第30話 活路!


「ケッ!またあいつかよ!」

「チッ、うぜー」


 さらに一週間ほど経った頃。女子部屋の醜女たちは俺を忌避し、海唯羽をいじめることも無くなった。


 俺たちがいつも一緒にいることは、もはや公然のこと。

 というか、風当たりにも負けずにお互い支えあう俺たちは、いつしか入所者全員の注目の的となっていた。

 俺が海唯羽をかばう姿は、さぞ格好良く映っていることだろう!

 そう。このように、この施設で今一番イケてるのが俺たち二人なのだ。ヘイヘ~イ。


「本当に嬉しいです……戸津床さんが助けてくれるから」


「気にしなくていいって」


「でも本当に……私、助けてもらってばかりで」


 その後、薄暗い水飲み場で、二人並んで語らう。

 そんな場所でありながら、心なしか視界がキラキラしている。彼女の白い肌がまぶしいくらいに。


「いいんだよ。俺だって君に助けられてるんだから」


「へっ?」


「俺だってあいつらとたいして変わらない、どっちかって言うとクズ寄りの人間だよ。その俺がこうやって頑張ってられるのも、君のおかげだってこと」


 俺はここに連れてこられるまでずっと自暴自棄だった。

 金も時間も情熱もドブに捨て、まるで自傷行為みたいな人生を歩んでた。その俺が本気になれるんだ。

 他人が傷つけられるところを見て興奮してた俺だが、もう彼女の悲しむところは見たくない。

 それはきっと俺が彼女を好きだから。

 人を好きになるというのは、ここまで人を変えるのか、とビックリしている。

 そういう意味では、彼女は俺をまともにしてくれた。俺の人生をゴミの中から拾い上げてくれた。だから俺も彼女の助けになりたい。


「戸津床さん……」


「……桑名さん」


 俺たちはまだ、お互いを苗字で呼び合ってる。中学生みたいなその距離感がもどかしい。

 だけどそんなに焦る必要はない。なにせここから出られるまで、あと一年半以上あるんだから。

 だから焦らないでもいい。今はこのままで。このままの関係でいい。



…………



「お前、最近ずいぶんと仲良くしてる奴がいるみたいじゃないか」


 一人でいる時、入所者棟の廊下で小暮に絡まれた。俺と海唯羽のことを咎めてきた。

 どうせ誰かが「あいつら調子に乗りすぎ」とでもチクったんだろ。


「彼女がいじめられないよう、助け合ってるだけですよ」


「ほぉ~?助け合い、ねぇ?」


 睨みつけられる。これは小暮の忠告だろう。かばい立てるのをやめろ、っていう。

 こいういう時に小暮は、まるで恐竜のような、意思疎通するための心が無いような目をする。

 だが、今の俺にはぜんぜん恐くない。


「……この社会には競争がある、だからここで弱肉強食を教える、という施設の方針はわかります。しかし助け合いも施設の理念じゃないですか。それはきちんと覚え書きに書かれてる。それすら否定するんですか?それじゃ道理が通りませんよ?」


 あの小暮に、真っ向から正論をぶつけた。

 俺は間違ったことをしていないから。


「お前……最近ちょっと素直になった、と思ったらこれか?あんまり俺を幻滅させるなよ?」


「僕は入所者同士で助け合ってるだけですが、それも駄目なんですか?じゃあなんですか、施設の理念を守らなくていいと?いじめを見過ごせと?」


「お前……調子に乗るなよ?」


 小暮は肩をいからせ、俺に凄んできた。これはかなりキてるサインだ。


「僕の態度には、なんの問題ないはずですよ?もしかして、矛盾を突かれてムカつくから殴るんですか?」


 しかし俺は屈しない。こんなことでビビってたら、この先生きのこれないからな!


「なんで先生に意見してるんだ、ってことだよ?立場わかってんのか?」


「はい。生徒ととしてやれることをやってるつもりです。おかげさまで『より良い人格形成』の効果が出てきたんじゃないですか?」


「……テメェ!」


 バシィ!


