第16話 式場逃亡劇

 大広間の祭壇前ではアカリがキシヨに興奮しながら男と男の恋愛について語っていた。


「むふふふ……しかし譲れんのじゃ! 私は絶対にお前んとこのツノの男と紳士服のやつは『ヘタレ攻め』と『わんこ受け』じゃと思う。私の長年の感がそう告げておる」

「鋭いな、だがあいつらは以外と『女装攻め』の『ヘタレ受け』が似合うかもしれないぞ?」

「ぬはぁ! 紳士じゃない方が女装するのか! しかもヘタレて! それははかどる!」

● なにがはかどるんだ。

「俺はマリ様に『攻め』かと思いきや『可愛い攻め』か! と言われたことがあったぞ」

「なぬ! そちの言う皇族もなかなかのものじゃのう。じゃが、まさか男とこのような話ができるとは思わなんだ」

「はははは、マリ様を一ヶ月もお守りした俺に語れぬボーイズラブはない。もしかして、文房具と文房具で恋愛させて妄想する口か?」

「当たり前じゃ! 筆や消しゴムだけに飽きたらず武器、防具、なんなら親指と小指までカップリング経験アリじゃ!」

「すまん、気持ち悪くなってきた。おぇえ」

「自分から話出しておいて吐くでないわ!」

「おうっぷ、さすがだ、それでこそ自称結婚できない女」


 キシヨの言葉にアカリは口を歪めるが、事実なので受け流した。

 そばにあった小さな冷蔵庫の中からどういうわけか入っていた常温保存の緑茶をと急須、湯飲み、湯沸かし機を取り出してくつろぐ。

 そして暇になった二人はBL談義で盛り上がっていた。だが、キシヨには一つ気になったことがある。


「筆記用具で思い出したが、勉強とかどうしてるんだ?」

 アカリは緑茶の苦味を噛み締めながら、

「ふぬぅ、けったいなことを聞きよる。妾は勉強が嫌いではなかったが、他の人間よりは詰め込まれただろうな。それがどうした?」

「いや、マリ様もそうだったから。つい」

「ふふ、貴様さっきからそのマリとやらの話ばかりだな。私の夫になろうというものが、浮ついた話じゃ」

「結婚する気あるのか?」

「妾も覚悟を決めた。いっちょやってみることにする。まあ、そんなことより用は接吻。これができれば妾の皇位継承は完了じゃ」

「それで俺は死ぬと?」


 アカリはくすくすと笑って、


「妾も好きでもない人間を犠牲にするのは実に心苦しいが、強制されてみると以外とすんなり落ち着くものじゃ。妾はお主が死んでも全く困らんぞ」

「はっ倒すぞおめぇ」


 キシヨは真顔で言う。

 しかし、アカリがあっさりと結婚を口にして見せたのに驚いた。命の危機に実感を持ったキシヨは急に切羽詰まったように、


「——俺は結婚もキスも勘弁だぞ! そのためにここに来たんじゃないからな!」

「意気地なしじゃのう」


 男気すら感じるアカリにキシヨは己を少し責める。しかし、それならさらに疑問が出てくる。


「なんで始めっからそうしなかった? なら俺もこんな目に合わずに済んだだろうに」

「おぬしがBLを語れたからじゃ。それで吹っ切れたわい」

● そう呟いたアカリはどこかっこよく見えた。

「いや、かっこよくはない」


 キシヨの言った意味がわからないが、アカリはとりあえず緑茶をすすった。

 会話が滞る。すると、キシヨは男としてはなんとかしなくはと思い、


「なあ、よくよく考えればお前がエクレツェアに避難すれば命を狙われることにはならなかったんじゃないか?」

「何を申す。妾がこの世界を離れればそれこそ失権ものじゃ。皇帝は逃げ腰ではならん。もし逃げようものなら、すぐさま側用人のお鷹の胸に斬り殺されるじゃろうな」


 キシヨはため息をつく。思ってみればよしきとあってからというもの、なんだか考えが浅いような気がする。自分の器を実感していた。

