第三幕

Episode 4 最強堕天使の野望を阻止せよ

(1)地震です、魔王さま

 空を飛んでみたい。召喚勇者ロンリーはちょっとした好奇心からデビーにそう打ち明けた。デビーは普段は人型――少女悪魔の姿をしているが、火の鳥・フェネクスなので空を飛ぶのは朝飯前だ。


「いいよ。あんた足で掴んで飛んでみればいいんでしょ」

「うん」


 嬉しそうに笑顔を見せたロンリーだったが、いざ数メートル上昇した時点で、早くも後悔した。首根っこをデビーのかぎ爪に掴まれるのは嫌ではなかったのだが、ものすごく不安定でぐらぐらと揺れる。


「あ、あのさ。もっと慎重に飛んでもらえると――」

 嬉しいんだけど、という言葉は風に掻き消える。

「おらおらおらぁ。飛びます、飛びますっ」


 デビーはすさまじい速度で飛行した。ロンリーは目を開けていることが困難になり、ぎゅっとまぶたを閉じていたのだが、風圧が強すぎるためか勝手に口やまぶたが開きドライアイ&ドライマウス状態になる。


「あわわわわ」

「まだまだ行くぜーっ」


 魔界の上空、火の鳥がまるで彗星のように流れては動いていく。悪魔たちはいったい何事だと見上げるのだが、すぐにデビー殿だと気づいて、ほっと息をつくのだった。


「今日も魔界は平和だな」

「左様でございますね、魔王さま」


 魔王と宰相は、そんな和やかな二人の飛行を眺めては笑顔を見せた。魔界存亡の危機から早二か月。伝説の魔王復帰により、増えすぎていた大勇者・勇者たちは討伐され、ささやかな存在として邪魔にならない程度の人数になった。


 圧迫されていた魔界の財政も順調に回復して、悪魔たちには健康的な笑顔が浮かぶようになり、人間たちとの交流も健全なものへとかわって、魔界はかつての威光を取り戻し始めている。


 そんなある日。


 ガタガタガタ。

 地面が揺れた。


 魔王はお気に入りのホノリウスの間で優雅なティータイムを楽しんでいたところだった。部屋にはデビーとロンリー、それに給仕をかって出た宰相の姿がある。白い丸テーブルには見事な冥府焼きのカップと小皿が並び、三段のケーキスタンドには料理長が愛情込めて作ったスコーンやバターケーキが盛り付けてある。


 そのケーキスタンドが振動で横に倒れた。テーブルだけでなく、床にもスコーンやケーキが転がり、カップの中にあった魔紅茶もこぼれる。


「なんだ、地震っ」


 ロンリーが声をあげる。彼は、テーブルの下に潜り込もうかとどうしようかと周りに目をやるが、そのうちに振動はぴたりと止まった。


「避難、外に避難しよう。これが本震とは限らないぞ」


 ロンリーは立ち上がり、横にいるデビーを見る。真っ赤な髪をした小悪魔は、イスに座ったまま、転がったケーキに恨めしそうな視線を向けていた。


「デビー、まだ食べてなかったのに」

「そんなこと言ってる場合じゃないって。ここって耐震基準甘そうじゃないか。いかにも古びた城だし。また揺れる前に逃げよう」


「ロンリー殿、万魔城パンデモニウムは伝統ある王宮ですぞ。古びたなどと、安易な表現はしていただきたくない」


「いや……でも」


 にらみつけてくる宰相にたじろいだロンリーは、助けを求めるように魔王の顔をうかがう。魔王は振動のあいだ中も身動きせず、驚いた様子も見せなかったのだが、その顔には険しさがあって、ロンリーは言葉に詰まってしまった。


「宰相、感じないか」


 魔王が低い声で言う。ロンリーの言葉にぷりぷりしていた宰相ルキフゲ・ロフォカレは、その声にさっと表情を変えると、わずかな瞬間の間のあとに顔をこわばらせた。


「まさか……」

 彼は魔王と顔を見合わせる。魔王はゆっくりとだが大きくうなずいた。

「どうやら、魔界の平和を乱す奴がいるようだな」


 いや、魔界だけでなく世界全体か。

 そう言って、魔王は不敵に微笑んだのだった。

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