(4)エデンに到着なのです、魔王さま

「さぁて、到着ぅ」

 ごきげんなガブリエルの声がエデンの園に響く。

「ウッキー、転移で酔ったわけ? 顔暗いぞって、なんであんたいんのよー」


 転移にも個性がある。魔王が使う転移は素早く、的確で一瞬。ミカエルの場合は、ぬるっとした艶めかしいじれったさがあるが到着時に衝撃が少ないのが特徴。ガブリエルはというと、荒波を越える小舟のように揺れる。


「うぅ」吐き気を押さえていた魔王だったが、ガブリエルの「あんた」の言葉に、慌てて目を上げた。嫌な予感がしたのだ。しかし、指さすほうを見れば、金髪の美丈夫ではなく、旅人の格好をした少年がいた。


 旅人の格好といっても、杖と水筒という簡単なもので、ほっそりとした体が身に付けている服は地味だが上等そうではあった。ガブリエルの声に、背を向けていた少年はくるりと振り返る。


 顎の位置で切りそろえられたこげ茶色の髪がふわりと広がる。陽に焼けた肌は健康的で、好奇心に満ちた素直そうな黄金の瞳が美しい。


「おや、ガブリエルさんとウリエルさんじゃないですか」


 四大天使のひとり、ラファエルは笑顔を見せる。

 魔王は久しぶりに呼ばれた名前にどこか緊張してしまった。


「魔王と呼んでくれ。そのほうが落ち着くんだ」

「そうですか」ラファエルは眉をしかめた。

「でも……」と何か言葉を続けようとしたのだが、彼は首を振り、肩をすくめる。


「ねぇ、なんでラフちんがいるのよ。もしかして……」

 げげっと慌て顔をするガブリエル。ラファエルは苦笑した。

「そのもしかして、ですね。人間たちから苦情が来ているんですよ」


「く、苦情って……」

 ガブリエルは頬に手を当てて顔をしかめる。

「そうですよ、あなたが任命した勇者の不祥事ですよ。なぜ、あのような人を任命したのです。すでに五つの夫婦を不仲にし、三つの婚約をぶち壊し、十のカップルを別れさせるだけでなく、殺傷事件まで引き起こしているんですよ」


「ううっ」ガブリエルは顔を両手で覆うとうめいた。

「だって、あたし、女の子の勇者を増やしたかったのよぅ」


「だからって、人は選んでくださいよ。あんな人間サキュバスのような娘を選んで、どういう勇者になることを望んでたんですか」


「だって、かわいいかなって思ったんだもん」


 ずけずけと指摘してくるラファエルにガブリエルはついに開き直り始める。むぅと膨れたかと思うと、ずいと前に踏み出して、ラファエルを真上から見下ろす。


「いいじゃん。あたしだってマズいと思って、こうしてウッキー連れてきたんだから。やいやい偉そうに言わないでくれる。今からビシッと解決するんだから。ねっ、ウッキー」


 ねって言われても。魔王は苦笑する。


「なんだか分らんが、勇者は討伐しよう。どこにいるんだ。さっさと終わらせて、魔界に帰りたい」


「すっかり魔王が板に付いちゃってますね」

 笑うラファエルに魔王はまたまた苦笑する。

「再任するとは思わなかったけどな」


「ほらほら、世間話してる場合じゃないわよ。いそいで問題解決しなくっちゃ」


 はりきってエデンの園の奥へと進んで行くガブリエル。

 二人は顔を見合わせると、同じような大きなため息をついたのだった。

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