第5話

こうこうさんねんせいのおれはげんきですか。けんこうですか。かぜひいちゃだめだよ。たくおより。


大きな字でアホ丸出しの文章はあまりにも素っ気ない内容だった。美雪と壮も似たような内容だったらしく微妙な顔を見合わせる。手紙を書くにはだいぶ語彙力が足りていなかったようだ。まぁ5歳にとって17歳なんて遠い遠い未来の話でふわふわした幻想のようなものだったのだろう。だが17歳から見た5歳はどうだろう。俺は高校三年生のたっちゃんへ、を開けた。


高校三年生のたっちゃんへ

たっちゃんは元気でリーダーシップにあふれる子です。きっと高校でもみんなを引っ張っていってる事だと思います。進路で迷っているとこかもしれませんが、たっちゃんならきっとどんなことでも器用にこなしてしまうんだろうなぁ、と隣でジェンガを積み立てているたっちゃんを見ながら思っています。頑張ってね!たっちゃん大好きだよ!

牧野 凛より


俺をよく見ていてくれたんだろう。あの優しい瞳で。嬉しい、と思うのか。悲しい、と思うのか。どちらでもなかった。

俺は今まで牧野 凛がしてくれたことをたくさん思い出してきた。

でも、思い出せないのは、想い、だ。

俺はどんな瞳で牧野 凛を見つめていた?

俺はどんな顔を牧野 凛に向けていた?

俺はどんな、想いで──。


それを思い出さない限りこの手紙を読んで何かを感じることはないだろう。

思い出せる日がいつかくるのだろうか。

「…これは読んだあかんやんな。」

29歳の私へ、を持った美雪がつぶやいた。

「家族の人とかに…。」

「りんおねーちゃんの家族は引っ越したで。りんおねーちゃんが死んで、すぐ。」

「…じゃあ、どうすんねん。」

壮が黙り込みあたりが静まりかえる。

29歳の、牧野 凛。

本当ならここに居たのかもしれない。

暗くなった夜空には星がいくつも輝き始めていた。どうして人は死ぬんだろう、とぼんやり思った。


美雪を家まで送り壮と2人で夜道を歩く。

「…なぁ、牧野 凛が死んだっていつ知ったん。」

「…中学くらいやったかな。このおねーちゃん今何してるか知ってる?って母さんにしつこく聞いてん。そしたら、やっと話してくれた。」

「…へぇ…。」

「僕も最初から全部覚えてたわけちゃうねん。アルバム見返してたら徐々に思い出してた。タイムカプセルやってそう。公園で撮った写真、何故か僕とたっちゃんだけ土まみれやったから。」

「そうやったんや。」

それでも、偉いと思った。

こいつは想いをずっと大切にしていたのだ。

そういえば、思い出した。

「金木犀の花言葉って初恋なんだよ。」

牧野 凛が教えてくれたっけ。

初恋。

壮は12年間、金木犀に焦がれてきたのか。

「…あれでよかったんやんな。」

壮が、ポツリと言った。

初恋の下に4人の29歳への想いは開けずに仕舞うことにしたのだ。

「…さぁ、よぉわからんわ。また気になったら開けたらええんちゃう。」

俺は美雪と違って、別に開けてもいいと思っていた。だって29歳の牧野 凛は存在しないのだから。

「…たっちゃん。」

真面目な声で壮が切り出した。

「ん?」

「図書館の新聞、どこまで読んでたん。」

「え、どこって…無職の男が捕まった記事やけど。」

「…あの記事はさ、犯人が見つかった記事やん。」

「…?当たり前やろ。」

「でも、その2日前はりんおねーちゃんが行方不明になった、って記事が出てるねん。」

「あ、そうなんや。」

話がまったく見えなかった。

壮は何が言いたいんだ?

顔を見るも暗くてよく見えなかった。

闇の中、壮の声だけが耳に響いた。

「…当初は自殺が疑われててん。」


どこかで、たんぽぽの香りがした。


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