第31話 腹が減っては戦は出来ぬ

 空きっ腹を抱えたまま、三人でハンターの自宅に帰ってきた。


「はあ……どうするかな」


 溜息を吐きつつ、椅子に腰かける。

 フィーリアとレベッカは、ベッドに腰を下ろした。


 長い沈黙が続く。

 そして重々しい空気の中、猫娘が口を開いた。


「ユーがミーの店で買った商品代金で、何とかならないかニャ?」

「無理だ、一人750ゴールドだろ?」


「一人分すら無理ニャね。っていうか、何に金使ったニャ?」

「違約金に使ったんだよ、二回もクエストリタイアしてるしな」


『異世界ハンター』ではクエストを受注する時、契約金をギルドに支払う。

 それはフィールドに向かうための飛行船代や、救援スタッフの雇い賃にあてるお金で、いわば必要経費だ。

 勿論クエストが無事成功すれば、報奨金で難なくペイ出来る額である。

 だが裏を返せば、失敗した場合はハンターが損を被ることになるのだ。 


 金が無い状況でのクエスト失敗は、かなりの痛手だった。


「くっそ、金はどうにもならねぇ。打つ手無しだ」

「うニャ~! どうしたらいいニャあ」

 

 猫娘がシクシク泣きだした。

 おまけに腹も泣きだした。


「とりあえず落ち着こう。腹が減っては戦は出来ぬ、だ。何か食おう、食材はあるか?」

「ミー、だいぶ前からロクなもの食べてないニャ……」


 これには苦笑いだ。多額債務者に聞く方が間違っている。


「フィーリアはどうだ?」

「草なら……」

 

 そうだった、このエルフは草で食いつないでいたんだった。


「飯すらままならんか」

 

 まったく、金がないというのはこんなにも辛いのか。

 猫娘がへこんだ腹をさすりながら、小声で答える。


「さっき言ってた商品代金なら、あるニャよ?」

「ダメだ、出来るだけゴールドは温存したい。……となると」

 

 俺はにわかに立ち上がり、ハンターボックスに身体を突っ込んだ。

 

 俺が逃げると思ったのだろうか、美少女たちが必死で取りすがる。


「どこ行くですかぁ、マスター!」

「ミー達を見捨てる気ニャかぁ!」

 

 全く、困ったちゃん達だな。

 いいオトナが、この状況で逃げる訳なかろう。


「大丈夫だ、ちょっとの間帰るだけだって。何かアッチから食い物を持ってきてやる」

「ほ、ホントですかぁ?」


「ああ、おっさんは嘘をつかない」

「わかりました、マスターを信じるですぅ」


 少し安心したのか、フィーリアはホッとした表情を見せる。


「いい子だフィーリア。そのボロボロのアーマーを、着替えとくんだぞ。で、可能なら暖炉に火を熾しておいてくれ」

「はいですぅ」

 

 そう言い残すと、ハンターボックスに身体をねじ込み、現実世界に戻った。


 茶の間は昨夜バタバタと出て行った状態のままで、雑然としている。

 コチラでは夜が明け、窓越しに強い日が差し込んでいた。

 日本独特の、ムシっとした空気が部屋中に満ちる。


「そういえば、オカンは大丈夫か……?」

 

 気絶したまま寝たオカンを置いてきたのだった。

 急に心配になって、部屋を覗きに行く。


 きっと怒っているだろう。

 倒れたオカンを置いて失踪するなんて、とんだ馬鹿息子だ。

 出来るだけオカンを刺激しないよう、そっとオカンの部屋のドアに手をかけた。


「オカン……体調はどうだ?」

 

 声をかけながら部屋に入る。


 しかし、既にオカンはいなかった。

 まだ午前中だし、家にいるはずなのだが。


「あれ、どこ行った?」

 

 するとベッドの上の、置手紙が目に入った。

 いつものように、可愛い女子高生のような字が並んでいる。


「買い物に行ってくるワ、愛しのママより❤」

 

 あの状況で買い物行ったのかよ! 

 

 果たしてオカンは繊細なのか、鉄メンタルなのか、わからない。


 だがちゃんと、活動が出来るまで回復したなら良かった。

 ひとまず安心だ。


「今日は休みなので出掛けます、光一」 

 

 オカンの置手紙の余白に、サクッと走り書きをしておいた。


 急いでシャワーを浴び、普段着に着替える。

 動きやすくなったところで行動開始だ。

 

 アッチの小娘達を、待たせる訳にはいかない。


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