第26話 また俺の島を耕すとしよう

 一方、アリスとヘレンは酒に酔い、互いに健闘を讃えている。


「い、いんにゃあヘペンちゃんほんとすごぉい」


「……そっちもなかなかよねえ。ヒックッ!!」


 互いに肩や背中を叩き合い抱き合っているし、仲が良さそうでいいことだ。


 多分、翌朝はまた些細な事で喧嘩しそうだけど。


 そんな風な会場を見渡してから外へ出た時だ。


 庭園の方で、お供を連れたチェザーレ王が誰かと話している。


 相手は女性だが、どこかで見覚えがある人だ。


「あれは、ニーナ?」


 パラディスの娼婦、ニーナだ。


 彼女はとても親し気だ。


 にこやかに笑い、肩を叩き合う。


「……うーむ」


 俺は思わず唸る。

 これ、クララ王女が見たらどう思うのだろうか。


「そういや、王女は今日姿が見えなかったけど、どこに居るんだろう?」


 そんな時だ。


「いよう、騎士になった成り上がりの島民君」


 タンヂが急に俺の視界へと入って来る。


「……あんたかよ」


「まぁそう言うな。私は君の祝福に来てやったんだ。爵位を得たのだから、これからこの王国の一員として励んで欲しくてな」


 そう言うと、彼はグラスに注がれた酒を飲む。


「うむ。やっぱり王殿下の主催する晩餐会ともなれば、良い酒が出るものだ」


「あぁそうかい」


 俺は彼の言葉を気にせず、王とニーナの方を見ていた。


「彼女、ニーナは王殿下の愛人だよ。まぁ、もっぱらそれも内偵をしているとも聞くがな」


「え?」


 ちょっとそれはビックリした。


「嘘じゃない、本当だ。スモジュ島を管理する私が言うのだから、嘘言っても始まらないだろう? 彼女が相手にした貴族は、どんな秘密でも漏らすと聞く。まあ、元は他所の国で男爵夫人だったとか聞いたな」


「……マジかよ」


「毎週殿下が私の島に来るのも、そういった事情だ。温泉だけでなく、彼女から情報を得る為だとな。お陰様で、ポワトゥーの部下が何か喋ったのだろう。今回の様な件になった。私としては清々しているがな」


 そ、そんな裏事情が……。


 でも、クララが知ったら、どう思うんだろうな。


「王妃様や王女様はそれを知っているのか?」


 すると、タンヂが軽く笑う。


「王妃様は三年前に熱病で崩御された。クララ様は普段は王族だけが通えるアカデミーに在学されており、普段はここに居ない。会えたお前は、よほど運が良かったのだ」


 なるほど、となるとチェザーレ王は、普段から家族と離れて暮らしているのか。


「王殿下にも色々な悩みがあるのだろうな……」


 タンヂの言葉を聞いて、俺はなるほどなぁ、と思うしかなかった。


 それからしばらくして、俺は酒に軽く酔った気分のまま、あの全面ガラス張りの庭園へとやってきた。


 木の幹に寄りかかり、円卓を見る。


 ここに呼び出されて国王、執政、そしてクララ王女と話したのが昔のように思える。


「あー……、明日はトマトと米に、ソウファ島のジャガイモ畑を見に行かないとな」


 俺はやらないといけないことを思い出す。


 明日から、また俺の島を耕すとしよう。


 あれから一月ばかしが経った。


 俺は騎士になったからといって、やる事は変わってない。


 ズグコフ商会の為の商品を出し、出荷組合の為に農地改良に励み、野菜を売り、自分が興味を持った作物を育てる。


 そんでもって、時間があれば釣りをしたり、キャンプをしたり。


 そして、今日は水田の中に入り、除草をしている。


「雑草って本当暑かろうが元気だよなぁ。そりゃ米もそうか」

 

