第11話 農業の現場


 ふと見た時計の針は、午後を指していた。

 入所者がおもむろに広場に集まりだす。そこに指導員も顔を出す。


「よし、歩け」


 集められた入所者たちは行進させられ、外に連れ出される。

 昼を過ぎると農作業の時間。ここでは作業療法として入所者に農作業をさせることになっている。

 連れてこられた日に見た、敷地の中の畑で。

 そこを耕したり、水をまいたり、野菜を収穫したりするのが入所者に与えられる仕事だった。 


「さっさと歩け!」


 前を歩く二号室の誰かが、バシーン!と竹刀で殴られた。

 指導員たちは看守となって見張っている。彼らの暴力は理不尽に振るわれる。酷い時はすれ違っただけで。

 先刻、俺は手紙を見られて殴られた。

 俺が親に助けを求めたという理由で殴ったんだろう。助けを求めたから殴って脅すのは間違ってる。おかしいと思う。だけど別に理由もなく殴るのは、もっとおかしい。

 そのように唐突に、なんの意味もなく殴られるとかなりこたえる。理不尽な暴力の前には、心が折れてしまいそうになる。


「オラァ!張り切ってやれ!」


「は、はい!」


 それは皆おおよそ同じようで、小暮が檄を飛ばすだけで、みんなの背筋がビクッとなる。

 いつも行動を共にする魁斗、博巳、坊ちゃん……同室の三人も、指導員の気配があるだけで緊張して言葉を失ってしまう。長い施設暮らしで、自然とそうなってしまっている。指導員特有の、自分の存在を誇示するような足音を、誰もが恐れている。

 そんな俺たちはシャベルやジョウロ、農薬散布機など、それぞれの農機具を手にとっていく。テキパキと作業にあたらないとまた殴られるからだ。


 ギギィィィ……


 すると施設の出入り口が開いた。入所者たちは、その音にも敏感に反応してしまう。

 みんなが振り返った先、そこには小男がいた。園長だ。


「今日は!園長先生が直接!作業を指導してくださる!ありがたく思え!」


 園長が来たのだ。この意味わからん施設を作って、俺を殴り、丸坊主にした男。指導員たちのボスだ。ムカつくけど、どうしようもない。


「感謝ァ!!!」


「「「ありがとうございます!」」」


 施設の入り口にたたずむ将軍様のような園長に対し、一同は感謝を強いられる。


「作業始め!」


 そして指導員の号令で畑仕事に取り掛かることとなった。

 今日の仕事は主に消毒。畑の作物に虫がつかないよう、手押しポンプで消毒用の農薬を散布していく作業だ。俺も噴霧器を手に取っていた。


「畑仕事は良いよ~農耕民族である日本人のDNAに根ざした仕事だからね?」


 園長が作業を視察しながら、俺たちにそう言い聞かせていく。

 でも言ってることはおかしい。

 日本人は農耕民族としては歴史の浅い民族なんだが。どっちかっていうと狩猟採集民族なんだが?

 てか農耕を始めてから数千年程度じゃ、DNAは変化しないんだが?


「土に触れることで、大地のエネルギーをいっぱいもらえるんだよ?そうすると自然と元気が湧いてきて、鬱や引きこもりも治るんだよ?」


 なんだよその理論。

 じゃあコンクリートの敷設量が増えると、うつ病の罹患者も増えるのか?

 そもそも土に触れるって言っても畑はスコップで耕してるし、水やりはジョウロだし、収穫は手袋してやるし、俺たちが土と触れあう要素はゼロだぞ?


「この畑での作業は、周りと協調して生きていく、農耕民族としての意識を目覚めさせるんだぞ?頑張るんだよ~?」


 狩猟民族こそ協調性ないとハンティングできないんだが?

そもそも協調せず、他人と争う意識が生まれたのは、農耕が始まって、土地や貨幣の所有権が生まれたからなんだが?

 それにもう俺は協調性は十分だぞ?もともと気を使いまくって、結局身動き取れなくなるほど心づかいの人だっての。


 心の中でツッコミを入れていく。こいつの話す似非ロジック、よくあるしょうもない欺瞞。この施設の理念と同じで、ペテンだ。ヘソで茶沸くレベルの。


「何笑ってんだコラァ!」


 突然、小暮が怒鳴った。

 えっ?何事?と思っていると、ズカズカやってきた小暮は、俺の首根っこをつかみ、畑の畝から引きずり出した。そう、ターゲットは俺。小暮は俺の口元が緩んだのを見逃さなかったのだ。


「オラ!オラッ!!」


 奴ら、こんな些細なことにすらインネンを付けてくるとは。

 そうやって竹刀でバシバシ叩かれ、蹴られて地面に転がされ、ボロボロの土まみれになってやっと解放された。


 ここで風呂、洗濯は週二回。そして昨日がその日だった。つまり俺は次の入浴日まで汚れた服を着なきゃいけないってことになる。

 暴力から解放され、顔を拭った手に血が付いている。ふっ飛ばされた時に顎を擦りむいたみたいだ。


「あの、すいません。ちょっとケガを……」


「あぁん?」


 指導員に断りを入れる。手当がしたい。

 だが小暮は「何ケガしてんだよ?自己責任だろうが」と言わんばかりの様相だ。お前がやったんだろうが。


「ほら、血が出てるんです」


 顎をぬぐって血がついた手を見せ、このままでは服も血まみれになってしまうことを見せる。 そうすることでようやく、俺に医務室行きの許可が出た。

 入所者の怪我はどうでもいいとして、施設側としては血で服にシミがつくのは避けたいのだろう。

 人間より備品が大事。こいつらはそういう連中だ。

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