 それが妙に悔しく、遣る瀬なくなる。これもまた彼の悪いくせだ。くだらないことをうじうじ考えると、急に責任感にかられてしまうのだから。


「よし、マリ様を助けに行く」

「なに? 話を聞いておったのか? おぬしはこの国で妾の夫として最期を迎えるのじゃ」

「悪いな、気が変わった」


 キシヨは障壁との力比べを再開した。


「これ以上、振り回されっぱなしはごめんだ!」

「やめておけ、お鷹の胸の障壁は簡単には壊れん」

「ヌヌヌヌヌゥフヌヌヌヌ!」

「強情なやつじゃ」

「うらあああああああああああ!」

「うるさいのう、わかったわい。障壁を消せばいいんじゃろ?」


 アカリは面倒くさそうに障壁へと手を伸ばした。


「従え」

「だああああああ!」

「あほめ」


 手が触れて声がかかると、障壁が放電して消えた。

 力を込めて押していたキシヨも思わず前のめって顔を擦りむく。


「ありがとう、これでマリ様を助けに」

「何か勘違いしておらんか? 妾は結婚せねばならんのじゃ。それは変わらん」


 すると。アカリは白無垢をまといながらキシヨに手を伸ばした。それはまるで、能でみたような臨戦態勢。


「もし、妾を倒せたらそのマリとやらを助けにいかせてやろう。だがもし、おぬしが妾に負けたのなら、結婚してもらうぞ」

「何を言い出すかと思ったらそんなことか、皇帝の継承者はそんなに強いのか?」

「モチのロンじゃ」

「いいだろう。受けて立ってやる」


 キシヨはそう言って銃を構えた。彼の持ち出した飛び道具にアカリも後ずさる。それをいいことにキシヨは距離をジリジリと詰めていった。


 2センチ、3センチ、足袋を床に擦り付けながら前に進む。指先に力を込めて、いつでも発泡できるように心がけていた。


 いち、にの、さん。


「戦ってられるカバーか!」

「なぬ!」


 キシヨは一目散にで口へと向かう。アカリも動揺したままで追ってすら来ない。


「このまま逃げてマリ様を助けにいかないと!」

「えらいなめられたものじゃのお」


 キシヨが扉に手をかけそうになった時、室内に風が吹いた。彼の右脇腹を見るとアカリの姿が。


「遅すぎるわい」


 アカリがあった一拍置いた次の瞬間には駆け抜けていたキシヨに追いついていた。勢いをそのまま利用して、キシヨの顔を思いっきりける。

 不意のことにキシヨが吹き飛んだ。すかさず受身を取って態勢を立て直す。


「ますますありえねぇな異世界ってのは」

「自ら望んできたのではなかったのか?」

「そのとおりだ、だからちょっと本気出すぜ」


 キシヨは発泡した。それはアカリを外れて扉に突き刺さったが、当たらぬ弾丸に彼女は眉一つ動かさない。

 それでもキシヨは突っ込んだ。フィガーでジェットエンジンを生やす。広い式場を縦横無尽に旋回しながら、アカリに向かって銃を撃ち続けた。


「なるほど、そういうことじゃったか」


 弾丸はアカリをそれて床や壁に突っ込むが、それはアカリがキシヨを追いかければ同じようん命中するということだ。

 そして、キシヨは別の扉の前に。


「今度こそ!」

「ご苦労じゃった」

「ブハァ!」


 またアカリが接近して彼の顔面を蹴りとばした。さすがに鼻血もたれる。

 キシヨはさすがに疑問を持った。


「おい、お前50メートルそう難病で走れる?」

「2秒68」


 アカリがさっきいた場所から今の扉まで約25メートル。つまり1秒3くらいの時間で追いついたわけだ。


「強敵だな」

「妾もいい運動になっていいぞ。今度はおぬしも本気を出せ」

「もう出してるっつーの!」


 それでも、交戦を続けるのだった。

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