第50話 おっさんは運動不足

「マスター、ワラビですぅ!」


 一回目と同じところに、ワラビはきっちりと生えていた。

 フィーリアが走り寄って、高らかにワラビを採り上げる。

 

 まだラプトルどもは姿を現さない……、今がチャンスだ。


「よしフィーリア、とっとと採取して帰るぞ!」


 ハイピッチでワラビを採りまくる。場所も把握しているのでスムーズだ。

 粗方採り終わったころ、俺は採取のために屈めていた腰をやっと伸ばした。

 アイテムバッグはワラビでギチギチのパンパンである。


「ふぅ。これで依頼された量は十分採れたな」

「フィーリアのバッグも一杯ですぅ」

「上出来だ、引き上げるぞ」


 その時だった。


 キュルキュルキュルキュルッ!


 聞き覚えのある攻撃音が響いたかと思うと、岩陰から何頭ものラプトルが突如、飛び出してきた。鋭い爪を研ぎながら、獰猛に獲物を狙う目で迫ってくる。


「来やがったなラプトルども!」


 さぁ、ここからがこの装備の出番だ。

 俺は背中に背負った大剣に片手をかける。

 

 大枚はたいて買ったんだ、その威力とやらをみせて貰おう!

 

 右手に力を入れて、鞘から剣を抜こうと、ぬ、こうと……あれ、あれれ?


「何だよこれ、ぜんっぜん抜けねぇえええええ!」

 

 全くの盲点だった。


 背負っている時は気がつかなかったが、剣は身の丈に届く勢いの、重厚な造りだ。そしてその重厚さ故に、恐ろしい質量だった。

 それ故、ちょっとやそっとじゃ片手で持ち上げられない。


 ハンターズ・グリルでの過酷な労働と日ごろの運動不足がたたり、剣は敵を前にして、ビクともしやがらないのである。


 嘘だろ、まるっきり使えねえじゃねえか!

 

 だが、コチラの事情などお構いなしに、ラプトルは迫ってくる。


「ちょ、ちょっとタンマ!」


 しかしラプトルが、律儀にタンマしてくれるはずはない。

 急いで大剣を鞘ごと背中から下ろすが、その間に周りを何匹ものラプトルに囲まれてしまった。


 ヤバい、ヤバいぞ……!

 

 解りやすくピンチな俺は、フィーリアの姿を探しながら、大声で叫んだ。


「フィーリア、ヘルプだ!」

「ひゃ~ん、無理ですぅ!」

 

 やっと見つけた彼女は、ラプトルの軍勢に追われてぴょんぴょんと逃げ回っていた。せっかく弓があるというのに、全く役に立っていない。


「何やってんだ、弓使えよ!」

「えええ、そんなの出来ないですぅ!」


「矢をつがえて引くだけだろ!」

「だって、ラプトルさんに追いつかれちゃいます!」


「いい防具つけてんだから、少々攻撃されても大丈夫だって!」

「やだやだ怖い~!」

 

 こりゃダメだ、埒があかん。


 何とか形勢を逆転する方法を考えているうちに、痺れを切らしたラプトルがとうとう牙を剥き出しにして、俺に襲いかかった。


「わーっ!」

 

 咄嗟に剣を盾に身を守る。すると、

 

 ガチン!

 

 鈍い音を立てて、ラプトルの牙は弾き返された。

 

 ギャルルルル!

 

 鋭い悲鳴を上げてラプトルがのたうち回る。その暴れ方は尋常ではない。


「あれ……どうしたんだ?」

 

 良く見ると、なんと襲いかかってきたラプトルの牙が、無残にも折れていた。

ラプトルは血を流しながら、苦しみもがいている。

 他の個体も警戒したのか、俺から距離をとった。

 

 大剣はというと、傷一つ着かずに黒く煌めいたままだ。


「嘘だろ、防いだだけなのに……」


 恐ろしいくらいの、潜在能力を秘めた剣だ。


『どうじゃ、ここ一番の傑作なのじゃ』

 

 確かに親方が言っていたことは正しかった。

 攻撃を跳ね返しただけでモンスターの牙をへし折るのだ、タダモノではない。これほどのスペックを見せつけられると、やる気もテンションも爆上がりだ。


「よっしゃあ、やったるぜ!」


 ヤル気の力をバネにして両手で柄を握り、老体に鞭を打ちながら鞘から剣を引き抜いた。その瞬間だ。


「汝か、我を呼び醒ましたのは」


 見知らぬ荘厳な声が、頭の中に響いた。

 脳に直接語りかける様な、不思議な感覚だ。


「なんだよ……この声……。誰だよ?」

「我は汝の持ちし大剣に、宿りし龍」


 良く見ると、大剣に絡みついた漆黒の龍がその体躯をうねらせて、鎌首を上げている。眼を緋色に光らせ、真っ直ぐに俺の目を、龍は射抜いた。


「厨二臭過ぎて草ァアアア!」


 展開があまりに古典的で、思わず大声でツッコンでいた。


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