詠嘆のエクレツェア

天瀬

和帝結婚式闘争編1幕 極東の国

第1話 それは最高に面白い物語じゃないか

『そして、青年二人は強敵グレンシア帝国に立ち向かうのでした』








「君はまた懲りずにこんな物語を書いてきたのか」


 僕の書斎はおっきいのさ、精巧な機の木目が冷たくて気持ちい。触っているだけでワクワクするね。壁は全面紺色の神聖な館。くらい雰囲気は創作意欲を高めるのさね。

 棚にはトランペットがあって、たまに訳もなく拭くのだが、それで優勝したことがあった。トロフィー入れのてっぺんに、過去の記憶として飾っている。

 でも、一番のお気に入りはこの扉のドアノブさ。銀色でよく見ればどこにもあるトイレについてる安いやつだけど、遠くで、細めで、見てごらん? 僕の背中にある窓から綺麗に差し込んだ夕日が反射して、隠し扉の金庫を照らすのさ。ここには、僕が小説家だった頃の夢が詰まっている。

 つまり、僕は宝箱の中で作業をしている訳さね。こんな場所でもない限り僕はこんな語り部をしない。

 後ろの小窓から見える月が、夜の時間をさらに深め、おねむりなさいと囁く。こんな優しい時間が僕にも必要だ。


 だが別に、この空間で独り言を垂れるくらい寂しくはないさ。客が来ているのだ。


「理解に苦しむよ全く。いいから読めだって? 威勢のいいことだ」


 ああ、そうだよ。もう一回きちんと言うとね、呼ばれもしないお客さんがやってきたのさ。

 客の男は僕と腐れ縁の経験上もっとも面倒な男。全身真っ黒で装飾がこの上なくうるさい姿は、見ていて変人だ、正直。まあ、そんな僕もダークファンタジーの主役級のおどろおどろしい格好だがね。

 彼は『エクレツェア』という異世界からやってきた僕の常連さんだ。エクレツェアは僕の知る限りもっとも楽しい世界だよ。いろんな世界とつながって、力を蓄える事が、彼らの目的らしい。

 その方法は実に平和的で、端的に言えば健全なビジネスだ。まあ、そのビジネスに、腐れ縁の僕が何回か噛ませてもらったのは言うまでもない。

 そういう僕もエクレツェアに住んでいたんだよ。人は我々をエクレツェアの民という。

 その民の中でも彼は詠嘆のエクレツェアという異名を持っていて、姿はともかく異世界最強らしい。僕の知る限りでは最強だ。まぁ、そんな僕もダークファンタジーの主役級のおどろおどろしい格好だがね。

 そんな彼が描いた物語を見せに来たんだ。目的はもちろん、その世界を創造するためさね。僕という仕事はそういう仕事だ。

 しかし、こんな天気のいい夜に訪ねてくるとは、僕がお月見を趣味にしている事を知らないのかね?

 と、綴るものの。この男に文句をたれても、100倍くらいにして返されそうなので、カスとか、バカとか、おっばけや〜しき〜とかは言わない。


「なになに? グレンシア『フィガー』、『核融合兵器』を使いました? 原理、全部書いてあるし、こんな世界を作れるわけないだろ!」


 フィガーって言えばたしか夢を現実にするあの機械だよね? 核融合兵器は核融合システムを小さな玉に閉じ込めて、コテとかにはめるヤツだろ? こんなもの引き摺り出されちゃ、たまったものじゃない。

 正直言って仰天さね。物語を書く人間に、こんなことは言いたくないけどさ、厚さだけでも百科事典かと思ったよ。開いても技術書だし。

 このグレンシアって国もどこかで聞いた事があるね。でも、まだピンとこないかな。


「だが、読み始めて引き返すのは無礼だね。あくまでも仕事だ、一通りは目を通すよ」


 僕がページをめくるたびに、詠嘆のエクレツェアは目を輝かせた。

 あはははは、そんなに目を光らせてワクワクしてるの君を久しぶりに見たよ。帝国劇団で主演やってそうだね、帝国劇団なんてあるのか知らないけど。


 すると、数ページで僕は手を止めた。やっぱりだ、グレンシアってあのグレンシアだった。


「このグレンシアはあの名高い『侵略国家』かね? 待て待て待て! 自分で作った世界を侵略させるつもりか!? 頭おかしいのか君は!? そんなことしてややこしくなっても知らないよ!?」


