部室は物置

 顧問は若く、長くて茶色っぽい髪をした明るい女性だった。パンツスタイルで大股にさくさくと歩く。なんだかあまり、文芸部の顧問っぽくない……部屋で大人しく本を読んでいるイメージがわかない……と思ったら、それは当たっていた。顧問は国語教師であったが、本を読むよりバイクに乗ってあちこち旅をするのが好きなタイプで、特に望んでもないのに文芸部顧問を押し付けられたという。


「私、文学とかよくわからないから」国語教師が、国語教師らしからぬ事を言った。「あなたたちの好きにやっていいよ」


 俄かに不安な気持ちが押し寄せてきた。俺は立派なライトノベル作家となるべく、この入部を決めたはずだ。しかしこれではどうなることやら、導き手がふっと姿を消してしまった気分がする。いやしかし、高校の教師はライトノベルなど読まないかもしれない。


 俺は「あなたたち」という言葉が気になった。「たち」ということは複数の部員が既にいるわけだ。それらの人びとの中には、日々ライトノベルに接し、これを研究し、そして自らもよいものを生み出そうと、努力を重ねているものもいるかもしれない。そういった人間と研鑽を重ねていけばいいのだ。俺はそう思い、気を取り直した。


「私はこれからちょっと用事があるから」国語教師は――今泉真知子という名前だった――言った。「先に部室に行っててくれない?」


 教えられて、部室へと向かう。校舎の裏に、敷地の隅に、小さなクラブハウスがあるのだ。ぽつねん、という風情でそこに立っている。誰からも忘れられたような建物だ。


 俺はそのクラブハウスへと向かった。二階建ての、本当に小さい、素っ気ない建物だ。一階に二部屋。二階に二部屋。一階は運動部が物置として使っているらしい。カラーコーンやライン引きやネットといったものが、ドアの外にまで溢れていた。何故かダイヤル式の黒電話まで転がっている。


 建物は古い。俺はさび付いていて急傾斜な外階段を上った。文芸部の部室は二階。奥の部屋。外付けの廊下を進み、二番目の扉の前にたどり着く。扉は泥やほこりでよく汚れている。俺は少し緊張しつつ、扉を開けた。


「すみませ――」


 入部希望者です、と言おうとしたのだ。部室内にいるであろう部員たちに向かって。けれども言葉は途中で途切れてしまった。部屋を間違えたかな、と思ったのだ。ここも物置じゃないか?


 ところせましと、部屋に物が溢れている。ロッカー、戸棚、机に椅子。乱雑にあちこちに散らかり、積み上げられている。その中に、すみっこのほうに、広いテーブルがあった。そこに誰かがいる。椅子に座って、こちらを見ている。


 部屋の中はやや薄暗かった。俺は、その、たった一人だけ、ぽつねんと、混沌と無秩序の中に座っている人物を凝視した。女生徒だ。短い髪をして眼鏡をかけている。こちらを睨むように見ている。その背後には、斜めになった壊れたロッカー。


 俺は女生徒の顔をよく見た。きりりとした濃い眉、筋の通った鼻、は、形は綺麗だがやや大きいかもしれない。目は綺麗な二重でぱっちりと見開かれている。そして意志の強そうな頑固な口。全体的に整っているとはいえるけど、やや男性的な顔つきだ。


 身体も大きい。今は座った状態だけど、立ち上がれば、俺と同じくらいあるだろう。女子にしては高身長だと思う。俺が何を言っていいかわからず、ただ茫然と立っていると、女生徒はおもむろに口を開いた。


「入部希望の人?」


 そうだ、それを言おうと思っていたのだ。俺が頷くと、女生徒は続ける。


「私もそう。よろしく」


 ずいぶん、ぶっきらぼうだった。俺は辺りに散らかる物を、よけたりまたいだりしながら、彼女の元へ近づいた。そしてどうしていいかわからず、とりあえず、手近な椅子に腰かけた。


 まもなく、今泉先生がやってきた。そして俺はそこで悲しくなるような説明を聞いた。今泉先生が言うには――文芸部には、ここ何年か部員がいなかった、しかし今年度、とても珍しく入部希望者が現れたということ。しかも二人も! 二人だとちょっと寂しい気もしなくもないけど、でもこれから仲良くやっていきましょう。今泉先生は楽しそうに、俺たちを見て語った。


「私は押し付けられた顧問だし、あんまり力になれないかもしれないけど……」今泉先生はそう言って笑う。笑うと綺麗な人ではある。「でもこういう風に、一度なくなった部が復活するって、いいと思うの! できるだけ、応援するわ」


 俺は力なく笑った。意気揚々と文芸部の門を叩いたはずなのに……これからの部活ライフが、やはりとても不安になってきた。


 まず俺が考えたのは、部員を増やすことだった。あのぶっきらぼうの女生徒――これがつまり白石なのだが――と二人きりというのは、さすがに息が詰まる。俺は友人たちを勧誘しまくった。しかしはかばかしい返事は返ってこなかった。ただ一人を除いては。

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