第9話 天秤座のエクレツェア、アンドロメダ座のエクレツェア

「太一の捜索は随時進めるが、お前にはそれが終わるまで弟子として仕事もしてもらうからな。ま、無茶は言わない。今日はまずトレーニング施設の紹介からだ、アキに連れていってもらえ」


 よしきがアキに太一とマリを任せてその場にとどまりながら光の粒子を動かす。キシヨを探しているのだ。

 アキはまた髪の毛を揺らしながら太一とマリを手招いた。


「こっちへ来い」


 そうやって粒子をかき分けて部屋を出ると、これまたSFでしか見たことのないような科学的な装置が並ぶ綺麗な部屋に出た。

 奥には見慣れない時でトレーニングルームへの道標があった。

 アキはその隣の背もたれのない丸椅子に座ると、ぞんざいに机の上を漁り、音叉のくっついた機械を取り出す。


「太一、こっちだ」


 またしても指で手招きすると、彼の腕を掴み、彼の武器である腕時計型の兵器『フィガー』を手繰り寄せる。


「いったい何をするんだ?」

「まあ見てろ」


 太一の疑問にあきは行動で答えた。

 リーンと音叉を鳴らしてフィガーに押し当てる。すると反響して隣のモニターに音波が観測される。最初は不協和音を奏でていたが、それはギターをチューニングするように調和し、一つの音程になった。

