第58話 酒の酔いが君を、濡らす。

「ちょ、フィーリア! まさか酔っぱらったのか、アレっぽっちで?」

「うっせぇですですですっ! フィーだってヒック、お酒くらい飲めるですですっ!」


「こ、これはヒドイ……」

「ドイツもコイツも、ふざけんなですですっ!」


「ふ、ふざけてる?」

「マスターだって、そうですですですっ!」


「俺がか?」

「そうですですっ、ヒック……レベッカさんに鼻の下伸ばしちゃって……ヒック」

 

 フィーリアはヤケクソでビールを煽った。

さらにもう一口、もう一口と、どんどん酒量が増え、グラスが空になった頃にドサッと座り込む。

 そしてフィーリアは這うようにちゃぶ台までやって来て、二杯目のビールを、缶からグラスに注いだ。


 おい、まだ飲む気かコイツ。


「もう止めとけ、飲みすぎだ」

 

 俺はフィーリアのグラスを取り上げようと、手を伸ばす。

 それにイラついたのか、フィーリアが腕をブンブン振って、俺をはねのけた。


 ったく聞きワケが悪いヤツだ!


「ヒック、うるせぇですですっ!」

「絡み酒なんてマジでタチ悪いぞ」


「ハンターに向かって文句ですかぁ!?」

「うっせぇ、いいから水飲め!」

「いい加減にするですですぅ!」

 

 そう言いながら、ふいに、フィーリアの瞳が俺の目を捉える。

 穢れのない、清らかに輝く宝石のような目だ。

 しかし瞳は、うるうると濡れていた。


 まさか……泣いてる?

 

 フィーリアはゆっくりと俯くと、静かに口を開いた。

 今までの早口が嘘のようだ。その横顔は、結髪に隠れて見えない。


「……マスターは、レベッカさんをお嫁さんにするですか?」

「は?」

 

 何を言い出すんだ、急に。

 意味がわかんねぇ。


 フィーリアは、俺の心を試すかのように畳みかける。


「レベッカさんと、ご結婚なさるのですか?」

「ああ、そういえばそんなこと言われたな……」

 

 だが俺は婚活をこじらせすぎて、プロポーズに対する接し方がわからなかった。

 自分が、どう受け止めて、どう答えればよいのかさえ、きちんと決められない。


 というか女に告白される場面自体、経験がないのだ。

 

 勿論二次元では何度もお目にかかっているが、良くも悪くも、それらは全てテンプレの産物である。

 イレギュラーな、本物のシチュエーションには、戸惑ってしまう。


 レベッカにプロポーズらしきものはされた。

 だがそもそも、彼女がどこまで本気かもわからない。


 まず大前提として、アイツは本当に俺のことが好きなのか? 

 ただの金のなる木と思ってやしないか? 

 

 フィーリアの問いかけをトリガーとして、そんな考えが頭を回り始める。

 

 だが不思議なもので、煮詰まらない気持ちを抱えれば抱えるほど、段々あの猫娘が気になってくる。


「レベッカさんを、お慕いなさっているのですか?」

「お、お慕い……なぁ」

 

 たぶん、フィーリアの言う「お慕い」とは、「好き」と同義なのだろう。


 俺はレベッカをが好きなのか? 

 確かにケモナーの気はあった、それは認める。


 だが、だからと言ってそれが「好き」に該当する気持ちなのか? 

 

 っていうか、まず「好き」ってなんだよ。

 「好き」って、どういう時になるんだっけか。


 ヤリたいとか、そういう気持ちのことか? 

 

 なら、俺は地球上のほぼ全ての女性を「好き」ということになる。

 いや待てよ、それじゃただの色ボケじゃねえか。


「好き」というワードが、脳内を増殖しては離散し、破壊と創造を繰り返す。

 

 33歳にもなるおっさんなのに情けない限りであるが、俺の頭の中で「好き」がとうとうゲシュタルト崩壊した。


「どうなのですか、お好きでいらっしゃるのですか?」

「あ、ああ……『好き』かもな」


 訳も解らず答えてしまった。

 

 コレが、いけなかった。

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