婚活惨敗おっさん、まさかのトライアングラー!?

第52話 婚活惨敗おっさん、逆プロポーズされる


「そりゃもう、ギッタンバッタン、シュババババーの、キリキリマイだったんですよぉ!」


 フィーリアは帰りの飛行船の中で、虎男に俺の武勇伝をずっと語り聞かせた。

 だがご覧の通り、擬音ばかりの説明だ。

 虎男は、何度聞いても解らないといった顔をした。


「う~ん、嬢ちゃん。すまんが全然わからへん」

「何でですか! こんなに詳しく説明してるのに!」


「フィーリア、それじゃ全く伝わらないと思う」

「えええええ!?」


 フィーリアはむくれて頬を膨らませる。


「どうしたら解ってくれるですかぁ!」

「大丈夫や、この戦利品見たら大体察しはつくがな。村のモンらにも見せたらええ。ゴッツい驚くはずや」


 虎男がガハハと笑いながら、手に入れた素材を運搬用の袋に詰めてくれた。

 そして船はゆっくり旋回し、村に到着する。


 村はうららかな昼下がり。

 昼食を終えたであろう村人が、午後の労働に出かける姿がちらほらと見えた。食べ物の残り香が鼻をくすぐる。


 ぎゅるぎゅるるる……。

 銀色の装甲の下から、いつものフィーリアの腹の虫が泣いた。

 恥ずかしそうに腹を押さえる。


「ふにゅんっ!」

「ああ、そういえば昼メシまだだったな」


 最後に食べたモノと言えば、クソマズイ土味の携帯食料だけだ。

 

 家についたら、何か作ってやろう。


 そう考えながら飛行船を降りると、ギルドから貸し出し用の荷車が準備されていた。虎男の助けで、荷台に荷物をくくりつける。

 まだ血生臭いラプトルの素材は、荷台からこぼれんばかりの量だ。

 虎男は目を見開いて、俺達の働きを称えた。


「改めて見ると凄いなぁ。こんな凄腕ハンターやとは知らんかったで」

「ハハハ……どうも」

「こんなハンターがおってくれたら、村も潤うわぁ。これからも飛行船のご利用、お待ちしてまっせ!」


 虎男は営業スマイルをかました後、笑いながら帰っていった。


「さて、フィーリア。俺達も帰ろう」

「はいですぅ、マスター」


 重い重い荷車をやっとこさ押しながら、猫娘が待つハンターの家に帰宅する。

 物音を聞きつけたのか、扉に手を開ける前に、レベッカが飛び出してきた。

 

 首を長くして待っていたのであろう。

 耳をぴくぴくさせて、こちらに走り寄ってくる。


 だが、俺達の姿をひと目見たレベッカは、喜びより先に驚いた表情を見せた。


「その量の荷物は何ニャ!」

「ああ、これか。戦利品だよ」


「ワラビじゃないのニャ!?」

「まぁ、色々あってな」

 

