第17話 う、売れない……

 その日の夕方、畑へ行くとヘレンが草刈を終えて休憩している。


「……タンヂとは幼い頃から一緒だったんだ」


 と、ヘレンから語られた。


 元々島では同じ上流階級の生まれだったからか、自然と互いに過ごす事が多かったらしい。


「……それにしても、旦那様はニヨルドを使いこなすとは凄い」


 感心は、むしろそっちらしい。


 何でも、アレックスよりも上位レベルに位置するニヨルドを使いこなせるのは、かつてこの世界を支配したシラヌイ様以来だとか。


 ……そういや、その名前は前にもアリスから聞いたな。


「ふーん、そのシラヌイってやっぱりすごい人なのか」


「……すごいも何も、千年海上帝国と呼ばれた『マガラニカ』を作った方です。この世界で知らぬ人は居ないですよ」


 まるでそりゃムー大陸みたいだな。


「それで、そのマガラニカはどこに?」


「……二千年前に大洪水で滅びた」


「滅びた?」


「伝聞書によればそうなっている。そのせいで、今の私達はこうして島に暮らしている」


 彼女が言うには、大洪水でマガラニカがあった大陸が沈み、残された島伝いに皆が暮らすようになったのだとか。


 それと同時に、多くの財宝や知識も失われ、生活レベルすらも大きく後退した。


 各島にはその名残として、支配者がシラヌイの末裔なのだという。


「……言うなれば、アリスも私も本当は親戚みたいなものなんです」


「え、それ本当か?」


 どう考えても親戚のようには思えないけど。


 体系も、顔も、言葉遣いも。


 何から何まで接点が見えないが?


「……一応。彼女の生まれたるギリネー家は、ソウファ=シラヌイの末裔です。ソウファ=シラヌイは元々私の島であるスモジュ=シラヌイの庶子の家。そして、私はスモジュ=シラヌイの血を引いていて、だから親戚と言えます。……タンヂはそうではありませんけど」


 まるで武家社会の源氏みたいなだな、と思う。


 あと、タンヂはどこまでも彼女と接点が無いのだな、と改めて感じさせられる。


「……だから、シラヌイの末裔を称する家によっては、あの神獣を扱えることがステータスなのです。……とはいっても、そんな人は三百年に一人、居るか居ないかというくらいでして。現に、今そうした事ができるのは旦那様と私が居た、ロンストン島を支配するガリツィア・ロンストン=シラヌイ家の当主チェザーレ様くらいでしょう」


