第17話 生徒と云ふ生き方 part1


「……ふぅ」


 俺はやり遂げた。今日の作業を終えた。


 ただ作業が終わっただけじゃない。出荷作業の効率化を成功させたのだ。いわば、この施設における偉人だ。

 他の連中よりずっと早く積み上がったダンボールが、どこか誇らしげに佇んでいる。


 あとはこのダンボールを軽トラへと運ぶだけ。

 小松菜を満載した軽いダンボールを持ち上げる。


「おっと、ごめん」


 その時、誰かが俺にぶつかってきた。

 俺たち三号室の室長、博巳だった。

 急に立ち上がって俺の進行方向を塞いできた。ぶつかってダンボールを落としてしまった。


「……チッ」


 思わず舌打ちしてしまう。俺には思い当たるフシがあるからだ。

 こいつはことあるごとにつっかかってくる。飯のときも俺をハメたり、ここのルールを教えずに、わざとハメたりする。

 もしかすると、今もわざとぶつかってきたのかもしれない。そんなふうに思う。


 すると、作業場の入り口からズカズカ入ってくる気配があった。


「オイ、お前ら。何してんだ」


 無遠慮な気配。ドスの利いた声。小暮だ。俺たちの様子を咎めに来たようだ。

 厄介な奴が来た、内心でほぞを噛む。


「彼が、戸津床くんが周りを見ないで作業していたので、ぶつかってしまいまして」


「えっ!?」


 何言ってんだ?俺の動きに合わせて、お前がホーミングミサイルしてきたんだろ。


「おうおう。そうか、なるほど。お前がなぁ」


 小暮はギュッと竹刀を持つ手に力を込める。

 やばい、このままじゃ殴られる!


「でも、同室の仲間同士で連携がとれないのは、室長である僕の責任でもあります」


 博巳は責任をかぶるようなことを言い出した。

 だけど決して、自分に非があるとは言っていない。自分の責任と言いつつ、原因はあくまで他者へ押し付けている。もちろん押し付けられたのは俺。


「……まぁいい、次から気をつけろ」


「はい!すみませんでした!」 


 くっ……!

 小暮は俺のことを睨んでいた。全面的に俺のせいにされてしまった。


「なんとかなったね。じゃ、次からは気をつけて」


 小暮が消えるや否や、博巳はそう俺に言い放った。


「ご、ご……めん」


 俺はムカムカする腹で、言いたくもない謝罪を行い、この場を収めた。


 ダンボールを拾い上げ、出荷用の軽トラに運びながら思う。

 博巳は時々こうして絡んでくる。

 このヒョロガリ、インネンづけみたいなことをするのだ。室長としてだろうか、イニシアチブを取りに来る。俺の頭を押さえつけるため。

 今日も、俺が『効率よく作業をこなす』という、出過ぎた真似をするのを見ていたのだろう。だから博巳は俺に絡んできた。

 そして博巳のこれは脅迫でもある。「お前なんていつでもハメれるぞ」という。



………………



「おい、公太郎」


 農作業の後の自由時間、出荷作業中の出来事を見ていた魁斗が、俺に話しかけてきた。


「俺もあいつに、博巳にハメられたんだよ。俺が入所した時……」


 魁斗はそうやって語り始めた。

 彼の話では、施設に入れられてすぐの魁斗は、ちょうど坊ちゃんと博巳しかいなかった三号室をシメて、室長になろうとしたらしい。


「え?魁斗が室長に?なんでまたそんな」


「だってよぉ、そのほうがラクそうだろ?殴られないし」


「確かに。それ以外ないな」


 魁斗が室長……かなりイメージと違ったのでちょっと驚いたが、そう言われればそうか。

 室長は指導員と入所者のあいだの、中間管理職的な役割。同室の仲間の様子をみるという名目で、日々の負担が軽い。そして単純な作業などは免除される。

 そしてここの指導員たちを見ていて、俺も気づいていた。室長ともなると『指導員の信頼がある』ということで、理不尽な暴力がほとんど無い。つまり殴られない。


 魁斗はそんな室長になろうとした。

 しかしその計画も、博巳が指導員に密告するなどして、水泡に帰してしまったのだそうな。


「部屋での態度が悪いとか、作業の時にサボってたとか、わざとらしくチクるんだよ」


「あー、なるほど。あいつはそうだよな。ネチネチ系だし」


「だろ。ありえねぇよ」


「で、その博巳を許したのか?」


「まぁ~……どうなんだろう?なんとなく流れで、今の感じに落ち着いた」

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