 鋭い裏拳で殴られた。

 口の中が切れて、鉄臭い味がする。

 しかし殴られても前みたいに痛くない。何より怖くない。

 むしろ普通に殴らず、あえて裏拳を使ったことに、どこか小暮の側の迷いも見て取れる。

 これはきっと、俺が真っ向から正論かましてくることに対する戸惑い。こいつも困惑してるんだ。


 まぁそれも当然と言えば当然か。

 俺たちみたいに、入所者が互いに助け合うようになってみろ。ここの弱肉強食の論理が成立しなくなるんだから。

 そういうわずかなほつれが、全体を破綻させていくことだってあるんだし。


「フンッ!」


 小暮は鼻息を荒くしてその場を去っていった。

 それを見送った俺のところへ、海唯羽が恐る恐るやって来た。


「あの、大丈夫ですか?もしかして、また私の……?」


「いいんだよ。君は俺が守るから」


 俺の頑張りを、海唯羽はわかってくれる。それにたまらない充足感がある。頭からつま先までがジーンとする。


「頑張って連中をやり過ごそう。そして一緒にここを出よう」


 俺は彼女の両肩を掴み、細い体をこちらに引き寄せ、そう言った。

 少し大胆な俺の行動に、彼女は目を丸くし、コクコクと頷く。


「それまでは絶対に俺が守る。だから……」


 俺はまっすぐ彼女の目を見た。

 俺はまだ気持ちを伝えてない。でも彼女はわかってるだろう。きっと通じてると思う。



………………



 部屋で一人でいる時も、俺の頭は海唯羽のことで占められている。

 早くここを出所……もとい卒業して、二人で自由になることばかり考えてしまう。

 この施設を出るまで、あと一年と数ヶ月もある。長い長い時間だ。


 でも俺たちは入所時期がおおむね一緒だから、同じ時期にここを出られる。

 ということはここにいる間、同じ時間をずっと共有することになる。それまでは彼女と二人で頑張ろう。

 理不尽には抗って、自分たちの身を守ろう。間違ってることには意見して、尊厳を守ろう。


 もちろん簡単じゃない。さっきのような指導員の視線や、室長たちのじっとりとした敵意のようなものを感じないでもない。

 でも、そうやって正しいことをすることが、結果的に良い方向へ向かうと思う。

 このまま行くと、施設側も手を焼いて『充分更生した』と解放するかもしれないしな!


 そして、ここを卒業できたら二人で暮らしたい。いや、暮らす!

 狭い部屋で同棲とかいいなぁ。共同生活は悪い面が見える、ってよく言うけど、俺たちにとっては今更な話だ。だから問題ないはず。


「戸津床海唯羽……か」


 籍を入れると可愛い名前になるなぁ。ややコミカルだけど。

 そして生活費はどうするかだが、俺が三ヶ月くらい早く出られるので、その間にバイトでも見つける。選り好みしなければ何でもある。

 給料は安いだろう。カツカツの貧困生活かもしれない。しかし、貧しくとも構わない。二人でやっていけるなら。


 それに二人で働けば、生活に必要なぶんは確保できるし……あっ、でも海唯羽を働きに出すってのもあれか。悪い虫がくっつかないか心配だ。

 それにあれだ。古い考えかもしれないが、やっぱり女の子には、家で帰りを待っていてほしい感も否めない。

 じゃあやっぱ、俺が頑張って正社員になるプランのがいいのか?

 でもその場合、二人で過ごせる時間が……


 って、なんかもう俺、働く気マンマンなんだけど!筋金入りのニートの俺が!!

 なにこれ???やばくない?


 前は1日12時間以上、遊ぶ時間がないとイライラしたけど、もう自分の時間なんて必要ないかもしれない。それより海唯羽と時間を共有するほうが大事だ。

 なんかもうネットやりたいとも、ゲームやりたいとも思わない。あれほど依存してたのに。俺の世界の全てだったのに。ぶっちゃけ海唯羽と一緒にいるほうがいい。そのほうが幸せだ。


 この施設の表に出たときも、彼女と一緒ならやっていける。っていうか頑張る!俺は彼女のためなら喜んで働く。

 俺は今、地球上の誰よりも海唯羽を幸せにできる男だと自負している。

 二人でなら、どんな困難も余裕で乗り越えられる気がする。ていうか、今以上の困難に遭遇することなんてまずありえないし。

 俺たちは大丈夫。二人ならやっていける。明日はきっと、今日より良くなる。

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