 汗が垂れるが、中々気分は爽快。

 稲穂も出てきて、収穫が近いのが分かる。


 年に四回水稲が作れる環境らしいので、かなりいい場所なのはほんとチートだと思う。


 そんな中、二人が喧嘩している。


「ねえヘレン! あなたのせいでさっきからこっちに泥が跳ねてくるんだけど!!」


「……そっちこそ、汗臭いのだから寄ってこないで頂戴」


「な、なんですって!!」


 二人は作業よりも、互いの喧嘩を優先している。


「……もう気にすることもないか」


 俺はとりあえずそれを無視して、除草を続ける。


 しばらくしたら、お腹が鳴った。


「おーし、そろそろ昼にするかぁ」


 そういうと、アリスもヘレンも大人しく喧嘩を止める。


「「はーい」」


 そんでもって、木陰にある畔に座り、おにぎりを食べる。


 ちょっと表面に味噌を塗って焼いたものだ。


 これなら暑くても痛まない。


「それにしても暑いねー、ダーリン」


「……あつい、溶ける」


 そんな中で取る昼飯だが、風が本当に心地よい。


「平和だなぁ」


 そう思いおにぎりを口にすると、また二人が喧嘩を始める。


「ねえさぁ! だからなんでヘレンはいつもそうやって私に渡すものは崩して渡すのぉ!? わざと、わざとでしょぉ!」


「……受け取る側の性格が曲がっているから、食べ物もそうなってしまうのだろう」


 そんでもって第二ラウンド開始。


 懲りないねぇ、あんたらも。


 そんな事を思い竹で作った水筒に入れた水を飲んでいた時だ。


「ガルル!」


 アレックスが、こちらにやって来る。


「なんだ? どうした? お前今なら昼寝の時間だろう?」


「ガルル、ガル!」


 その声に、ヘレンが解説する。いや、俺も大体言いたいことは分かるが、お前すげえな。前にはペリカンみたいなのとも話してたし。


「……来客、と言っているようです」


「来客? こんな時にかぁ?」


 アレックスに付いて行くと、そこには伝書鳩が一羽。


 足に伝書筒をぶら下げている。


「……どこからだ?」


 筒を開いて、中にある羊皮紙を開くと、王の署名がされた手紙だ。


「なるほど……って、俺読めねえよ!」


 技術指南書を取り出し解読すると、直ぐに宮殿へ来いとのことらしい。


 一体何が?


 が、直ぐに急いで向かった方が良いのは事実だろう。


「おーい、アレックス」


「グル?」


「ちょっと王様からの用事ができたから、一緒に宮殿へ行くぞ」


「グル!」


 そうして、俺は宮殿へと向かうことにした。


 宮殿に付いた瞬間、俺はチェザーレ王の執務室に通され、ある話をされる。


「し、島の調査ですか?」


 新たに執政となった、ガルシア伯爵は片眼鏡をかけ直すと、


「まぁ、事情を説明しないといけませんな」


 と、指を鳴らす。


 そう言うと、ガルシア執政は執務室の壁に掛けられた地図を見ながら説明する。


 ロンストン=シラヌイ家が支配するロンストン海上商業王国は、およそ七百の大小の島からなる島嶼国家。


 そのうち、いくつかの島は鉱山・農業資源があるので、それを他の国家に販売することで益を得ている。


 無論、それはポワトゥー失脚後、王室お抱えの複数の商会によって流通しているのだ。


 が、最近になり、一番稼ぎ頭であった鉱山・農業の一大生産地、サマーレー島で鉱石も野菜も取れなくなってしまったらしい。


 そのせいで、食料生産が落ち込み、人がどんどん島から流出してしまい、更には税収も減ってしまったのだとか。


 キャベツを隣国などにも出荷しているロンストンにとっては、結構な大打撃らしい。


 そんでもって、稼ぎ頭がこのままだと、一年後には他の支出やらのせいで赤字財政に転落する。これで商会から金を借りるとなれば、またポワトゥーと同じ過ちを繰り返すだけになる、ということで、王は困っているらしい。


 要は、王家にとってはかなりピンチ。


 しかも、現地の官吏とも音信不通になったのだとか。


 ……うぉい、理想的とも言える悪循環だな。


「それで、俺は何をすればいいんです? というか、何で俺?」


「良い質問じゃ。君は武もあるし、ソウファ島での農場経営も成功させている。力もあって、農業に詳しいとなれば、君が適任だろう。それと、現地には鉱学のエキスパートも派遣しているから、お互い協力して貰いたい」


 ……そういうことか。


 まぁ、断ったところでまた同じ願いされそうだしな。


「わ、分かりました。何とかしてみます」


 そんなわけで、俺は他の島の調査に取り組まねばならなくなった。


 ……ほんとに俺で大丈夫なのか?


「頼むぞ! 我が騎士、ユウヘイ!」


 王の言葉に、俺は頭が痛いが何とかするしかないな、とは思った。


※続きは8/24の21時に投稿予定です。

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