第21話 なるほど、交渉か

「いやぁ、遠路はるばる呼び立てて申し訳ない。私の名前はチェザーレ・ガリツィア・ロンストン=シラヌイだ。どうぞよろしく」


 そう爽やかな挨拶をして、握手を求めてくる。


「国王殿下。彼との挨拶は礼儀に反しますぞ」


 執政からそう窘められると、王の動きが硬くなる。


「あ、あぁそうか。……それはそうと本題に移ろう! 君の名前はたしかぁ」


「田中雄平です」


「そうだな! タガナユクヘイだ! そんな君に私から頼みがあるのだ」


 名前間違ってるけど……。


 そう王が言いかけると、執政が早口で説明する。


「我が家、ロンストン=シラヌイ家がこの地に国家を建設して今年で五百年余り。従って、それはとても喜ばしいことではあるのですが、どうやら殿下から直々に与えた特権勅許とは別のルートで、農産物の流通量が激増しているのだ。その原因を調べた所、どうやらタナカ氏、君が原因らしい。君はこの国内で野菜を販売しているみたいだが、それは我らとしても困ることなのだ」


 かいつまんで言えば、野菜は王侯貴族の特権で販売し、商会が流通するものだから、お前が生産するのはやめろということなのか?


 そんなこと、ズグコフ商会は言ってなかったけど……。


「その原因であるズグコフ商会に問い合わせた所、彼らは別国の管理する商会なので、問題ないと思っていたと言っていた」


 もう裏を取られてるってことか……。


「なので、だ。一つ取引として、慈悲深い国王殿下は君が国民証書を持たない無頼の人であるとしても、農地を我ら王国管理下におけるのだとすれば、君を逮捕することはないと言っているし、国民証書も与えると言っている」


 つまり、今まで耕した農地を手放す代わりに、住民票と国籍くれるってこと?


 そう質問を返すと、


「そういうことだ」


 と、執政は笑顔で頷く。


「……じゃあ、それを断ったら」


 俺の返事に、執政は顔を顰める。


「そりゃあ、君。あそこに行くしかあるまい」


 ガラス張りの世界から、ある場所を指さす。


 そこには、急峻な岩壁に係留された朽ちかけた帆船。


「監獄船に行って貰うしかあるまい。国民証書を持たずに生活してたのだ、重罪として裁かれるであろう」


 ……あれが監獄船?


 どうみても難破して大破しかけた船にしか見えないんだが?


 とはいえ、これだけは俺がどうこう決められるものでもない。


「……考えさせてください。島の事ですから、俺がどうこう言える話じゃないです」


 すると、執政は頷く。


「一理ある、な。まぁ明日まで返事を待つのも宜しいかと。そうですな、国王殿下?」


 そう彼が国王を見ると、国王はギョッとした顔をする。


「う、うむそうだな」


 ……こいつ本当に国王なのか?

 随分と執政の言うがままにされている気がするが……。


 その夜、俺は案内された客間のベッドに転がっていた。


 天蓋付きのとんでもなく高そうなやつで、シーツもシルクで肌触りがとてもいい。


「いや、そんなことより島の事をどうするか、だ」


 確かに異世界転生してきた身分なんだから、住民票が無いのは仕方ない。


 とはいえ、ここで相手の要求を飲めば、被害を受けるのは島の人々だ。貴族農園は奴隷のような扱いをされるって、ズグコフ商会や島民から聞いたことがあるし。


「どうしたらいいんだか……」


 とりあえずここを脱出する?


 いや、脱出して島に戻った所で、結局は奴らが島に来て同じ話になるだけだ。

 じゃあ、いっそのこと島の為に戦争でもするか?


 それじゃもう話がややこしい方向に行くだけだ。


 ベッドから立ち上がり、俺は溜息を漏らす。


 良い考えが浮かばないからだ。


「はぁあああ……、どうすれば最善なんだ」


 と、その時、窓の外から笛の音がする。


「……オカリナみたいな?」


 窓から見てみると、あの温室の中からのようだ。


「行ってみっか」


 ギィイと、軋む扉をゆっくりと開け、温室へと向かう。


 月夜の中、笛の音へと近づいていくと、今日王様が座っていた席に、十四歳ばかりの少女が座っている。


 彼女は笛を吹くことに集中しているが、銀髪でおしとやかな空気をまとっている。

 王女か何かだろうか?


