5カ所目 手の甲

手の甲。

意外と敏感な部分で、ふと触れるときも多い。気を付けるべきところだな。


「毎日暑いだろう。目から涼めれば、と思ってな」


今日は部長から一つ新たな試みがあるらしい。

暑いオフィスを気持ちだけでも涼めるようにと、魚を水槽で飼ってみるというのだ。悪くない、魚が泳ぐ画は見てて気持ちがよさそうだ。


「へぇ、どんな魚なんですか?」


同僚の一人が質問する。

定番といえばエンゼルフィッシュや金魚といったところか。


「ドクターフィッシュだよ」


・・・なに?

ドクターフィッシュといえば、人の汚れを食べるという偏食家・・・。

もろ人と・・・というか、人の手と接する魚ではないか!


「へぇ~、初めて見ました、私!」

「やってみるか?」

「え~、でもちょっと怖いですよ~。したことないし・・・」

「実は僕もなくてね」


では何故、ドクターフィッシュなどチョイスしたのだ・・・。


「誰か代表で・・・。えーと、郁乃くん、お願いできるか?」

「何故、私だ!?」


結構な数、同僚がいるにも関わらず、何故私をピンポイントで指名する!?


「郁乃くん、こういうのには動じなさそうだし」


何だそのふわっとした理由は・・・。

そんな理由で私を選ぶんじゃない・・・。だがしかし・・・。


「お願い郁乃さん!」


周りもすっかり私に初陣を切らせようとする流れだな・・・。

だから明日以降ならいくらでもやってやるというのに・・・!

しかしここで断ったら、私が魚に臆して逃げたみたいになる。それはそれで癪だ。


「・・・分かった、ではやろう」


私は恐る恐るゆっくりと水槽に手を入れる。

水の中に手を入れるわけだしな・・・。

もしかしたら感覚もにぶって意外と平気かも─。


「くふふっ・・・」


へ、平気じゃなかった・・・。ぜ、全然平気じゃない・・・。


「わー、すごーい!」


周りの皆は、私の手の甲にドクターフィッシュが集まっているのを面白そうに眺めていた。幸いだったのは、皆、魚に集中して私の表情には関心がいっていない、ということか。


「んっ・・・」


その大勢のは、私の手の甲感じる部分を何度も何度も舐めまわす。

顔を高速で左右に振りながら、ただしゃぶりつくすことだけに集中し、私が度々びくんびくんとカラダを痙攣させているのもお構いなしに、動きは止まらない。


「あっ、んっ、あっ・・・」


かれらにしてみれば、私から出た透明なもの角質食べて舐めて綺麗にしてあげているのだから、感謝しろとでもいいたいのだろうか。繰り返し起こる細かな振動は、私を─。


「・・・くのさん。・・・郁乃さんっ!」

「えっ!?」

「もう終わったよ。ほら、魚たち離れちゃってるし」

「あ・・・」


い、いつの間に・・・。


「どう?気持ち良かった?」

「あ、あぁ・・・。そりゃあ、もう・・・」

「へ~、そんなになんだ!」

「・・・ま、まぁ・・・」


魚って・・・上手いんだな・・・。


《つづく》

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