第23話 飛行船と虎
飛行船は巨大な気球を擁した木造の船だ。
高い山々の上を、滑るように飛んでいく。
下を覗くと、眼もくらむような高度である。
「ヤバい、この船ガチで飛んでる!」
「わぁ、飛行船は久しぶりですぅ」
フィーリアもはしゃいでいた。
高所のためか、地上に比べ空気が刺すように冷たい。
息を白く吐きながら、あらかた船内を散策する。すると、
ギイ、ギイ、ギイ……と大きく木の軋む音が、背後から歩み寄ってきた。
驚いて振り返ると、ロープを抱えた大男だ。
しかも人間ではない。明らかに獣の血が混ざった獣人である。
虎をそのまま人間にしたような容貌の男で、身体中に毛が生えており、毛の奥につぶらな青い瞳が覗いた。
丈夫そうな作業服を着ているところからして、この船の船員らしい。
肉体派のゴリゴリマッチョマンである。
しかし、いざ獣人を目の前にすると迫力がすごい。
特にこの虎男は、獣度合いが大きいからなおさらだ。
人間に近かった(おまけに可愛い)猫娘とは、訳が違った。
白い息を蒸気機関のように吐きながら、虎男は口を開ける。
「おお、ハンターのお出ましやなぁ! 首を長くして待ってたんやで~」
出てきたのは、見た目に似合わぬ唐突な関西弁である。
なるほど虎だからか……ってそんな概念異世界にある訳ねぇだろ!
黙ったまま状況にツッコミを入れつつ、虎男に挨拶をする。
「あ、どうも」
「ハンターが乗ってくれんと、飛行船も商売上がったりやわぁ」
虎男はガハハと笑いながら、俺の肩をバシンと叩く。
「せっかく自分の飛行船を借金して買ったのに、全然儲かれへんがな」
虎男、お前もか。どこもかしこもハンター頼みが過ぎる。
「せやけど今から初めてのクエストやな、ドキドキちゃうか」
「いや俺、ハンターじゃないんです」
「へ、防具も武器も持っとるやん?」
「タダの付き添いなんですよ。ハンターはあの子」
俺の後ろで美しい金髪を風になびかせている、フィーリアを指差す。
「あのエルフの付き添いやてぇ? そんなん初めて聞いたわ!」
「俺もです」
「まぁ何でも構わへん。死なんかったらそれでええんや」
その言葉にギクッとした。
ゲーム内で死んでもコンテニューすれば生き返る。
『異世界ハンター』でも勿論、その機能はあったはずだが……?
「ハンターなら大丈夫とか無いんですか?」
「そんなもん無理や。ゾンビとちゃうんやし」
この世界はゲームとそっくりだが、中身はかなり現実的だ。
マジかよ、俺ヘタしたらここで死ぬのか……?
冷えた身体が、更に芯まで冷たくなる。
顔面蒼白の俺を見て、虎男は慌てて付け加えた。
「そんな顔するなや。これ持っとけば、救護班が助けに行く」
虎男が差し出してきたのは、金鎖付きのペンダントだ。
懐中時計ほどの大きさで、中を開けると羅針盤がついていた。
待てよ、見たことあるぞこれ。
確かゲームの最初に貰う重要アイテムだ。
「これってもしかして、ハンターコンパスですか?」
「よう知ってるな。フィールドを移動するとき便利やで」
虎男の言うと通りだ。
これさえあれば、どこにいても正確な方角がわかる。
虎男が、さらに付け加えた。
「コイツはな、普通のコンパスとは違って魔法が掛かってる。ハンターの生命力を把握する機能があるんや」
「つけてるだけで?」
「そうや。ハンターが瀕死になったら、この船を呼ぶ。そしたら船から救護スタッフを投下して、安全なエリアまで搬送するからな」
「へぇ。とすれば、かなり大切なアイテムですね」
ゲーム上では瀕死状態になれば、勝手にコンテニュー画面に切り替わる。
しかしこの世界では、このコンパスがハンターの危険を知らせるらしい。
だが裏を返せば、コンパスを紛失した場合、ハンターは誰にも助けを求められないということだろう。
虎男の目つきが厳しくなり、こう言い足した。
「でも助けられるんは、クエストにつき二回までや。急降下して助けに行くから、船に負担がかかる。それ以上は飛行船ごとお釈迦やからな」
「それでもまた、瀕死になってしまったら?」
俺の確認に、虎男は首を横に振った。
なるほど、その時はガチで死ぬってことか。
俺は改めて、気持ちを引き締めた。
「しかし困ったな、コンパスは一つしかないんや」
「えええ!? じゃあどっちが持てばいいんですか?」
「お互いの相談ちゃうか。先に弱りそうなもん優先でもええし、女の子優先でもええし」
そう言われると、いい歳したおっさんが「自分がつけまぁす!」などと宣言できない。
ここは紳士たるもの、レディ・ファーストの精神を出すしかないではないか。
異世界ですら男女不平等かよ、メンドクセぇ!
仕方なしに、フィーリアの首にハンターコンパスをかけてやる。
「え、フィーがつけるですかぁ?」
「お前がハンターだ、そうだろ?」
「マスターぁ、こんなにお優しい方とは……」
フィーリアが目を潤ませる。
そんな顔すんじゃねぇ、照れるだろ。
船内に、虎男の大声が響いた。
「そろそろ着くで、掴まっときや」
虎男が舵を操ると飛行船は旋回し、フィールドに荒っぽく着陸した。
「白亜林に御到着やで~! さ、降りた降りた!」
促されるまま、フィールドに一歩踏み出す。
無数のシダ植物の上に巨大な樹木が生い茂った、古代の森林を思わせる独特なフィールドだ。
虎男が初心者に教え含めるように、細かく説明をつけてくる。
「ここが白亜林のキャンプエリアや。モンスターが入ってこない安全地帯。ヤバいと思ったらここに逃げ込むんやで。あと、キャンプ内には休憩テントがある。そこのベッドで休めるから覚えときや」
そんな基本情報、言われなくても知ってる。
俺は歴戦のハンター、いや「元」ハンターだぞ?
だがせっかく教えてくれているのだ、そんな言葉を返すのは失礼だろう。
俺は得意の営業スマイルを作って、虎男に礼を言った。
「わかった、ありがとう」
「ほなら成功を祈ってるで~」
虎男は瞬く間に飛行船に乗り込み、空高く姿を消した。
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