 俺はとりあえず笛の音を聞いて待っていた。


 それだけ、今悩み多き自分にはとても気持ちが穏やかになる曲だったから。


 演奏を終えると、彼女はこちらに気が付いた。


「あ……」


 そう一言漏らすと、彼女はペコリと頭を下げる。


「あ、いや、どうも」


 俺もつられて頭を下げると、


「ユウヘイ様? でしたっけ?」


 と、名前を言われる。


「どうして俺の名前を?」


「父がこの宮殿に人を呼び出すのは珍しいので」


「お父さん……、ってことはやっぱり王女?」


 そう言うと、彼女はスカートの裾を持ち、恭しく挨拶する。


「クララ・ガリツィア・ロンストン=シラヌイです」


「あ、始めまして。田中雄平です。……それより、さっきの曲は、なんて歌?」


「あれは、我が国に伝わる民謡『母なる大地に感謝を』です。この曲が、気になりまして?」


「何か、落ち着く曲だなって」


「そうですね。私もこれが好きなんです。……それより、ユウヘイ様」


「ん?」


「ユウヘイ様は、執政の言う通りにされるので?」


「それも知っているの?」


「一応、父は結構お喋りなものでして。久しぶりに会いましたので、父も色々と興奮されているようで」


「うーん、どうするかって言われると困るんだよなぁ。島の人と一緒に作ったものを、いきなり上からの命令だからって王様のものにって言う訳にもなぁ」


 そう悩んでいると、彼女は目を細めて嘆息する。


「それは、王の考えでなく、あのポワトゥー執政の考えでしょうね」


「そうなの?」


「ポワトゥー執政は、自分で経営する商会にて所有する鉱山島や農場島がありまして、商売敵になりそうな貴方が嫌いなのでしょう」


 そりゃ確かに利権的に考えれば、俺は敵になるだろうな。


「でも、父はそんなことでなく、貴方の持っている物に興味があるようですけど」


 と、彼女は俺の胸に付けたペンダントを指さす。


「それ、波のペンダントじゃありませんか?」


「よく知ってるね?」


 聞けば、ロンストン=シラヌイ家が持っているペンダントは、神獣ルティーナという巨大カメをモチーフとした「山のペンダント」らしく、そのペンダントを持っていると、森が豊かな土地になるのだとか。


 なので、そのルティーナがこの宮殿の地下で長い冬眠に入っているのだが、そのお陰でこうした森が茂る宮殿になっているとも。


「ですが、波のペンダントは元々私の家でなく、今は滅びたクミラ=シラヌイ家の宗家が管理する者だった筈。何故それを貴方が?」


「うーん……、なりゆき?」


 そう答えるしかない。


 とりあえずあのシーサーペントことニヨルドを手にしていたのは、クミラ=シラヌイ家という家柄のもの。


 その家は、二百年前に大火山で島ごと一緒に消えたのだとか。


 つまり、このペンダントもニヨルドも本来ならば手に入らないと、知り求める人は諦める代物のようだ。


「ですから、父としてはそちらが気になるのでしょうけど」


「けど?」


「知っての通り、我が国は商業で成り立つ国。我が王家にそのような商権を持つ組織が一つも無いのが問題でしょうね。父がお金儲けに疎いのもありますが」


 なるほど。

 それって金に余裕がある人の思考にも思えるが。


 要は、そんな感じの人だから、気が付いたら全部執政の思うがままにされているということらしい。


「じゃあ、俺はどうすればいいんだ?」


「それは……。私がどうこう言えることじゃありませんが」


 と、彼女は前置きしつつアドバイスをくれる。


「ポワトゥー執政の影響下に入らず、我が家の直臣になれば、問題は解決するかと思います。ユウヘイさんの農場や土地を、我が父から与えられた物にすればいい、ということですかね。我が父はあなたを臣下にはしたいと思っているようですし。私が今日の話を聞く限りは、ですが」


 ……なるほど、交渉か。


 それを聞いて、俺は知恵を絞る為に部屋へ戻る事にした。


「ありがと! 助かった!」


「いえ、御好運を」


 そう手を振って、別れた。


※続きは8/22の12時に投稿予定です。

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