第10話 仲間になりたいんです

 翌日、俺はいつも通り朝早くから日課の畑仕事に出ると、既に勇者ミーリアが昨日自分達の荒らした場所をせっせと片付けていた。


 手際よく倒れたトマトの茎や葉を集め、ダメになってしまった根を引き抜く。土に塗れようがお構いなしに作業するミーリアの姿に、しばし見惚れてしまった。

 ここで一人生活しているので、どことなく他人がそんなことをしていると新鮮な感じだ。


「おはよう、随分と早起きだな」

「あっ、キールさんおはようございます!」


 ミーリアは畑仕事の手を止め、パンパンと手を叩き土をはらい、清々しい笑顔で挨拶を返してくる。

 真っ赤な髪の毛を後ろに縛り、額に滲む汗で一層魅力的な笑顔だった。

 疲れも取れたようでなによりだ。


「私は勇者になる前は農民だったので、小さい頃から早起きは得意、というか早く起きて仕事しないと、ご飯食べさせてもらえなかったので、貧乏性が身体に染み付いているんですよ」

「随分と荒んだ環境だな……」


 あけすけに悲惨な過去を笑顔で話されても、こっちがどう反応していいか困る。何か聞いちゃいけないことを聞いた気がするよ。


「ええ、でも国中が多分そんな感じでしたよ。その日食べるだけでもいっぱいいっぱいだったし、下手すれば二日に一食しか食べられない時期もありましたからね。だから仕事をしない者には食糧は分けてくれないのが、家族でも当たり前だったんです」

「そこまでか……」


 隣国のゲシュタ王国はそうとうに貧しい国らしい。


「だから早く魔王を倒して、平和で豊かな国にしたいんです」

「ん? そこでなんで魔王が出て来るんだ?」


 魔王を倒すことと、平和で豊かな国の繋がりがいまいちよく分からない。

 魔王を倒すと国から報奨金とかもらえるのか? でも、それが平和と豊に繋がるとも思えない。


「はい? それは常識じゃないですか。魔王がいるから世界は荒んでいるんですよ。魔王がそう世界を仕向けているって子供でも知っている話ですよ?」

「……」


 おいおい、それじゃあ魔王はまるっきり悪の権化じゃないか。

 だいたい、どうすれば他国にそんな事出来る力が魔王にあるというのか。解せない。


「魔王が陰謀を巡らせ、魔国以外の国を貧困に貶めている。これ常識ですよ」


 そんな常識聞いたことがない。


「それは嘘だろう。いくら魔王でもそこまで不可解な力は使えないぞ?」


 元魔王の俺が言うのだから間違いない。

 魔王にそんな摩訶不思議な力があるのなら、早々に他国は無くなっていて、魔国がこの世界を征服しているだろうに……。


「え~っ、嘘じゃないですよ~ぅ。あーそうか、魔国民のキールさんは、魔王の味方ですもんね。すいません悪口言ってしまったみたいで」

「いや、味方でも何でもないぞ。ただ魔王がそんな力を持っているなんて、見たことも聞いたこともないからな」


 元魔王本人が言うんだから間違いないぞ。


「そうなんですか? うーん、魔国の人が言うなら本当なんですかねぇ~……でも、どちらにしても私の目的は変わらないのですけどね。魔王キーリウスを倒すのが勇者である私の使命ですから」


 俺の名前を直接聞くとギクリとするな。


「あーそれなんだが、今の魔王は魔王キーリウスではなく、魔王ハーディだ。だから倒す相手は魔王ハーディだな」

「えっ? そうなんですか? いつから魔王ハーディという人に変わったんですか?」

「ああ、8年前だ」

「ということは魔王ハーディは魔王キーリウスを倒して魔王になったってことですか?」

「いや、多分違うと思うぞ」


 隠居したいから交替したなんて言えない。


「魔王キーリウスは寿命で死んだってことですかね?」

「いや~、詳しくは知らないが、死んではいないと思うぞ。たぶん……」


 死んでなんていないよー、目の前にいるのがその魔王キーリウスですよー。


「そうなんですか~」


 ミーリアはどこか納得できない表情で首を捻った。


「まあ、そんな話より、仕事に掛かろうか」

「あっ、はい!」


 他の四人も起きて来たので、仕事を指示し、しばらく俺達は畑仕事に勤しむのだった。



 しかしミーリアは元農民の娘だったというだけはある。

 手際もいいし、畑の事は何でも知っているようだ。ここで俺も8年も畑仕事をしているが、本職には敵わない。ここはこうした方がいいですよ、あそこの花は少し間引かないと美味しい作物は育ちませんよ、などと細かく教えてもらうこともたくさんあった。

 なにより楽しそうに畑仕事をするミーリアは、とても輝いて見えた。


「いやーここの土は痩せていなくて、いい作物が育ちそうですよね~」

「そうか? 素人の作った畑なんだがな、元々栄養のある土壌だったのだろう」

「そうみたいですね」


 ミーリアは荒らした畑を再度耕しながら納得していた。

 一人で畑仕事をしていても楽しかったが、こうして誰かと話しながら手を動かすのも悪くない。とても新鮮だ。


「ところでキールさんは、なんであんなに強いんですか?」

「強いか?」

「ええ、私なんかより何倍も強いと感じました」

「そうか……」


 まあ元魔王だから、それなりに強いかもしれないと自負はしているが、本物の勇者に面と向かってそんなこと言われると、なんかこそばゆいな。

 ミーリアの強さは直接見ていないからよく分からないが、何倍も強いというのは大袈裟な気もしないでもない。仮にも本物の勇者なのだから。

 確かにあの黒い猫みたいな奴から逃げてきたところを見るに、あの魔物には敵わなかったと判断したのだろうが、対人戦と魔物との闘いはまた別だ。


「キールさん。正直に答えて欲しいんですけど」

「なにをだ?」

「はい、私達で魔王ハーディを倒せると思いますか?」


 いきなり直截的な質問だな。

 ハーディとも何度も模擬戦などを行っている。年老いてからは力も落ちたが、全盛期の時はそれなりに勝負できたぐらいには強いといえるだろう。まあ、それでも俺の半分ぐらいの強さだろうが。


