突然の告白

 俺も菊川雪乃を見たのは二度だけだ。確かに病気には見えなかった。でもぱっと見じゃわからない病気もあるかもしれないし……。俺も自信がなくなってきた。


「船で来た、って言ってたわね」


 白石が言う。そう。それもよくわからない。外国かなとも思ったけれど、普通は飛行機を使うだろう。すると、飛行機が行かないような国内の小島か。


 白石も似たような事を考えてるようだった。


「島だとして……。ろくに連絡を取ることもできない……外界と隔絶された島……」


 なんなんだそれは、と俺は思う。ミステリじゃあるまいし。孤島で連続殺人が起こるという、よくあるネタを思い出してしまう。でもこのよくあるネタが俺は好きなんだよなあ……とどうでもいいことを考えていると、白石が言った。


「何かの宗教団体かもしれない」


 なるほど。島を買い取り、信者だけの施設を作って。あるかもしれないけれど、菊川雪乃が、そこに梶本を連れていこうとするのは……。


 信教の自由というのはあるものの、でも怪しい宗教じゃないよな? なんだか不安になってくる。梶本は一体に何に巻き込まれようとしているのか。


 俺たちは黙って顔を合わせる。答えを出そうにも、手掛かりが少なすぎるのだ。ともかくは梶本から、もっと詳しい話を聞き出さねばならない。




――――




 しかし、それ以上の情報は得られなかった。梶本自身も、菊川雪乃に何が起こっているのか、さっぱりわかってないらしいのだ。とにかく、離れ離れになる可能性がある、ということに大いにショックを受けて、それ以上考えられない状態らしい。


 翌日、やはり、梶本の顔つきは暗かった。そしてその日は、異様に蒸し暑い日だった。白い雲がうっすらと空を覆っている。空どころか空間全体が何かに覆われているかのように、空気が淀んでいる。小さな箱に入れられて、熱風でも送り込まれているかのようだ。


 そんな蒸された状態の中、その日の最後の授業は体育だった。こんな日に外を駆け回りたくないよ! と心から思う。というか俺は体育が苦手なので、からっと爽やかな日であっても駆け回りたくないが。それはともかく、非常に不快な気持ちで一時間を終え、そして放課後、梶本と共に部室へ行った。


 途中、白石にも会う。三人で言葉少なにクラブハウスへと向かい、階段に上ろうとしたところで――足が止まった。階段の途中に人がいたのだ。腰かけて、こちらを見下ろしている。小さな人影。細っこくて頼りなくて、白い服に長い黒髪がなびいている。菊川雪乃だった。


 今日も白いワンピースだった。けれども最初会ったときと同じものか、俺にはよくわからない。ともかく彼女にこういった恰好は似合う。俺たちはみな立ち止まって、彼女を見上げた。横で、梶本がうなるように言った。


「――雪乃さん……」


 雪乃さん、って。俺は内心驚いた。梶本が女子の名前(苗字ではないほう)をさん付けで呼ぶのは今まで聞いたことがない。二次元の女の子をそんな風に呼んでいたことは多々あるが、しかし、三次元では初めてではないか。いつの間にそんなに、というか、一体どの程度親しくなったんだよ、と思うが、今はそれを聞いている時ではない。


 それにしても。と、菊川雪乃を見上げる。彼女は相変わらず可憐だった。ぎゅっと抱きしめたくなるような可憐さだった。しかしその恰好は校内では目立っただろう。菊川雪乃はこちらを見て、僅かに微笑みを浮かべているようだった。


「あなたを迎えに来たの」


 菊川雪乃が言った。何のことだか、一瞬混乱する。俺たちが黙っていると、彼女は続けた。


「梶本くん、あなたを迎えに来たの。私――あなたのお嫁さんになりたいの」




――――




 唐突な、衝撃的な告白だった。これが違う場面だったら、こんな美少女に、こんなこと言われてラッキーと思うかもしれない。けれども、唐突過ぎるし、なんだか脈絡がないし……、いや、告白されたのは俺じゃなかった。梶本だった。梶本は喜んでるかな、と思って、奴の顔を見た。しかし、喜んではなかった。ただ、強張った表情で、真剣な眼差しで、彼女を見ていた。


「お嫁さんになるの。だから、ずっとずっと側にいるの。私と一緒に来てくれるわよね?」


 菊川雪乃がそう問いかける。梶本は何も答えない。表情に苦悩の色が表れる。


「もうすぐ仲間たちが来るわ。私は行かなければならない」


 ずいぶんと急な引っ越しなんだなあと俺は思った。それに仲間たちって。家族のことかな。


「あなたは私に優しくしてくれたでしょう? あなたは私を拾って、大事に育ててくれた」


 菊川雪乃は言った。俺の頭の中にクエスチョンマークが出現した。拾って、育てた? 犬か何かか? 違うそうじゃない。菊川雪乃は、梶本が自分を拾って育ててくれたと言っているのだ。どういうことなんだ?


「流星群の夜だった。私たちの船は故障して、私は船外に投げ出されてしまった。怪我を負った私はそれを癒すために、とりあえず、この星のものに擬態することにした。小さな植物の種になったのよ。それをあなたが拾って、土に植えてくれた」


 流星群……種……。あった、そういうえばそんなこともあったな。部室に置いてたあの謎の植物だ。そして彼女は、自分は種になったと言っている。あの謎の植物と菊川雪乃が同じものであると? 人間が種になる? 擬態? クエスチョンマークの数は増える。頭の中で踊り始める。

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