第3話 これ、やばくない?


 何ヶ月……いや何年ぶりかの外出は、最悪の形での外出となった。


 久しぶりの太陽光に目が眩みそうになりながら、連中の車に乗せられた俺は、こいつらのなすがまま、どこかへ連行されている。


 さっきもちらりと脳裏をよぎったが、こいつら例のアレじゃなかろうか?

 ニュースで見たことがある……引きこもりやニートを強制的に連れ出す業者みたいなやつを。

 力づくで取れだした後は、変な施設で集団生活させられるってやつだ。これ、ドンピシャじゃないか?

しかも連れていかれた施設では、セミナーみたいな事をさせられるっていう、明らかヤバイやつ。そのうえけっこうな額を請求するって話の。


 俺が逃げないように、両脇の座席を固めてるコイツらも、明らかに「力づくで言うこと聞かせるのが得意です」って顔してる。ほぼ間違いない。

 ってことは、親がそんなのに申し込んだってことじゃねーか。あの情弱ババァ!騙されやがって!


「あの~、どこ行くんすか?」


 俺の隣で腕組みをしている、部屋のドアを破った男に聞く。切実な問題だ。


「お前を教育し直す施設だよ」


「……お前、って」


 その答えは予想通り。なんかされる場所に行くみたい。あんまり考えたくない。

 それより「お前」呼ばわりされるのが癪に障る。こっちは親が金払ってるのにも関わらず、その言い草は無いだろう?

 こんなやり取りしている間、隣のもう一人は携帯をポチポチやってる。やる気ねーなオイ。


「あのですね、ここまで来て申し訳ないんですが、ウチはそういうの間に合ってるんですよね。引きこもりでしたっけ?僕はそういったような人種じゃないですし……」


 厳密に言えば引きこもりじゃないし?稼ごうと思えば稼げちゃう系だし?親以外には迷惑かけてないし?連れて行かれる謂われは無いんですけど?

 ……と、言葉を紡ごうとしたその時。


「そうはいかねーよ」


 パカッ!


 ジャージ男は俺の頭を小突いた。

 なんだよ!?意味もなく叩いてきたよ?こいつ。

 唐突に振るわれた理不尽な暴力に、俺の肩は自然にワナワナと震え、今の自分が、理不尽に対して憤っていることを伝える。


「俺たちは引きこもり支援施設の者だよ。お前の母ちゃんに依頼された。それでお前は入所者だ。もう諦めろ?」


 これはもう間違いない。例のヤバイ施設だ。

 そんな施設、別世界のことのように思ってたけど、実在したんだな。しかも俺の住んでるとこにも!

 こんな奴らに「俺は合意してない!」とか言っても、通じなさそうである。


 そして状況的に考えて、冗談のたぐいじゃなさそうだ。

 今は車という密室。外の目が無くなったことで、こいつはあからさまに暴力的になってきている。

 「あはは!ドッキリ、大~成~功!! びっくりした?」とはなりそうにない。このまま施設に連れてかれたら、かなり面倒だぞ!?


 俺があれこれ考えてる間にも、ワゴン車はどんどん道を進んでいく。


 前には座席があるし、窓もスモークだし、外の様子はあまり見えない。

 だけど移動距離からして、確実に隣の市まで行ってる。そして道に起伏があるところみると、山間に差し掛かってる。隣の県に入るのかもしれない。

このままでは、もっと面倒なことになる。

 助けを求めたいけど、携帯電話すら無い。こいつらに押さえつけられ、何も持たず、着の身着のままで連れてこられたから。


「あの、すいません。ちょっと便所に行きたいんですけど……」


 こいつらの様子を伺いながら、俺はそう切り出した。

 便所に行くと言って、そのまま逃げてやる。たぶんここは国道だし、どこかにコンビニでもあるだろ。そこに寄ってもらって、スキを見て逃げる。ダッシュで。

 俺には携帯も財布もない。だから体一つで逃げるしか無い。そして交番に駆け込む。最悪、民家に匿ってもらうこともやぶさかではない。だからちょっと車を止めろ。


「…………」


 ってシカトかよ!


「ちょっとマジでやばいんですって。急に連れてこられたから、漏れそうなんですよ!」


「……あぁ?」


 岩のようにゴツいジャージ男に、睨みつけられる。

 なんだよ、お前らのせいでトイレ行きたいんだぞ?至極まっとうな理由だろ。なんなんだよ。ガン飛ばされる筋合いは無いよ?


「あっ小暮さん、コンビニ寄りましょうよ。オレも買い物あるんで。ついでにパン買ってきますよ?」


 携帯ポチポチやってた男がそう言い、小暮と言われたゴツいジャージ男のメンチが止む。


 そして車が国道沿いのコンビニに止まった。田舎だから駐車場が広い。

 そそくさと車を降りると、やはり逃亡防止にジャージ男が二人ついてきた。

 イカツい男たちが、同じジャージを来て俺を囲んでる。陽の光のもとで見ると、異様さが浮き彫りになる。


「さっさと済ませろ」


 弛緩した空気の、昼下がりのコンビニ。菓子パンコーナーに向かったやつ以外は、俺を見張るためトイレの前までついてきた。

 そして押し込められるようにトイレに入って、考える。


 俺はここから、どうやって逃げたらいい?

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