 やっぱこの世界の人間って名前なげえよなぁ……。


「そのチェザーレってのが、いまこの辺りの支配者なのか?」


「……そういうことになります。一応、スモジュ島もソウファ島も、あの家の領地です。私達は税金を納める代わりに、統治を許されているに過ぎません」


 つまり、殿様はチェザーレ。

 その家臣が暮らすのがスモジュ島。

 更にその下にソウファ島。


 と、いう序列らしい。


「まぁ、俺にはそれがどうすごいか分からないけどさぁ」


 そう言って、俺は鍬を持つ。


「とりあえず、トマトの収穫でもすっか。そろそろ日も落ちるし」


「……はい」


 ヘレンはにこやかにそう返事をしてくれた。


 ソウファ島の農園も随分様になってきた。

 農地・水路も拡張し、小麦とジャガイモの一大生産拠点が出来てきた。



 とはいっても、島の全てを開拓してしまっては木材やらが手に入らなくなる。

 計画的に農地を使う、となると、自然と小麦→水稲→ジャガイモ→休耕田というローテになる。


 それでサイクルさせると共に、休耕田ではソルゴー(ソルガム)といった野草を栽培し、それで加工品を作る事にする。


 先ずはソルガム餅。


 モチ米を作り、それとソルゴーの実を混ぜて加工する。

 技術指南書が言うにはそうした使い道があるらしい。


 残った茎の部分は、農地に漉き込んで緑肥とするわけ。


 他にも作物を作るときなら、その畔に枝豆を植えて育てる。

 昔は畔豆といって、日本各地でされていた栽培方法だ。


 確かに、少ない土地を有効活用できる。


 そんなこんなで、商会にジャガイモや小麦を卸せば物々交換も優遇レートになるし、一部は自分達で消費できる。


 自家用野菜についても、次第に皆の技術がついてきたのか、自分で一畝ほどの畑を楽しんでやる母ちゃんもチラホラでるようになってきた。


 と、なると他にも色々やりようは出てくる。


「……道の駅とかで産直コーナーってあるけど、あれを俺とかもやってみればいいんかなぁ」


 つまり、母ちゃん達が作った野菜の余剰を、他の島に売って現金にしようという事だ。


 そのアイディアを酋長に聞いてみれば、すかさずゴーサイン。


 そんな訳で、ソウファ島出荷組合を作る事にした。


 出荷組合は島民なら誰でも加盟できる。


 そんでもって、出荷組合はその日あった出荷者の出荷を代行する代わりに、手数料として売れた代金の一割を貰う。


 つまり、農協でいうとこの系統共販だ。


 ちなみに、この一割集めたお金は、島の公共設備の為に使うのだ。


 資材類は島だけで手に入るものでないから、商会を通して購入したいものに、このお金を充当させる。


「うーん、さすが技術指南書。技術だけでなくてアイディアもくれる」


 こうして、ソウファ島出荷組合がスタートした。


「とはいえ、出荷先をどうするかだよなぁ」


 自給した野菜を販売するとしても、先ずは商売先をどうするか、だ。


 そんな事を考えていると、ヘレンが助け舟を出してくれる。


「……旦那様、それなら私の島で販売するのはどうでしょうか?」


「どういうこと?」


「……スモジュは鉱山、つまり鉱業が主の島ですので、食料品は不足気味です。特に生鮮品となれば高く売れるでしょう」


「なるほど。ならどっか伝手を紹介して貰っていい?」


「……喜んで」


 こうして、出荷先は決まった。


 そして、始めての出荷。


 俺の島で取れたトマト・ナス、ソウファ島出荷組合で集まったジャガイモ、パセリ、ニンジン、ピーマンなどなど。


 種を配っても出来るものかな、と思っていたが、想像以上に順応性を感じさせる。


「いやー、何度も失敗したんだよねー」


 と、お母ちゃんたち。


 いや、確かに俺も何回かはアドバイスしたけど、あんたら技術身に付けるの早いな。


 正直、結構ビックリ。


 そしていざ島へ乗り込んだは良かったのだが……。


「う、売れない……?」


 ヘレンの口利きで露店を開かせて貰う場所を得たは良かったが、野菜がちっとも売れない。


 何故だろうか。


 それの理由は簡単だった。


「これ、どうやって料理するの?」


「うーん、見慣れない食べ物だからなぁ」


 そうやって人は普段の買い慣れている物の方を手に取ってしまう。


 考えてみれば、俺の地元の直売所でも見慣れない野菜ってのは幾らでも売れ残っている。オレンジの白菜とか、オレンジの白菜とか、あとオレンジの白菜とか。


 浅漬けになら使えるけど、鍋物に使うと色がなぁ……。紫白菜か何か使った時には、水炊鍋がパープル色になるのは、視覚的に良くなかった。


 それと、この世界でよく食べられているのはキャベツみたいだ。


 聞いてみれば、キャベツは漬物にしても、ゆでても、生でも食えるし、保存がかなり効くので物流にも便利、というのが大きく普及している理由らしい。


 しかも、貴族農園でも毎年腐るほど取れるらしいので他の野菜より格段に安い。


 この世界じゃ「ベス」というのが通貨の単位らしい。


 それでもって、そのキャベツは百ベス。


 他の野菜はカブで五百ベス、小麦が1kgで三千ベス。

 魚はイワシみたいなのが三尾二百ベス。

 因みにスモジュ島の鉱山労働者の日給五千ベスくらい。


 ……確かに、毎日生活するにしても他の野菜がキャベツに比べて高い。


 一玉買えば、大体何とかなるもんな。茹でただけでも食えるから、俺も随分昔は世話になった。


 それに比べて、こっちは野菜の価格も結構適当に値をつけてしまった。


「……一応、これくらいの値段が首都のロンストンの価格ですので、想像ですがそれに合わせた値段にしました」


 と、ヘレンに言われるがままに値札をつけてしまったが、これも失敗か。


 ジャガイモ三個六百ベス。

 トマト二個五百ベス。

 ピーマン五個で四百ベス。


 ……確かにこりゃ酷いな。


※続きは8/20の12時に投稿予定です。

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