第12話 勇者の現状

 【勇者ミーリア】


 ミーリアが勇者になって得たものは、ただ苦悩の日々だった。


 そして失ったものは計り知れない。


 元来勇者の称号は、神から与えられる最上級の加護と言われていたのは、遠い昔のこと。

 そして現在、勇者の加護は、魔国以外の他国の人々にとってそれほど価値のないものと思われている。

 それは、いかに勇者の加護が尊いもので、世界にたった一人の存在であろうと、その力を発揮できないのであれば、無用の長物でしかないからだ。

 何故なら2000年もの長きに渡って、勇者は魔王を倒すことができなかったから。

 数多の勇者が魔国に向かい、そして誰一人として帰ってこない。そして次の勇者が誕生して、前の勇者が敗れたことを知るのだ。


『どうか、うちの息子(娘)が勇者になりませんように……』

『勇者以外なら何でもいいです……』

『勇者になんかなりたくありません……』


 成人の儀で、親や成人を迎える者は、そう祈るまでになっていた。

 故に勇者に選ばれてしまった者の末路は悲惨なものとなってしまう。


『なぜうちの息子(娘)が勇者なんて……』

『態々魔王に倒される為に魔国に行かないといけないなんて、可哀想にな……』

『どうせ魔王には勝てないんだよ……』


 と、周りの人々の蔑みの声が容赦なく突き刺さるのだった。


 ──なりたくて勇者になったわけじゃないんだよ‼


 そう声を大にして何度叫びたかっただろう。

 だが現実は非情なまでに過酷だった。勇者になってからというもの、親兄弟からも、半ばもう死んだ子扱いされ、ただ義務のように国に招集される。

 そして表面上だけ勇者として持ち上げられるが、その実誰も勇者に期待など抱いてなどいない。ただ蔑みの中に身を置くだけなのだ。


 勇者はこの世界の悪である魔王を倒す唯一の存在。

 勇者はこの世界を救う尊き存在。


 そう考えている者はこの世界にもう誰もいない。この2000年の歴史のなかで勇者の在り方は風化していったのだ。


 どちらにしても勇者となった以上、魔王討伐を目的に動かなければならない。

 国も半ば我が国から勇者が誕生して欲しくないと願っているほどだ。多大な資金を投入し聖剣を作らせ、数年かけて勇者を鍛えなければならない。一人の勇者を旅立たせるために、多大な国費を費やさなければいけないのだ。それも魔王を倒せるかどうかわからない勇者のために。


 だが勇者を輩出した国は、体裁的にも魔国へと勇者を旅立たせなければならない。それがたとえ負けると分かっていても。


 故に勇者になってしまったミーリアには、誰一人として味方はいなかった。親兄弟と無理矢理引き離され、同じ年頃の子達はたくさんの友達と楽しく過ごし、異性の恋人を作り愛を語らう。そんな中ミーリアはただひとり、孤独に剣や魔法の鍛錬をして過ごした。


 そして仲間になった他の4人も、国王の命があるので、仕方なく勇者ミーリアの仲間になったようなもの。言葉にはしないが、本来なら勇者の仲間になどなりたくないと思っていることは明白だろう。

 ミーリアは、ただただ孤独だった。勇者になってしまったばかりに、人並みの生活を送れなくなり、そして魔王へと戦いを挑んだ挙句死ぬ運命が待ち受けている。

 そんな非業の運命を受け入れなければならなかった。


 だからミーリアは、この魔の森に入り、勇者としての力量の無さを知った時に現れたキールという男性に、どこか心惹かれたのかもしれない。

 自分の国とは別の価値観を持った、自分よりも強いキールという男性に。





 勇者ミーリア達が深淵の森に来てから季節は移ろい、ここに来て初めての冬を迎えていた。


 畑仕事は作物がほとんど枯れてしまった今の季節は、保存用の根ものと、寒さにも強い葉物の野菜以外はない。けれどもここには温室という便利な設備あるので、年中新鮮な野菜が収穫できるのが嬉しくもある。


 ミーリアは朝の温室に出掛け作物の世話をした後、朝食をキールと二人で食べてから、昼からの鍛錬までの間、家の掃除や洗濯などの家事をするのがここ最近の日課である。


「はふぅ~寒くなってきましたよぅ~でもここには温室があるし、農作物を年中収穫できるなんて、ほんとに夢のような設備ですね。魔国では当然のような設備らしいし、国に戻れたら温室を広めれば、少しは国の食生活も改善されるかもしれないですね……魔王を倒し、戻れればの話ですが……」


