ドールを作る会社を起業したら何故かモテモテになった件

赤月めう(杉村おさむ)

prologue:希(のぞみ)の夢と挫折

「希、サンタさんに何をお願いするか決めたか?」

「うん!」

 父の質問に希はうなずいた。

「私ね、妹が欲しいってお願いする!」

 父の車は横浜のみなとみらいを走っていた。たまに父は暇を見つけて、趣味のドライブで希をいろいろなところに連れ回していた。希が中学生くらいになると父との距離が開いてそうしたことも段々しなくなったが、希は父親とのドライブが大好きだった。

 中華街で食事をし、適当に観光して帰る途中だった。もう11月で秋は終わりを迎えつつある。そんな時期だ。

 父は希へのプレゼントのために、それとなく欲しいものを尋ねてきたわけだが、希の応えに言葉が詰まったようだった。


 当時、明坂希(あけさかのぞみ)の母が病気で死んでしまってから、既に二年が経っていた。

 希はまだ自分の名前を漢字で書けないような年齢で、まだ死というものが理解できずにいた。

 母がどこか手の届かないところへ行ってしまったんだと、そういう漠然とした寂しさと哀しさだけが残ってしまった。

 もう母は戻ってこない。それだけは父から丁寧に説明された。

 だからサンタさんにそのお願いはしないことにした。

 なによりその願いは恐らく父が一番望んでいることだ。もう父さんは子供じゃないからサンタさんからプレゼントはもらえないんだけど、父の代わりに希が願ったって、叶わないのだ。

 だから妹が欲しいなと、そんなことを言ったのである。

 大人になってその時のことを振り返ると、その願いは、「母に会いたいという」ものよりも残酷に響いたかもしれないと思った。

 その時の父はなんて返事をしただろうか?

 父は、それほど間を置かずにこういったと思う。

「そうか、叶うといいな」

 それから1か月後のクリスマスイヴ。お祝いは父と叔母と希の三人でした。

 その翌朝、目が覚めると、枕元に初めて見る大きなプレゼントの箱が置いてあった。

 箱を開けて出てきたものは、女の子だった。

 すくなくても希は一瞬そう錯覚した。

 それは、人間と見まがうほどに綺麗な球体関節人形だった。

 銀色の髪の毛と紅いグラスアイ。そしてお姫様のような豪華なピンク色のドレスを身にまとったお人形さんだったのだ。

「すげー」

 希は人形を抱き上げる。これまで希が見てきた人形といえば、スーパーの玩具コーナーに陳列されているような模型やぬいぐるみのようなものばかりで、こんな人と見まがうような存在感を持った人形というものを目の当たりにしたのは初めてだった。

 そして箱の中に手紙が入っていることに気づく。手紙は希宛てのものだった。



◆ ◆ ◆

 ノゾミちゃんへ。

 メリークリスマス。

 あなたの「妹が欲しい」というおねがいを聞き、このお人形をプレゼントします。

 本当の妹をプレゼントすることはできませんが、このお人形には人の心がやどっています。

 人形には人を笑顔にするまほうが込められています。

 ノゾミちゃんのかぞくとしておむかえしてあげてください。

 人形の名まえは「カナエ」です。

 サンタクロースより。

◆ ◆ ◆



「サンタさん、ありがとう。カナエちゃん、これからよろしくね。あなたはわたしの妹だよ」

 希はカナエを強く抱きしめた。


 その時の感動は大人になった今でも忘れない。

 それどろこか、この時の出来事が希の夢となった。

 私が一つのお人形で笑顔になれたように、私も自分の手でお人形を作り、子供たちを笑顔にしたい。

 そんな夢を持つようになったのだ。


 かくして――。


 大人になった明坂希は、とある中堅玩具メーカーへと就職した。

 そして、

「なんでこんなニセモノばかり作らなきゃいけないんですか!!」

 ある時の企画会議で部長に逆上し、数年も経たずに会社を辞めることになった。

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