(9)勇者殿はお年頃

「なんだそれは?」


 前王が魔王在任中も数は少ないが他世界からやって来たと話す勇者はいた。

 けれど、魔王を倒せば元いた世界に戻れるという話は聞いたことがなかった。


「本当にそんな噂が広まっているのか」

「はい」と宰相。

「されど、その噂、眉唾ものだったようですね。現に大勇者となられた後も、そのお方は魔界に留まっておいでですから」


 いつも超然としている宰相には珍しく、彼はふうと大きなため息をつく。


「大変だったのですよ。そちらにいらっしゃる勇者殿はなかなか野蛮でしてね。万魔城パンデモニウムの魔王の間にて、現王を討伐なさったあとも、しばらく騒いでおいででした。母国に帰還できないことに納得がいかなかったのか、突然奇声を上げたかと思うと、城中で暴れまわり、あげくには火をつけてやると脅してきたのです」


「なんと、万魔城パンデモニウムに火を!」


「そうです。恐ろしゅうございましょう。さらには、どこからか伝説の魔王さまの存在をお知りになったらしく、居場所はどこだと役所に押し入り、住民票を管理している悪魔を捕まえたかと思うと、聖剣を使って拷問をしようとするではありませんか。かわいそうに、まだ若い悪魔だったものですから、すっかり怯えてしまい、ついには口を割ってしまったのです」


 ですから、こうしてあなた様の隠居場所にまで、大勇者殿が押し掛ける事態となってしまいました。そう言って、宰相は頭を下げる。


「気にすることはない。わたしの居住場所は、すでに魔界では多くの者が知っていることだ。情報をもらしたからといって、そう気に病むことはない。咎めたりはせんよ」


「寛大なお言葉。担当した悪魔たちにも、そう伝えましょう」


「しかし、その話を聞けば、ずいぶん骨のある勇者に思えるが。ここに来ているのは棒人間のような少年だぞ。たしかに同人物なのか」


 壁にへばりつき、威勢だけはいい大勇者に視線をやる。

 目が合うたびに剣に手はやるものの、いっこうに斬りかかってくる気配はない。


「それは照れておるのですよ」


 前王が首を傾げていると、宰相が半笑いの顔で言った。


「男性型の悪魔には容赦ないのですがね、女性型、特に美女型や少女型を相手取るときは挙動がおかしくなるのです。声は荒げますが、その程度。剣を抜こうともしませんよ」


 なにか思い出したのか、宰相であるルキフゲ・ロフォカレはこらえきれずに、ぶふっと吹き出した。年頃の少年ということか。前王は苦笑する。

 

「おい、大勇者殿。それとも召喚勇者、いやロンリー勇者とでも呼ぼうか。お前は伝説の魔王を探しているのだったな」


 前王が声をかけると、歯ぎしりして怒りをこらえていた少年は、キッと目を吊り上げて叫んだ。


「そうだとずっと言ってるだろ。さっさと伝説の魔王を出せ。ぶった切ってやる」

「おい、ロンリー。無礼にも程があるぞ。まずはデビーが相手だ」


 すちゃっと構えの姿勢をとるデビー。

 ぶわりと深紅の髪が膨らんで広がる。本気モードが近い証拠だ。


「やめろ、デビー。家の中で火を噴くつもりか。火事になるではないか」

 前王が制すると、揺れ広がっていたデビーの髪がすっと元に戻る。

「はいです、魔王さま。でも、こいつがムカつくのです」


 指をさして恨みがましい目をするデビー。

 指された方の勇者は、反射的に剣に手はやるが、案の定、抜こうとはしない。

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