第7話 洗礼


 薄暗いハゲたちの集会場。俺は園長に掴まれそうになり、反射的に身を翻した。

 しかし後ろには指導員の小暮。こいつが岩のように立ちはだかり、硬直してしまう。


「我々の指導に抵抗するってことは、それだけ自我の殻にとらわれてることなんだよ?なかでも君はかなり重症だ」


「どうでもいいけどやめてください。マジで訴えることになりますよ?」


 なんか言ってきたけど、マジレスで返す。

 こんな連中のたわごとをいちいち相手にしてられない。


「この戸津床公太郎くんは気の毒だ。この期に及んで、人権によって自分が守られると思ってる。こういう自意識、権利意識に凝り固まった若者が、日本を駄目にしたんだよ?だから我々は、若者を導かなきゃいけないんだ。わかるかな?」


「いやいや、知らんがな」


 思わず韻を踏んで返したが、こいつら言ってることがメチャクチャだ。

この施設の連中の話は飛躍してるから会話にならない。こんなわけわかんない会話ばっかで大丈夫なの?


「って、ちょっと!マジやめてって」


 そうこうしてると、なんか掴まれて三方から掴まれ、完全に確保されてしまった。

 そしてこいつら、やっぱり脱がそうとしてる!俺の服を引っ張ってる!


「やめろ!意味わかんねぇよ!俺は他人に迷惑かけてないだろ!!俺よりもっと悪い奴はいるんだから、世直しがしたいならそっちをやれよ!俺みたいなニート相手にしてないでさぁ」


「戸津床くん……先生は悲しいよ?」


 ゴツン。

 ゲンコツされた。

 声を荒げて反抗して、いつぞやみたくボコれるかと思ったら、ゲンコツ。


「現代社会は!親の愛が足りない!だから私たちが!愛を教える!君を育て直すんだ!」


 ゴツン!ゴツン!ゴツン!ゴツン!

 言葉の合間合間に、頭をゲンコツされる。


「救いたい!私たちは君を救いたいんだよ!?」


 親が子供を叱るようなゲンコツをされる

 殴られるのと違って、ゲンコツはぜんぜん痛くはない。


 だけど、頭の上から拳を叩きつけられると、相対的に自分が下の存在……ひどく小さな存在に思えてくる。幼いころ、親に怒られたときのような気持ちが、ジワーっと広がってくる。

 しかしこいつらは親でもないし、俺だって子供じゃない。なのになぜこんなことされなきゃいけないんだよ。そんな惨めさに押しつぶされそうになる。

 そのうちに、なんかわからないけど目頭がジーンとして、目が潤んできた。


「さぁ、素直になる時間だよ?」


「やめ……ろぉ!!」


 園長はゲンコツだけじゃ満足しなかった。小暮と新羽が俺を押さえつけ、服を引っ張っていく。

 俺は抵抗した。抵抗したものの、押さえつけられた状態じゃ力が入らない。


「これまでの余分なものを脱ぎ捨て、赤ちゃんに戻れたね?」


 結果、素っ裸に剥かれてしまった。

 なんか殴られてヘコんでる間に、みすみす脱がされてしまった。


 そんな俺を、坊主頭の入所者たちがニヤニヤしながら見ている。

 何が楽しいんだよ。趣味悪いぞお前ら。

 てか俺、裸だよ。全裸だ。丸出しなのを見られてる。

 こいつら頭おかしすぎて、恥ずかしいとか超越してるけど、どうしても内股になってしまう。でもフルチンなのは変わらない。


「でも、生まれたままの姿になるには、もう一つ必要だよね?」


 うろたえる俺を見て、園長はあるものを手に取る……それは髪を切るバリカンだった。

 ヴィィィィィィィィ……

 『再教育すべき入所者は、まず生まれたままの姿に戻す』

 その園長の思想に呼応するかのように、バリカンが駆動しだす。


「えっ……ちょっと、マジで勘弁してください」


 いつの間にか新羽と呼ばれてた指導員が、広間の床にビニールシートを広げていた。


 ヴィィィィィィィィ……


 園長が電源の入ったバリカンをこちらに向けた。何の変哲もないただのバリカンが、こいつらの手に渡ると、とんでもない凶器に思える。感覚的にチェーンソーを向けられたくらいの威圧感がある。


「他人のことなんて知らない、自分さえ良ければいい。そんな歪んだ考えとお別れするんだ」


 ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ……!


「ああああああ!?」


 小学校の時、床屋で聞いた音をたてながら、園長のバリカンは俺の頭を刈り進んだ。

 いつモテ期が来ても対応できるように、地味に気にしてた髪型が、パラパラと音を立てて落ちていった。


「君はただの公太郎になった!いままでの歪んだ自意識を捨てて、イチからのスタートだ!赤ちゃんに生まれ変わったんだよ!?」


「拍手ゥ!」


 パチパチパチ……

 皆の前で全裸にされ、丸坊主にされ、俺は半ベソをかいてしまっていた。

 それからハケで髪の毛を払われ、ほこりっぽい、饐えたにおいのスエットの上下が渡された。

 背中を向け、そそくさとそれを身につける。


「みんなに新しい仲間が加わったよ?今日から一緒に頑張るんだ!」


「挨拶ゥ!」


「よろしく!」

「よろしく!」


 小暮の号令のあと、坊主頭たちが暑苦しい挨拶をしてくる。


「ここで君は我慢を学び、自立し、助け合い、社会で輝ける人間に育っていくんだ!二年間の時間の中で!明日からのスケジュールにも目を通しておくんだよ?」


 あくまで俺を入所者扱いするんだな、こいつらは。

 ていうか今、二年って言わなかった!?


「三号室!連れてけぇ~?」


「は、はい!」


 目が虚ろな連中が登場した。ガリガリに痩せた野良犬みたいな奴らに連行される俺。


「じゃあ、明日から授業だからね?」


 園長たちはそう言い残し、ガッチリ施錠して、ここから去っていった。

 俺は全てを薙ぎ倒すハリケーンに遭遇したかのように、呆然とするしかなかった。

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