第21話 「草原と老人」

 ルメンシスから二十キロは離れていない草原の上で二つの機装巨人が格闘戦を繰り広げていた。そこは、コロシアム関係者がよく使う演習場であった。


 機体の膝を曲げて、後ろへ向かって大ジャンプ。激しいマイナスGで視界が赤く染まる。しかし、着地と同時に、瞬時に間合いを詰めた相手は右腕に持った武装を横なぎに振ってきた。それを一撃目はしゃがんでかわし、二撃目は上体を逸らしてかわし、上から振り下ろされた三撃目はこちらにもある右腕の武装で受け止める。ギィン、という重たい音が聞こえた。


 しばらく鍔迫り合いをした後、いきなり膝を曲げ、そのバネで弾き返した。すると、こちらの狙いを遙かに越えて相手の武装が宙を舞い、遠くの地面に突き刺さった。敵機の胴はがら空きになり、防御するにも腕の一本は覚悟しなくてはならない。


 ――勝機。


 弾いた姿勢からそのまま一歩踏み出し、袈裟切りの要領で振り下ろそうとした。スティックを操作するとほぼ同時に、ギィンという金属音――オリカルクムとオリカルクムがぶつかる音が聞こえた。


 が、次に慌てたのは裏腹に攻撃側であった。ぶつかったのは武器と相手の装甲ではなく、相手の手とこちらの腕だった。敵機が背面をこちらに向け突っ込んでくると同時に、世界がグルリと反転する。機装巨人は、背中に張り出しがあることがほとんどであり、その機体も例外ではないから、受け身は背中を上手く使って取るしかない。そして攻撃側――今や防御側だが――はそれに失敗した。身を揺るがす衝撃が、視界を明滅させ、星が舞った。例えばこれが柔道であればこの時点で一本だが、防御側は左手で攻撃側の武器を奪うと、それを逆手に持って正面装甲に突きつけた。


「回避と反撃まではいい。だが――詰めが甘いな」


 防御側は構えを解くと、コックピットハッチを開け、そこから上半身を出した。筋骨隆々、浅黒い肌は健康的でかついかにも強そうである。言うまでもなく、この男はチャアタイであり、「元」攻撃側は礼一少年であった。彼らの機体は「アリエテ2」という機種で、それはかつて教皇軍の採用していた機体であったものだった。速度はあまり速くはなく(しかし、それでもオスカーよりは速い)加速もそれほどでもないが、幅広い武装を積むことが出来、それなりに運動性そのものはよかった。ただ、今は訓練用の、「棍棒」と呼ばれる武装のみであるから、武装の幅広さは関係ないのだが。


「相手が隙を見せたときは確かに好機だが、その隙を補うことも不可能ではない、と常に考えろ。それと機体性能に頼るな。いつもと違って機体が重いからというのは言い訳にならん。だがこの場合いつもの機体で考えなきゃならん――防御をするな。魔導刀というのは防御のできない武器なんだぞ」


 魔導刀は、その切断力の結果として、受け止めようとした相手の武装まで斬ってしまうのが欠点であった。攻撃にのみ特化し防御に使えないという点も、この武装が廃れた原因だろう。攻撃は最大の防御だが、防御力皆無ではやってられないのだ。


 しかし、確かに礼一少年の機動はそれほど悪いものではなかった。流石に一回実戦を経験しているだけのことはある。多分、こちらが手加減してやったとはいえ、あの機体がオスカーだったなら、振り下ろされたのを避けることも受けることも出来ずに撃破されていただろう。こちらが本気で戦ってもかなり苦戦させられていたかもしれない。


 あの類の機体の何が厄介かと言えば、継続的に戦うわけではないとき、それこそコロシアムのようにたった一戦で全てを決するときには非常に強いのだ。複数対複数で長い期間、ある地点を巡って戦闘するならまあともかく、一対一で三十分にも満たないほど短い戦闘ではアレほど強い機体はあるまい。マトモな射撃兵装を運用できないという問題はあるが、それすらもコロシアムの狭い空間ではあまり関係ない。


 礼一少年の機体が立ち上がった。怪我はしていないようだ。それから彼は遠くにある棍棒を拾いに機体を動かしたが、チャアタイはそろそろ帰らないとマズいということに気がついた。未舗装の悪路だから、車だとかなりかかる。