 などと考え事をしながら家の掃除をしていた。

 二人でも無駄に広いキールの屋敷は、掃除するのも大変だ。一度で全部を掃除しようとしたら一日がかりでも終わらない。普段使う部屋とお風呂場以外は、順繰りと掃除するようにしていた。


「さて、今日はキールさんの書斎も掃除です~」


 ミーリアは、キールの書斎に入り鼻歌を歌いながらルンルンと掃除する。

 キールは昼まで湖で魚釣りをしてくると、他の男性陣とシルバ達とで出かけて不在だった。


 窓を開き空気の入れ替えをすると、すんと冷えた空気が通り抜けた。いつものように床の掃除をし、続いて机や書棚の埃を丹念にふき取ってゆく。

 すると書棚の冊子がふと目に留まった。


「ん? 【魔国2000年の魔王譚】? なんかカッコいい表題だよ。これってキールさんが書いている物語かな? 1章から3章まである……」


 書棚には3冊の冊子が並べられていた。3章はまだ書きかけのようだが、それでも一冊一冊がとても厚い。

 普段はあまり気にも留めていなかったのだが、自由に掃除していると気になってしまう。

 いつもはキールがいる時にしか掃除できなかった部屋なのだが、最近ではミーリアを信用してくれたのか、一人で掃除する許可も出してくれたのだ。

 キールがいる時は、キールと話をしながら掃除をするのが楽しかったので、他には眼も向けなかったというのが正直なところだ。


「どんな物語だろう。ちょっとなら読んでみてもいいかな?」


 興味を惹かれたミーリアは、第一章を手に取りページを捲り始めた。

 扉にはこう書かれている。


『魔王と勇者の関係は、世界のパワーバランスを保つ抑止力でなければならない。世界の均衡を保つための存在だ。故に一方(国)が一方(他国)を理不尽な力で服従させることをしてはいけない。魔国と他国間の代理戦争をするのが、魔王と勇者の存在意義である』


「なんか大仰だね……」


 そう言いながらもページを捲る。


「へーっ、前魔王キーリウスの物語か。主人公の幼少期から始まるなんて、本格的だね。趣味で書いているにしては、けっこうよく書けているよキールさん」


 ページをペラペラとめくりながら、楽しそうに読み進めるミーリア。

 もう掃除そっちのけでキールの書いた魔王譚を読み耽る。

 すると読み進めていく内にミーリアは、この物語にどこか違和感を覚えてしまう。


「これって……」


 物語は前魔王キーリウスの幼少期から始まる。舞台としては今よりも2000年以上前の話である。

 だがこの物語には、時折今と2000年前との比較や、完全に自分しか分かり得ないような表現が多く取り入れられていることに気付く。

 物語なのだから主人公に感情移入して書くのは分かるが、『詳しくは忘れてしまった』とか、『あの時はそんな考えだったが、今思えば古臭い考えだ』など、不可解な引用が散見するのだ。


「なんか自叙伝みたいな感じ……」


 そうはいってもよく書けた面白い物語なので、ミーリアもついついのめり込んでしまう。

 並み居る勇者との戦いの描写など、真に迫った迫力があり。魔王視点だが参考になる点も多々あった。

 魔王の心理描写も卓越で、その時どう思って戦っていたか、勇者との戦いを魔王はどう考えていたか、どう国造りを進めるべきか、など本当に魔王でしか知ることのできないような描写が、随所に描かれているのだ。


「へーっ、魔王キーリウスって、本当は優しい人なんですね……」


 悪の権化として魔国以外の国は魔王を恐れているが、ここに描かれている魔王キーリウスは、心優しく国民想いのとても英邁な君主のようにミーリアは感じた。

 物語なのだから美化しているかもしれないが、それでもこんな国王ならミーリアの国も、きっと豊かな国になるのではないかと勝手に想像してしまう。


「──おっと、掃除しなきゃ!」


 ついつい楽しくて時間を忘れてしまった。

 気づいたらもうお昼も間近な時間帯だった。


「うわっ、お昼の準備をしないと、もうすぐキールさんも帰ってきちゃう!」


 冊子を書棚に戻し、急いで掃除を済ませるミーリア。

 そしてキールのためにお昼ご飯を用意しにキッチンへと向かうのだった。



 こうして書斎の掃除をする度に、少しずつ魔王譚を読み進めるようになるミーリアであった。



 ◇



 勇者ミーリア達がこの森に来てから半年ほどが経過した。

 季節は冬だ。いくら短い冬とはいえ、それなりに寒い日もある。

 今年の農作物も備蓄は出来ているので、冬の間も困ることはない。温室も増設したので、全員で新鮮な野菜を真冬でも食べられるようになっている。何事もバランスのとれた食事は欠かせないからね。


