上げた。

「ミシェル!」

「はいよっ」

 返事がしたかと思うと横から腕が伸びてきて、エビネの身体を掴んだ。腕の主はぐいとエビネを引き寄せ、勢いに任せて彼を担ぎ上げる。慣れた調子で跳ねるように機まで走り、軽快にタラップを駆け上がると、二、三段余したところでエビネを放り投げた。投げた瞬間「しまった」という顔をするが、時すでに遅し。哀れな士官候補は、飛行機の搭乗口を目指してすっ飛ぶと、そのまま機内へと消えていった。最後に「ギャッ」という悲鳴が聞こえたのは、勢い余ってそのまま向こう側の壁にでもぶつかったのだろう。

「お疲れ様でした」

 尻餅をついたアダルに兵士が声をかけた。少佐はそろそろと立ち上がると、転がっているエビネの荷物を取り上げ、兵士に向かって「やれやれ」というように肩をすくめて苦笑した。そして礼を言うと、自分も機へ乗り込んだ。

 乗降口では、エビネが気の抜けた顔をしてへたり込んでいた。傍らには、オフホワイトのつなぎにオリーブグリーンのジャンパーを羽織ったミシェル・マルロー一等軍曹が立っている。彼が先ほどエビネを「搬入」したのだ。

「少佐、抜け殻になっちゃいました」

 小柄な軍曹はエビネの目の前で手を振り、反応を確かめてから上官に報告した。

「しょうがないなぁ、もう。君が荷物みたいに投げるからだよ。とりあえず、キャビンで暖かいものでも飲ませてあげて。落ち着いたらコクピットに入れてもいいよ。じゃあ、僕は離陸準備に入るから」

 それだけ言うと、アダルはさっさとコクピットへ消えていった。軍曹はそれを見送ると、呆れたように独りごちた。

「ったく。これじゃあ〈グレムリン〉と、やってること変わんないよ」

 エビネはその言葉を、どこか遠くで聞いていた。

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