第14話 ちょっと旅に出よう

 ついでにニラも植えておくと半身萎凋病は抑えられるらしい。


 農薬使わないでも、結構なんとでもなるもんなんだな。


 自然の摂理というか、土の奥深さに感心していると、ヘレンが来た。


「ご主人様、なにをされているので?」


「あ、これ? 俺の畑」


「……畑? つまり農業ということですか?」


「だから前に言った通り、俺の取り柄ってこんくらいなんだよね」


 彼女は納得してない顔をする。


「……ご主人様は普通に強いのも取り柄かと思いますが?」


「そうかぁ?」


「少なくとも、私は自慢が百七十二戦、負けなしということでしたので」


「……それすごくないか?」


「ご主人様に負けたので、あんまり意味が無い記録になりました」


「そ、そうかなぁ?」


 なんか俺の体がチートってだけで、元々この世界に生まれてたら圧倒されてると思うけどな。


「それより、ご主人様はどこで農業などという貴族趣味を?」


「え、農業って貴族趣味なの?」


 彼女が頷いたのを見て、俺は驚く。


 マジか、これって要するにガーデニングみたいなものってことか?


 ヘレンが言うには、農業をする為の根本である土地、種、農機具、というのはどれも高いので、維持をするには莫大な金がかかるらしい。


 それを島でも有力者が興そうとして、借金を抱えて駄目になるのはよくある話なんだとか。


 なので、農業をできるのは貴族のような金持ちなのだという。


 しかも、種の販売は特定の業者しか行えないのだとか。


 ……すげえ世界だな、ここは。


「なので、野菜は全部貴族から仕入れるものですから、基本的に高くて買えないのですよ」


「俺の世界じゃ、どんな田舎でも大体食べる用の野菜はみんなやってるけどな」


「……どんだけ豊かな世界なのですか」


 ヘレンは呆れた様子で眉をひそめる。


「それにしても、この畑は全部ご主人様が?」


 一町歩くらいにはなったろうか。

 俺の島で開拓された畑を見て、彼女はかなり感嘆してくれる。


「まぁ、そうだな。とりあえずこれ食べる?」


 もぎたてのトマトを渡す。

 零水というタカダという名の種会社の品種らしい。


 病気になり辛く、皮も厚めなので日持ちしやすいのだとか。


 それを彼女は見た事がないのか、かなり食べるのに躊躇している。


「こ、このままですか?」


「うん、このまま」


 俺はそう言って、トマトを食べる。


「おーっ! やっぱりもぎたてだとこれ美味いな!」


「……(シャクリ)」


 ヘレンも口にする。


 その瞬間、顔色が変わる。


「お、おいしい」


 目を開き、感動しているようだ。


 あぁ、そうか。

 農家ってやっぱり自分が作ったものを美味しいって言ってもらえたらすごい嬉しいんだろうな。


 俺は改めてそう思った。


 それから一週間後。


「……ねえねえダーリン?」


「んー?」


「なんでヘレンがいつも畑にいるのよ?」


「なんでも、トマトが作りたいからってさ。作り方というか、手入れを教えたら、やけに畑仕事を気に入っちゃってな」


 畑の方を見ると、ヘレンは半袖、半ズボンで今日も畑で草むしりをしている。


「……ふふふ。あなたたち野草っていったら、どんなに暑くてもすぐ生えてくるのね」


 俺やアリスに給仕する時とは別人みたいに、やたら生き生きしている。


「奴隷ちゃん! お茶早くしてよ!」


「ま、いいじゃないの」


 こうして、俺の畑の管理人が出来た。


 農産物は大体揃ってきた。

 米・麦・大豆・主要な野菜類に油・塩・味噌・醤油・酢。


 後の問題は肉か。


 そんなことを考えていると、ヘレンに声をかけられる。


「……お口に合いませんでしたか?」


「え? いやいや、そうじゃない。ちょっと考え事」


 ヘレンが作ってくれたペンネのトマトスープを飲みながら、そう答える。


「ダーリン、料理は私に作らせてよー。最近全部ヘレンにさせてばっかで、私には何もさせてくれないじゃない」


「当たり前だろう。お前に任したら竈が爆発しかけたり、家が傾いたりと厄介この上ないんだよ」


 その言葉にヘレンがぽつり。


