第16話 恋煩い

 会社からの帰り道を、わたしは早足で歩いていた。脚は、いつに無くきびきびと動く。そわそわとした気持ちが、つま先まで行き渡っているかのよう。

 今日はチームの活動の日だから、今日もランスに会える。


 ばたばたと部屋に飛び込むと、すぐにメルヘンライフオンラインにログインした。活動が始まる前に、ちょっとでも二人で遊べないかなと思ったけど、残念ながらランスはまだ来ていないようだった。


「……はぁ」


 無意識のうちにため息が漏れる。うきうきしていた心が、少し沈む。

 「すっかり重症になってるみたいねえ」という昨日の真理の言葉が、脳内で再生される。本当にその通りだ。


 椅子に体を預け、画面ディスプレイをぼんやりと眺める。山の頂上からの景色が、そこには映っている。いつもはログアウトする前に家に帰るんだけど、昨日は寝落ち寸前まで遊んでいた。


 わたしは体を起こすと、机に置いたスマホを手に取った。意味もなくアプリをいじる。


「連絡先、交換しなかったな」


 わたしはぽつりと呟いた。そういう流れにならなかったのもあるけど、交換しようとも言い出さなかった。もちろん、ランスの方からも。

 ランスと繋がっているのは、相変わらずゲームの中だけだ。もし仮に、どっちかが突然ゲームを辞めたりしたら、もう二度と会えないだろう。そんなことを考えるだけで、胸が苦しくなる。


 真理とゼンさんは、オフ会の時に連絡する必要があるかもって、その前にはもう交換していた。驚いたことに、展望台で別れたその日のうちに、次に二人で会う約束を取り付けたらしい。やっぱり、真理の行動力はすごい。


 あの二人は、付き合うのかな。オフ会でも、仲良さそうにしていた。二人で話している時だって、ずいぶん距離が近かったし。


 そこまで考えて、わたしは顔が少し熱くなるのを感じた。何故って、自分の方がよっぽど接近……ううん、密着していたことを思い出したからだ。あの時の感触が蘇りそうになって、ぶるぶると首を振る。


 そして、ふと顔を上げたわたしは、


『よお』


 と画面に表示されているのを見て、びくっと背筋を伸ばした。ランスからのチャットだ。


『こんばんわ』


 わたしは大急ぎで返事した。ちらりと壁のアンティーク時計を見る。遊ぶ時間はないけど、話すくらいならできる。


『この前、すごく綺麗なスクリーンショットを見たんです』


 と、話題を振る。前にメルヘンライフオンラインのブログで見た場所だ。山の上からの景色で、森と草原が、地平線まで広がっていた。その所々に、おもちゃのような色とりどりの街がいくつもあった。


『へえ、そんな街が多い場所あるのか』

『ね、びっくりしますよね』


 このゲームの世界はとっても広くて、街同士は普通は結構離れている。だから、複数の街が一度に見える場所というのは珍しい。


『どのブログ?』

『覚えてなくて……すみません』


 ついでに言うと、場所も書いてなかった。一人で登っていたみたいだから、多分そんなに難しい山じゃないと思うけど……。ちゃんとブックマークしておけばよかったかも。

 ランスはちょっと考えるように間を置いたあと、こう言った。


『画面に映ってたもの教えてくれる?』

『ええと』


 わたしはぽつぽつと語り始めた。すぐに言えることが尽きてしまったけど、逆にランスから質問されて、思い出しながら答えていく。


 そうこうしているうちに、チームの活動の時間が近づいてきた。ゼンさんと真理がログインしたので、わたしたちは集合場所の喫茶店へと向かう。


 今日挑戦する、山はいつもよりちょっと難しい、とゼンさんは説明した。敵の数が多いらしい。死んだらここに集合だとか、不安になるようなことも言われた。


「死ぬのはやだな……」

「戻ってくるのめんどくさそうねえ」

「そうじゃなくって」


 わたしは唇を尖らせた。真理が首を傾げている気配を感じる。ルビアを殺したくないんだけど、多分伝わってない。

 真理は『死に戻り』はしないけど、死ぬこと自体はあまり気にしていないようだ。自分のキャラに対する考え方は、人それぞれみたい。


 みんなで少し相談したあと、馬車に乗って目的地へと向かった。待ち時間が長い馬車の中では、雑談が弾む。特に盛り上がったのは、ゼンさんのこの発言だった。


『船造りたいんだよねえ』

『えーほんと! 乗せて乗せて!』


 真理がはしゃいだように言う。わたしも興味津々だ。いつか見た、中央に高い山がそびえているあの島に行ってみたい。


 ランスが驚いたように言った。


『ゼンさんそんなお金持ってたのか』

『材料をこつこつ溜めてるんだよ。まだ時間がかかりそうなんだけどね』

『アイテム集めする時は言ってよ、手伝うから』

『わたしも』

『ありがとう』


 真理とわたしが申し出ると、ゼンさんは嬉しそうに言った。


 馬車を降りて少し歩くと、目的の山が見えてきた。土が露出した禿山に、ぽつぽつと小さなのようなものがくっついている。

 何だろうと思って画面ディスプレイを凝視したわたしは、すぐに顔をしかめることになった。大きなダンゴムシのようなモンスターだ。たくさんの脚までリアルに再現されていて、ちょっと見た目が気持ち悪い。


 山を登り始めると、ダンゴムシがわらわらと集まってきた。うう、余計に気持ち悪い……。

 一匹に見つかると他のやつも寄ってくるみたいで、一匹ずつ倒すということができない。そんなに強くはないんだけど、とにかく数が多い。みんなが攻撃されるから、回復するのが大変だった。


 ルビアも何度か攻撃されたけど、わたしは冷静に回復し続けた。HPヒットポイントが減っていくのを見ても、前みたいにパニックになることはない。ランスが助けてくれるから、大丈夫。


「茜、いつの間にか戦闘上手くなってるねー」

「ほんと?」


 真理に言われて、わたしは嬉しくなった。上手くなってるんだとしたら……。


「前はすぐ逃げ回って落っこちてたのにねえ。あ、もしかしてランスさんに教えてもらった?」

「うん」


 わたしが少し照れたように言うと、


「そっかー、手取り足取り教えられちゃったかー」

「そんなこと言ってないじゃない」


 真理にからかわれたけど、何故だか全然嫌な気分じゃなかった。


 頂上からの景色は、あまりゆっくりと楽しむことができなかった。ダンゴムシがどんどん出てきて、それどころじゃなかったからだ。うーん、ちょっと残念。


『このあと時間あったら二人で山行かない?』


 帰り道の途中で、ランスから個人チャットが来た。みんなまだ近くにいるのに……ちょっとどきどきする。


『行きたいです』

『よっし』


 山から降りてみんなと別れると、わたしはランスの後ろについて歩いた。今日は、どんなところに連れていってくれるんだろう。


「あ、もしかしてデート?」

「うん!」


 勘のいい真理の言葉に、わたしは上機嫌で答えた。

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