 いぶかしげな表情で、レベッカは荷物の匂いをクンクンを嗅いだ。


「これは血の匂いニャ、ということは……」


 レベッカは意を決して、荷台に詰まれた袋を開け、中身を探った。

 よく見えるように、次々と取り出して日の下に並べる。


 そして驚嘆の声を上げた。


「こ、これは……ラプトルの皮じゃないニャか! しかも牙、鱗、爪まであるニャ!」


 レベッカは素材を手に取り、あらゆる方向から眺めまわした。

 溜息をついたり、お~っと驚いた声を出している。


 その様子を見ているフィーリアは、得意げだ。


「これぜ~んぶ、マスターがあっという間に狩ったんですよぉ!」

「あっという間にこの量をニャか!? やっぱり凄い男ニャ!」


「いや、これは大剣の龍が……」

「キュルキュルシャキーンでバッサバッサで、滅茶苦茶カッコ良かったんですからぁ!」

「それはヤバいニャね!」


 二人に龍のことを打ち明けようと思ったが、話すタイミングを逃してしまった。というより、きちんと話したところで聞いてはくれまい。


 フィーリアはクエストから解放された興奮で騒いでいるし、レベッカはまたも目を金マークにして大はしゃぎしているからだ。


「ラプトルの素材は用途が広くて、とても人気がある品ニャ。でもあの通り凶暴で狩りにくい。だから価格が高騰して大変なのニャ」


 なんだ、ラプトル程度で貴重な品なのか。

 ヌルい、ヌル過ぎるぜ異世界。


「ラプトルでいいなら、いくらでも倒してきてやるよ」

「本当ニャ!?」


「ああ」

「フィーリアは大丈夫なのかニャ?」

「ラプトルさんなら、マスターがチョチョイのチョイしてくれるから平気ですぅ!」


 その答えに、レベッカはもう有頂天だ。

 しかし何かを思い出したかのように、ピタリと動きを止める。


「……そういえば、ワラビはどうしたニャ?」

「ああ、ワラビか……それがな」


 俺は声を落とし、落胆した態度をとった。

 フィーリアもそれに習い、浮かない顔でうずくまる。

 

 その様子を見たレベッカの顔色は、真っ青だ。


「まさか……ワラビは採れなかったニャ!?」

「ええと、うーん」


「なんてことニャ! ワラビが無いとミーは東京湾に沈められちゃうニャ!」

「なんで東京湾なんてワード知ってるんだよ!」 

「ああもう、絶望ニャ……」


 レベッカは手で顔を覆って、意気消沈の体だ。


 この様子を見たフィーリアと俺は、内緒で目配せをする。


 ま、イタズラはこのぐらいにしといてやるか……。


「そんなに落ち込むな。ほら、これで我慢してくれ」


 沸き上がる笑いをなんとか抑えながら、落ち込むレベッカの目の前にドドンと、ワラビが目一杯詰まったバッグを放り出した。バッグの口が解け、大きくて太い立派なワラビが溢れだし、レベッカの足もとになだれ込んだ。

 

「ウニャァアアアア!!」


 レベッカはワラビの大群を抱きしめ、歓喜の叫びを上げる。

 フィーリアも自分のアイテムバッグを、ドンとレベッカの目の前に差し出した。そこにもワラビがギッチリだ。


「も、もう一袋もあるニャァアアア!?」

「どうだ、足りるか?」

「勿論ニャ、これだけあれば文句なしニャ!」


 大量のワラビに頬ずりしながら、レベッカは天にも昇りそうな表情だ。


「こんなにあるのに、何ですぐに出さなかったニャ!」

「いや、ちょっと驚かそうかなと思って。鍛冶屋で見たレベッカのへそくりみたいに」


「あの時のお返しってことニャか」

「ま、そういうことかな。どうだ、俺、役に立ったか?」


 まるで神様を見ているような表情で、レベッカは俺を眺め、そしてギュッと抱きついた。


 猫耳のモフモフがおっさんの伸び始めた髭をくすぐる。


「ちょ、何だよレベッカ。どうしたってんだ」


 顔が真っ赤になるのを感じながら、なんとかレベッカの身体を引き離した。


「光一! ユーはミーの救世主ニャ!」

「んな大げさな、ワラビくらいで」


「いいや、これが無ければミーは今頃死んでたニャ!」

「そう思うなら、もう無茶な借入はするなよ?」


「勿論ニャ! 光一は命の恩人ニャ」

「はは、そりゃどうも。レベッカもお疲れ様」


 レベッカの小さな頭を、ポンポンと撫でてやる。

 気持ちがいいのか、彼女は大人しくしていた。


 顔を少し上げ、深い海を思わせるブルーの瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見る。


「ユーって男は……」


 もう一度、レベッカは俺の腰に手を回して、可愛らしい額をピトッとくっつけた。


「なんて素敵な男なのニャ。こんなにいいオトコ、ミーは今まで出会ったことニャい」


 少女のフルーツのような甘い香りが、胸一杯になだれ込んで来た。


「そ、そうか?」

 

 照れながら、頭を掻いた。

 なんだよこのシチュエーション、ゲロ甘じゃねえか。


「……そうだ光一、ミーとこの世界を回らニャいか?」

「へ?」


 レベッカが真剣な表情で、甘えるようにミャアと鳴く。


「光一となら、ミーは必ず天下を取れると思うニャ。ミーと添い遂げる気はニャいか?」

「そ、添い遂げるって……」


 おいおい、これってまさか……プロポーズ!?


 俺、異世界で結婚するのか? 

 婚活惨敗したおっさんなのに!?


「騎士に命を助けて貰った女の子は、彼に全てを捧げるのニャ」

 

 あまりの急展開に、神経回路がショートしそうだ。

 ある日突然ゼクスィを突き付けられる男って、こんな気持ちなのだろうか。

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