「今日はここまでだな、ルメンシスに帰るぞ」


 そう告げて、礼一少年と武装やら何やらの後片付けをすると、機装巨人を載せたトラックで演習場から出発した。殺し合いの訓練をするにはあまりに綺麗な風景だといつも思う。特に春には花が一面に咲くから、闘争心を削がれるのだ。


「レイイチ君……おい?」


 その中にある土の道を走らせていたのだが、礼一少年はさっさと助手席で寝てしまったらしい。


 ……こうして見ると、普通の人間にしか思えない。少し成熟していないところがあるが、それは出身地である異世界の生活水準が高かったということだろう。自分で生きなくてもいい貴族の子供があまり大したことのない性格なのと一緒だ。


 彼は普通じゃない――と、ミヤシタは言っていた。これという確固たる理想もなく他人の理想を着て戦うからだ、そして手段を選ばない上葛藤もしないからだ、というのが彼の弁だ。チャアタイとしても彼のレイイチに対する気味の悪さということ自体は分かるのだが、彼の場合それが原因ではなかった。金のためにだけ戦っていた彼からすれば、それは逆に自然だったからだ。


 圧政をしく皇帝とそれに革命を起こした反乱軍――どちらの理想が尊いかはきっと言うまでもないだろうが、しかし、チャアタイを初めとした傭兵はそんなことを注視しない。金の払いのいい方に着く。理想では飯が食えないからだ。もちろん、自他の命も救えない。機体が故障したとき必要なのは小難しい思想や平等意識ではなく、必要なパーツだ。


 レイイチは要するにそういう生き方を異世界において身につけたのだろう。戦乱の世でなくても、余程待遇が悪ければそれは身につけうる。


 しかし、だからこそもっと現実的なところの違和感が目に付く。ミヤシタをはじめとした一般的な人物では、その戦いに向かう精神に惑わされて見えないのだろうが――何故、アレほどまでに、当然のように機装巨人を扱える?


 異世界に来て数ヶ月、言語の問題は召喚術式の関係でクリア出来ているとはいえ、異世界の常識に戸惑うことは多かろう。特に機装巨人の操縦というのは本来難しい。大体聞いた話では、「向こう」には機装巨人のような兵器はない、とのことじゃないか。


 「スティックやペダルを弄ると同時に動きのイメージをする」……文字にするとこれだけのことだが、案外思った通りには動いてくれない。人間の皮膚の代わりに装甲板があり重心が違う(もちろん、中央魔導回路である程度処理されるがこれにもメーカーによって癖が出る)、というのもあるがもっと大きいのは、「体を動かす」のをイメージするのは非常に難しい、という点だ。


 そんなことはないだろう、と言う人もいるだろうが、どれぐらいの力加減で握るか、そのときどれぐらいの感触があるだろうか、これぐらい重さがかかってるはずだからこれぐらい動かせばいい、そのときの加減はこれぐらい……というのをイメージしきるというのは難しい。機装巨人に皮膚がないからだ。正確には皮膚にあたる機構が。


 つまり、機体の挙動に直接寄与しないイメージまでしなければ、機体を正確に動かすことが出来ないのだ。だから、大抵の新人パイロットは大体三ヶ月から半年乗り続けて体に身に付ける。


 だが、レイイチが要したのはたった数日、である。少年とはいえ、その想像力は――はっきり言えば異常だ。もちろん、才能と言うのが正しかろうが。向こうの世界が平和であるから眠っていた力。機装巨人がない世界では役に立たない力。それが、ここに来ることで目覚めてしまった。


 天才とは、天と才に分けられる――その才の育つ環境にいる人間のことなのだそう。


 そこまで考えて――ルメンシスの街の門の入り口に着くまで考えて、チャアタイは少し身震いした。ひょっとすると自分は、全てを殺しうる悪魔を育てているのではないか、と考えてしまったのだ。コロシアムを破壊しうる魔王、相対する者全てを殺す無慈悲な神を育てているような気がしたのだ。


 それから彼は礼一少年の顔を見た。まだ目を覚ましていなかった。何のことはない。悪魔でも堕天使でもない安らかな顔だ。そういえば、チャアタイの息子が生きていたならこのぐらいだっただろうか。顔も少しばかり似ているような気がする。その類似性がこのような変な夢を見せるのだ。きっとそうに決まっている。彼が疲れているように自分も疲れているのだ。休もう、休ませよう。チャアタイは無理に安堵させて、車の運転に集中した。


 ルメンシスの街はもう夕暮れ色に染まっていた。

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