 ミーリア達もここの環境にも慣れたようで、生き生きと生活している。

 鍛錬も順調で、最近では自分達で森の魔物を狩って来て、食材の確保にも余念がない。いちおう何があるか分からないのでシルバ達の護衛を付けての狩りだが、順調に地力を付けているようで、俺も嬉しく思っているところだ。


「おーいミーリア。帰ったぞー」

「おかえりなさい、キールさん」


 エプロン姿でパタパタと駆けてくるミーリアの笑顔を見て、なぜかほっと心を落ち着かせる俺だった。

 半年前までは一人でこの趣味が高じた無駄に広い家に住んでいたのだが、今は俺を迎えてくれる誰かがいることに、なにか得も言われぬ幸福感がある。

 シルバ達がいたので寂しさを感じたことはないが、こうやって献身的に尽してくれる女性がいることに、今は幸せを感じてしまう俺だった。


「釣れましたか?」

「ああ、俺たち以外誰も釣りをする奴はいないからな。ガングルもリーも今日も大漁だよ」


 今日、男性陣は湖で釣りをした。

 シルバ達とも遊ぶ時間が取れるので、食材の確保ともども週に一、二度は釣りをすることに決めている。最近では魚の燻製作りも始めたところだ。果実酒のお供に最適なつまみになる。


「それじゃあ今日は魚料理ですね」

「ああ、ミーリアに任せるよ」

「はい!」


 ミーリアは嬉しそうに魚の入ったバケツをキッチンへと運んで行った。




 昼食を摂り、昼からは鍛錬である。

 全員が戦いの装備を装着し、湖畔に集合する。


「よし、まずは準備運動。それからいつものように走り込みからな」


 俺の指示に、全員が『ハイ!』と背筋を伸ばして返事をした。

 準備運動は身体を動かす前には必ず行わなければいけない。いきなり運動したら、筋肉や関節に思わぬ負担をかけることになり故障の原因になる。

 それと走り込みは体力を付けるのにはもってこいだ。湖畔の細かい砂の上を走ると、体幹も同時に鍛えることができるので一石二鳥だ。ちょっとやそっとではバランスを崩さない体ができる。


「キールさん補助お願いします」

「おお、わかった」


 ミーリアが柔軟運動の補助を申し出てきた。これは二人一組で行うので、ペアが決まっているミーリア以外の4人には無用である。

 ミーリア一人だけ除け者にするわけにもいかないので、俺が相手をすることになっている。


「うん、いいぞミーリア。しなやかな筋肉に仕上がって来たぞ」

「ひやっ♡」


 柔軟体操中、ミーリアの筋肉の付き方がついつい気になったので、マッサージがてら太腿をモミモミしたら、妙な声を上げた。


「どうした? だが理想的な筋肉だ。これなら多少の無理は出来るようになるぞ? 力技だけではなく柔軟な受け流しだってできるようになる」

「あわわわわぅ~」


 ミーリアは頬を染めながら嬉しそうにしている。

 しなやかな筋肉は、瞬発力も筋力も上昇させてくれる。さすが勇者というべきだろう。


「あ、ありがとうございます!」

「うん、でもまだまだ精進が必要だ」

「はい、頑張りますキールさん!」

「よし、では走り込み始め!」


 俺の号令と共に全員が走り出す。

 何事も基礎体力が無ければ始まらない。いくら剣技が卓越していても、体力が無ければすぐにバテてしまう。そうなれば魔王との戦いに勝機はない。

 格上の相手と勝負するのなら尚更だろう。


 十分に走り込みを終えたら、個々の技能に応じた訓練に入る。

 ミーリア以外の4人もなかなかに優秀だ。教え込んだことをじわじわと吸収してゆく。

 そもそもゲシュタ王国でも有能な4人だったらしく、それゆえに勇者ミーリアのお供に抜擢されたと聞いている。

 ただ残念なのは、彼等以上に有能な指導者のような者がいなかったようで、それ以上技能を習得できなかったようだ。おそらくは彼等が上位の技能者なので、それ以上を求めなくなった可能性も否めない。勿体無い事だ。


 ともあれ順調にみんな強くなってきている。


 魔王ハーディに挑戦する日も、そう遠くない未来にやってくるかもしれないな。



 はははっ、ハーディよ、楽しみにしていろ。

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