 僕は思わずひょうきんな顔になってしまったよ。グレンシアって言ったら、異世界を侵略して、自分の世界のエネルギーにしちゃう事で有名な悪い奴らじゃないか。

 たしか、今朝の新聞にも載っていたよ。『グレンシアは異世界規模のバキュームカーだ』ってね。

 なにそのリアル脱出ゲームが有名なアニメ作品とコラボしたみたいな状況は。思わず机叩いたよ。触って気持ち位机も叩くと痛いよさすがに。バンバンバン。

 まだ指摘はあるよ。


「それにこの物語の主人公はかなり悲惨な過去を歩んでいるね? それくらい、当人ならわかっているとは思うが、いいかね? 人の過去を残酷なものにするとその人物の人生を大きく狂わす」


 そうなんだよ、僕たちの仕事をわかっているのかい? 人の人生がかかっているんだよ? きちんと聞きなよ? もっと丁寧に言ってあげる。


「一歩間違えばこの主人公の人生は破綻するよ? それが、我々エクレツェアの民にとって、どれほど危険なことか。特にこの最後の主人公が親友を失うシーンは酷すぎるよ。グレンシアに打ち勝っているようだが、それとこれとは話が別さね」


 なんだか読んでいて悲しくなったよこの作品は。目がほころんで涙ぼくろが膨れる。僕の顔をしたから覗けばそれこそおっばけや〜しきーだ。

 この物語を持ってきた彼に、僕は今まで何度も驚かされてきたんだけどね。ここまでするとは思わなかったよ。この物語の意味を、本当にわかっているのかな?


 仕方ないから強く言ってしまうさね。


「これではいけないい。この物語は『小説ではない』のだよ。『世界を作るための物語』なのだよ。もし、救いようのない物語を書けば、物語を『書いた君を殺しに』来ると考えていいだろう」


 すると、客は唇を尖らせた。

 なんだい? 今の話聞いてなかったのかい? 人の宝箱の中でおちょくったような顔をするのはやめてくれ。本当に、黒の装飾がこの上なくうるさい格好は、見るたびに君の腹の底を体感するよ。


 少し説教じみてみるか。


「それだけなら君の犠牲だけだ。主人公の復讐が、このエクレツェア全体に向いてしまったらどうするつもりだい? 僕たちはそうやって世界を潰してきた人間をいくつも知っている。なのになぜここまで意味もなく主人公を追い詰めるんだ?」


 ん? 今度は困ったような顔で見つめるんだね。君の目は男にしては綺麗な方だ。そのルックスがあるならモデルでもやった方がいい。

 物語を書くのはあったまがモジャモジャで、店の支払いをせずに友達に『家に財布取ってくるから』とか言ってそのまま帰ってしまうような人間に任せなよ。


 話を戻そう。


「そこでだ、なぜわざわざ『異世界最強の男』である『詠嘆のエクレツェア』殿は。『語り部』という職業の私、リレイザ・マルコヴィールに、普通の世界を作るための物語を持ってきたのか、さっぱりわからないんだが。どうしてだね?」


 か〜、また君のその表情を見ることになるとは思わなかったよ。エクレツェアが生誕して以来だね。でも、その表情から察するに、そういう時は常に何か僕を納得させることを言うに決まっているんだよ。


 テンプレだね、テンプレだね、テンプレだね。

 しかも、語り部という仕事の僕にそんなテンプレを見せつけるのか。天ぷらならご馳走になりたいが、君のテンプレは毎回君が大盤振る舞いしてエンディングじゃないか。

 ちょっとは別の人間に主役とかあげたらどうなんだい? 君はあくまでもエクレツェアの中の一人だ。

 主人公であってもそれは変わらない。みんながいてこその異世界さね。

 口に出さないのはもう10回くらい入ってるからだ。もう僕は目でそれを訴えているよ。わかったかな?


 ん? 


 聞いてあげるからさっさと


「なに? この物語の主人公に君の後を継がせたいだって?」


 ふむふむ、ふむふむなるほど……




「それは最高に面白い物語じゃないか」


 でもなんでそんなことを?

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