「うーん、君達の正確な強さが分からないから、何ともいえない」

「そうですか」


 俺の答えにミーリアは素直に頷いた。

 ただ、昨日の感じからしても、贔屓目に見てもハーディの方に分があると思う。今のミーリア達では多分勝てないだろう。

 ただ勇者には起死回生の魔王殺しの一撃がある。それをうまく利用できれば勝てなくもないが、力のある一撃だからこそ、その分隙も多い技だ。ハーディを回避できないまで消耗させなければ、その技は諸刃の剣となる。

 成功か死か、そんな危険を伴う技だ。


「それじゃあ、キールさんと魔王ハーディとではどちらが強いですか?」

「はあ……?」


 なんだ、どうしてそうなる? 俺をハーディと比較するのか?

 正直に答えたら、俺だと答えるしかないが、それはそれでまずい気がする。いや、まずいだろう。

 たんなる一般人が、魔王に勝てるという時点でおかしいからな。


「そ、それは魔王に決まっている、だろう?」

「そうなんですか?」

「た、たぶんそうだ」

「ふ~ん……」


 ミーリアはニコッと訳ありな表情で俺の目をじーっ、と覗き込む。まるで俺の心を読んでくるかのように。

 なんだその目は。そんな目で俺を見るな。

 俺はじりっと後退る。


「それじゃあ、キールさん。私達と模擬戦戦ってしてください」

「なんでそうなる!」

「だって、キールさんに勝てないようなら、私達は魔王に到底勝てないですよね?」

「うっ……」


 確かに俺がハーディに勝てないと言った以上、ミーリア達が俺に勝てなければハーディには到底勝てないことになる。

 ミーリアは昨日の出来事で、自分達よりも俺の方が何倍も強いだろうと理解しているようなのに、あえて模擬戦をする意味も分からない。


「でも、俺は一般人だ。勇者と模擬戦とはいえ戦う身分じゃない」

「そこを何とかお願いしますよぅ~」

「いや、どうしてそう闘いたがる?」

「だってキールさん凄く強いじゃないですか。そのキールさんに、今の私達が戦って、どの位の力量なのかを知りたいんです。魔国のごく普通の一般人に勝てないようなら、魔王に挑戦するのはまだ早いかもしれないですから」


 確かに。それは理に適った考え方だな。


「そうか……それなら少し手合わせしてやらんでもないが……」

「模擬戦してくれるんですか⁉」

「ああ、俺に二言はない」


 少し手を抜いて、あー負けちゃったよ~、でいいかな? 

 隠居の身だし、あまり関わりたくないのだが。


「やった! それともう一つお願いがあります。もしその模擬戦で私達がキールさんに勝ったら、仲間になって下さい」


 えっ? それってどういう理屈?

 まあ勝負で勝った方に何か要求するのは、当たり前のことだが。


「だって、キールさん絶対強いですもん。仲間になってくれたら百人力です!」

「いや、あの……」


 キラキラと瞳を輝かせて俺を見る。

 だからそんな『仲間になりたいんです!』みたいな目で俺を見るな。


「ち、ちなみに俺が勝ったらどうするんだ?」

「はい! 私達がキールさんの仲間になります! それと私を貰って下さい」

「……」


 なに? どういう意味だ? 結局は勝っても負けても仲間になるの決定ですか? 確かに景品が一つ増えているから、勝った方がお得感はあるけど、なんでミーリアを貰わなければならないんだ? そもそも貰うってどういう意味だ?


「なんでそうなるんだ⁉」

「だって、キールさんに勝てないようなら魔王に挑戦しても勝てないじゃないですか。だったらキールさんの仲間になって、ここで修行して少しでも強くなってから魔王に挑戦したいんです。それに私を貰ってというのは、どのみち魔王に挑戦して死んでしまうなら、ここにいる間は私をお嫁さんとしてキールさんの傍に置いて欲しいんです……ダメですか?」


 ミーリアは頬を染め、若干腰をくねらせて上目遣いで俺を見る。

 どーしてそうなる! なぜだ?


「なんでそうなるんだ? そもそも俺の意見は聞かないのか?」

「だって、今の私達では、私ぐらいしか賭けるものがないんです。ガングルとハルは恋仲で、魔王討伐が済んだら結婚しようと約束しているし、リーとサンも最近いい感じで付き合い出したし……私一人だけ独り身なんです……グスン」

「……」


 なんかダメそうなフラグ立ってるよ……。


「ダメダメ、それじゃあ模擬戦なんかできな──」

「──あれ、俺に二言はないんでしたよね?」

「うぐっ……」


 揚げ足取りやがるな……。

 先に言質を取って後から条件を追加するとは、うっかりさんのようでいて、なかなかしたたかな性格しているな。


「ダメですか?」


 また得意の上目遣いで俺を見る。凄く可愛い……。

 だがそんな条件で模擬戦するわけにもいかないだろう。


「あーもう、分かった分かった。俺は朝食の準備してくる。少ししたら来るんだぞ。それまでに考えて置く」

「はい、分かりました!」


 ミーリアは嬉しそうに頷いた。

 うーん、なぜかとんでもない条件を押し付けられそうだ。



 俺は朝食の準備に家に戻るのだった。

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