(6)仲を引き裂く悪魔と取り持つ悪魔

「あそこに鹿がいるだろう」

 魔王が指さすと、人間たちは素直にそちらに顔を向ける。

「あれがフルフルだ。おい、フルフル。エデンにまで顔を出すとは、お前、根性あるんだな」


 声をかけられた鹿はぶんぶんと首を振る。


「違うんです、魔王さま。この女が」と、痴女勇者を蹄で示す。

「ぼくを連れ回すんです。おかげでこんな場所まで来ちゃって、肌がピリピリして痛いんです」


 フルフルは魔王に近づくと、潤んだ大きな瞳で見上げてくる。魔王はよしよしと頭を撫でてやった。


「だろうな。この勇者の男好きは異常だからな。お前を無意識だろうが捕まえていて能力を使用しているらしい」


 フルフルは本来荒々しい性格で、男女の仲を引き裂いて回る悪魔なのだが、すっかり生気を吸われたような顔をしている。毛並みはパサパサしているし、見事な羽があるはずの背には、ボロボロの骨組みだけのようなものしか残っていない。


「お前の力も弱っているようだしな。シトリーを呼んで、まずはアダムとエバの仲を回復させようか」


 魔王はそう言うと、ふうと息を吐き出して目を閉じた。

 それから気持ちを落ち着けると、目を開け、一点を見つめる。


「シラース・エタナール・ブサナール。来るのだ、シトリー」

 ぶわっと風が吹いたかと思うと、悪魔はすぐに現れた。

「お久しゅうございます、魔王さま」


 シトリーは優美な白猫の姿をしている。猫といっても体は大きく、獅子ほどはあるので、人間たちは驚いて身を寄せ合った。


「な、なに。わたしたちを食べるんじゃないでしょうね」

 エバが怯えると、アダムが両方の女に腕を回して強く抱き寄せる。

「やだ、超怖いぃ」と言ったのはジャンヌで、彼女はぐりぐりとアダムにすり寄る。エバの目がそれを見てキランと光るが、何も言わない。


「それでも勇者かよ」

 魔王はアダムにすり寄る痴女勇者に思わず突っ込む。

「まあ、いいさ。貴様は今回の件で勇者資格は剥奪決定だからな」

「え、うそうそ。やだーん」


 わんわん泣き出す(ウソ泣き)ジャンヌを無視して、魔王はシトリーに命じた。


「アダムに憑りついて、エバとの仲を取り持ってくれ。そうすることでフルフルもあの痴女勇者から解放されるはずだ」


「承知いたしました、魔王さま」


 シトリーは優雅に頭を下げると怯えるアダムに顔を向ける。


「目を見よ。我はシトリー。そなたの妻は誰だ。リリスかエバか、はたまたジャンヌなのか。望みは誰だ」


 固まっていたアダムの顔に恍惚の表情が浮かぶ。目はとろんとして、口はだらしなく開いた。


「リリス……」とアダムが言う。エバがビンタを今にもぶち込もうとした瞬間、アダムは言葉を継いだ。


「……あの子は悪魔になった。そのあとにエバが生まれた」

「そう、お前が望んだのだ。話し相手が欲しいと」

「そうだった。エバ……、エバはどこだ」


 アダムのあっていなかった焦点が元に戻り始める。二度目を瞬かせると、エバのほうに顔を向けた。それからにこりと笑う。


「やあ、エバ。リンゴは食べちゃダメなんだよ」

「アダムぅ」


 抱き合う二人。ぽいと放り出された痴女勇者ことジャンヌは、唖然としてその光景に目をやる。


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