 あきが自慢げに、


「私のチューニング技術はこの国一番だ。ベストコンディションにしてやったから、フィガーの扱いには気をつけろ。軽くあつかっただけで家一軒は消し飛ばせるからな」


 マリはその突拍子もない破壊力に驚く。


「待ってください! その兵器はそんなに威力があるのですか?」

 あきは済まして、

「知らなかったのか? 使いこなせば惑星くらい簡単に壊せるぞ」

 太一も混乱気味だ。確か、ジークがいっていた時は山一つ消し飛ばせる威力だったはず。どうもエクレツェアに来てからというもの、スケールの桁が変わった。

「では、トレーンングルームに案内しようか」

 アキが彼らを連れて部屋の奥へと進んだ。



 必要最小限の照明で照らされた、まるで宇宙船のハッチのような通路を抜けると、目の前に高原が広がった。


「は? ここ建物の中だよな?」


 太一がそう言って辺りを見渡す。

 マリは急な開放感にあたりを楽しそうに走り始めた。


「楽しいわね、こんなに広い場所見たことない」


 彼女の言う通り、漫画でもここまで広い高原と地平線は見たことがない。広さだけで言うのならば、浜辺から海を一望した時のようだ。

 こんな場所が建物の中にあるはずがない。

 アキは先に進んで、


「詳しい話はしないが、あの通路を隔てて別世界へとつながっている。ここなら惑星一つ消しとばしてもまだまだあるからな」


 太一は準備体操をしながらアキに尋ねた。


「よしきは俺に修行をつけると言っていたいが、今回は紹介だけか?」

「いいや、きちんとよしきが修行をつける。いや、よしきたちかな?」


 よしきが複数? そう思った時、足音が近づいてきた。

 一人は重厚感のあると音で、もう一人はまるで草原の上をそよぐ風のようだった。

 アキが彼らを紹介する。


「彼らがよしきの兄弟。天秤座のエクレツェア・ブロックとアンドロメダ座のエクレツェア・リョアンだ」


 マリは双眸を見開いた。


 ブロックは全身を革製の服で身を仕上げ、止めにサングラスをかけた、長身のいかつい男。

 リョアンは方まであるオレンジ色の髪の毛を風になびかせるラフなポロシャツ姿の男。彼はアキに負けないほどやけに長身だ。


 しかし、ブロックは30代、リョアンは20代。彼らの身長はよしきより高いはずなのだが、よしきに瓜二つなのがうかがえた。黒い装飾がうるさくない分スマートにも見える。


 マリがアキを見て、

「兄弟ですか?」

「たぶんね」

 するとその流れであきが太一に尋ねた。

「早く行かなくていいのかい? そろそろ腕輪が爆発する頃だと思うんだが」

「え?」


『時限爆弾発動・あと2分で爆発します』


「何!」太一がフィガーからの音声にたじろぐ「どうなってるんだ!」

 アキは爽やかな笑顔で、

「さっき爆弾を仕掛けておいたよ。そうでもしないと命がけで戦わないだろうからね。爆弾の解除方法は彼らのどちらかにフィガーで触れること。簡単だろ?」

「そんな爽やかに言うことじゃ……!」

 マリもうろたえて、アキに迫る。

「今すぐやめてください!」

 すると彼は彼女に囁いた。

「まあ見てなって、かっこいいところが観れると思うよ?」


「くそ! こんなことで死んでたまるか!」

 太一は一目散にブロックとリョアンに向かって走って行った。フィガーを前に出して彼らの体に押し当てに行く。

「おぉおりゃあああ!」

 雄叫びと共に突貫したが、ブロックとリョアンは体を半身にして二人の間を通すように太一を避けてしまった。

 ブロックは鼻で笑って、

「お? なんだなんだ? 黒数珠繋ぎを攻略したと思ったらその程度の動きなのか?」

 リョアンもえらく笑い上戸で、

「ハハハハハ! 血相書いてる笑笑!」

 太一は振り返るとまたしても雄叫びをあげて突貫した。

「おぉおおおおおお!」

 ブロックに向かってフィガーで殴ろうとするが三回とも躱されると、次はリョアンに向かって蹴りも交えた誘導でフィガーを押し当てようとする。

 しかし、体をそらすまでもなく後ずさって避けられた。


『あと、1分です』


 リミットは近付いている。

 太一は慌てふためきながらも手段を顧みずフィガーを発動させた。


「オメガバースト!」


 彼の背中から瞬く間にジェットエンジンが生え、あたりに粉塵を舞い上げながらブロックの元へ急接近した。

 すると、今までの『オメガバースト』よりも格段に早く、初速からマッハで旋回する。そのままブロックの体にフィガーを押し当てようとした。

 しかし、ブロックはそれもまた素早くいなした。そこから合気道の要領で太一を一回転させる。

 だが、太一も受け身を取るようにエンジンを吹かせて背中を彼に押し当てた。そして器用にフィガーをぶつけようとする。

 ブロックはその前に彼の肩を両手で殴りつけ床に叩きつけるが、またしても太一がエンジンの点火により態勢を立て直し蹴りを食らわせる。

 フィガーの威力をまとったそれはブロックを中に突き飛ばした、それでも彼は宙でピンピンしている。

 そこからの追い打ちで飛び上がると、腕を振り回しフィガーを当てようとする。ブロックはその射程内から離れて様子を伺っていたが、それが太一の誘導だった。

 フィガーを押し当てるという最終目標を囮にして、彼は拳銃を発砲。それは躱されたが、肩を狙った躱されるための攻撃だ。

 うまく左に誘導すると、ジェットエンジンを器用に動かし、さらには『バーストアップ』まで身にまとうと、不意打ち的な速度で彼の胸元までフィガーを接近させることに成功した。

 その時、懐まで入られた彼がイラつく。


「ちぃ、甘いんだよ」


 ぶぉん、っと重厚感のあるものが空気を切って振り抜かれる。それはブロックの足だ。重みのある靴に加え、ハリのある革製のズボンが太鼓のように音を立てる。

 それも音に気がついた時には太一は3メートルほど吹き飛ばされ、フィガーのジェットエンジンも鉄球にぶち当たったかのように大破していた。


「太一!」マリがあまりの強打に叫ぶ。

「大丈夫」アキが彼女の両肩に手を置き安心させる。


 太一は無残にも高原に崩れ落ち、フィガーのジェットエンジンもその場で消え去ってしまった。

 ブロックは足を地面にこすりつける。

「ちぃ、雑魚が。そんなんでくたばるんじゃねぇよ」

 だが、リョアンが妙に笑っていたその時だ。


『時限爆弾を解除しました』


● だろうね。そうだと思ったよ。

 リョアンも馬鹿笑いして、

「ハハハハハハ! 解除されてやんのwwwwー!」

 ブロックも少しだけ見直したようだ。

 マリがアキから離れて太一に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「はい、なんとか」


 アキは遠くから嬉しそうに、

「わかったかい? それがフィガーの本来の力だ。試しに使えてよかったね」

 リョアンが笑いながら、

「ハハハハハ、あれ? アキ、彼はフィガーを禁止されてなかったっけ? 使えるようにする意味あるの?」

「使えるものは全部使えってやつだよ。僕自身フィガーはもっと使うべきだと思ってるからね」

 すると、ブロックが着地と同時に地面に足を偉そうに踏み込んだ。

 ゴリゴリと地鳴りを起こして、サングラスをかけ直す。

「おいおい、この程度で終わりじゃないだろうな? こっちは燃えてきたぞ」

 彼の声に呼応して太一も立ち上がると、

「ああ、これからが本番だ。こっちもマジで行くかなら」

 マリもこの時ばかりは男のアホさ加減に呆れていたのだった。

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