「……たしかに」


 クックック、と笑う。


「そりゃそうと、島の方の徴税は大丈夫だったのか?」


 俺は昨日スモジュ島から来たという徴税官の話を聞く。


 昨日俺は自分の島で草刈をしていたので不在だったが、色々と厄介だったらしい。


「うーん、なんでもヘレンの後任だっていうタンヂって男が、結構乱暴でさぁ」


 その言葉を聞いて、ヘレンは動きを止める。


 が、そんなのアリスはお構いなく話を続ける。


「タンヂが言うには、婚約者だった人が急に置手紙だけして消えたって、嘆いてたのよねえ。そんでもって、その分徴税はしっかりやるって色々うるさくてさあ。派手な服着て、言葉はなんだかナヨナヨしてて。確かに島貴族の息子って感じでさぁ。それに畑にまで入って来て何が取れるかとか根堀葉掘り聞いてきてさ。誰がこれを作ったのか、とかさぁ。だからダーリンのことも話したりとか」


 その言葉に、ヘレンは更にクククと笑う。


「……その通りだ」


「ヘレン? お前知ってるのか?」


 俺がそう聞くと、彼女は答える。


「……そりゃそうですよ、ご主人様。なんたって彼は私の夫になる人でしたから」


「あー、なるほどね……。って、夫ぉっ!?」


 俺は思わずビックリした。


 お前、婚約者居るのかよ!


「……とはいっても、彼が島の貴族の息子だからってだけですよ。私が十一の時に結婚相手ってことにされまして、それが嫌だったので私は女戦士になったのです。戦士になれば、一つの仕事を得ているので、婚約は先延ばしにできますからね」


「え、じゃあお前どうやって島を抜けてきたの?」


「置手紙をかきましたよ、きちんと。敗れた相手が男だったので、その男の奴隷になると。……掟ですから」


 ……なんかすげえ嫌な予感するなぁ。


 そこへすかさずアリスが口を挟む。


「あ、そうそう。だからそんなタンヂさんに、ヘレンならダーリンの奴隷になったって言っちゃったのよねえ。そしたら烈火のごとく怒っちゃってさぁ。だからダーリン、丁度こっちの島に居て正解だったよ」


 お前、ほんと余計な事してくれたな。


「……ちょっと旅に出よう」


「ご主人様、ご仕度お手伝いします」


「えー、ダーリンどこにいくのよぉ」


「馬鹿野郎! お前のせいだろうが!」


 俺はそう抗議の意だけ示し、アレックスを呼ぶ。


 アレックスはちょうど浜辺でウミガメとじゃれ合っていた。

 最近どうやら島によく来るらしいウミガメで、仲良しになったらしい。


「アレックス!」


「ガル?」


「ちょっと散歩に行くぞ! それも長いやつ!」


「ガルルル♪」


 主人の意図を理解はしてないが、長い散歩ということで上機嫌そうに尻尾をビュンビュンと振る。


 と、思っていたのだが、海岸線に帆船がズラリと並んでいる。


「マジかよ……」


 家の中に居たから気付かなかったが、相当な大軍だ。


 そして、帆船から降ろされた無数のボートにはライフルを持った兵士の姿。


「……あれはタンヂの軍勢です」


「マジか」


 ヘレンの言葉に俺は頭が痛くなる。


 女戦士のライフル兵に護衛されて、やたら長いマントを羽織った一人の男が島へ降り立つ。


「……あれがタンヂ」


 なるほど、本人はイケメンだ。

 金髪に白い歯が輝いていて、いけ好かない感じが何とも貴族らしい。


「おーっ! ここがかの賊が住む島なのか。さて、ヘレンはどこだ?」

 

 大勢のお供を連れて、タンヂが俺の目の前にやってくる。


「おー、そこの島民。そうだ、貴様だ」


 確かに俺は島民。でも、貴様って呼ばれ方は中々鼻につく。


「何のようで?」


「ふっふっふ。私はスモジュ島の新たな統治者且つ徴税官となった、タンヂ・デ・フェアリングス・オルバント・カルヤンテというものだ」


 糞なげえ名前だな。


「そのカルヤンテ家の十七代目にして、不世出の英雄的活躍をしようというこの私の婚約者が、どこぞの馬の骨に奴隷にされているという。貴様、知らないか?」


 ……知らない、って言いたい。


※続きは8/18の21時に投稿予定です。


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