第11話『魔獣のいる世界』

 イオンパルスブースターが大気を震わせ、船体を一気に加速させる。


「ひゃっ!?」


 加速によるGでシートに押し付けられ、ファルカが小さく悲鳴をあげた。ぎゅっと閉じたまぶたを恐る恐る開くと、これまで見たこともない速度で流れていく世界。


「うわぁぁぁ! 速い! すごいよアヤカネ!」

「ははは! すごいだろ? でも舌噛むからあんまり喋るなよ? いくぜ必殺! マグナムトルネード!」

「う、うん。きゃぁぁぁっ!」


 滑るように海上を疾駆するアリスリット号。そのときアリスリット号は実に180ノットという速度を叩き出していた。時速にして約330キロ。77・7フィート(約23メートル)の船体が海上をトビウオのように跳ね回る。


 イオンパルスブースターの大推力と、可変パドルからなる柔軟な機動性によって、アリスリット号の動きは常識はずれもいいところだ。


 ジャンプ、滑空、空中ターン、バレルロールと、変幻自在な機動を見せるアリスリット号。だが、それでいて航行中の揺れや着水時の衝撃が不自然な程に少ない。それはイオノフロートという海面と船体との間に、電磁的な膜を形成するシステムが搭載されているからだ。これによってアリスリット号は水の抵抗を受けることがない。


「きゃはは! すごい速い! すごいよアヤカネ!」

「おいおい、喋るなっていったろ?」

「だって! すごいんだもん! ニッポンのお船すごい!」


 補助席ではファルカがはしゃいだ声を上げる。彩兼も魔法で散々驚かされた仕返しが出来て気分がよくなり、調子に乗ってしまったところがあるのは否めない。

 

 こうして多少大回りしながら進んでいくと、やがて水平線の向こうに緑の大地が見えてきた。


「お、陸だ!」

「あれがルネッタリア王国だよ!」

「ルネッタリア……王国?」


 ファルカ達が暮らす国、ルネッタリア王国。

 王国というからには、地球での中世程度の社会システムはあるのだろうと推察する彩兼。


 速度を落とし、慎重に沿岸部へ接近する。


 荒波に削られて出来た切り立った岩肌は日本海側の沿岸地帯によく似ている。そしてその奥には広大な原生林が広がっているようだ。


「すっげぇ……あれが木なのか? でっかいな……」


 目を引いたのは100メートルを余裕で越えるだろう巨大な樹木だ。極太の幹周りを持ち、雄々しく枝葉を広げる姿は圧巻の一言だ。この一見山にも見える巨大樹が一本ではなく、ところどころに見てとることができる。


「この国の人たちはこの森の中で暮らしているの?」

「そんなわけないじゃない。危険な魔獣とかもいるし、もう少しすれば町が見えてくるよ」

「ふぅん。なんていう町?」

「サバミコの町」

「え? サバ味噌?」

「サバミコの町だよ。あたしはそこに向かう途中だったんだ」


 ファルカの言った通り、しばらくすると森が開けそこに港が見えてきた。やはり中世を思わせる石と木で作られた港街である。

 

「アリス、エンジン停止。左舷ミラージュパネルを起動」

『エンジン停止。左舷ミラージュパネルを起動します』


 アリスリット号は現在この国の領海に無断で侵入している不審船だ。一応無線での呼びかけは行っているが応答はない。


 町の人々を刺激したくない彩兼は、静粛性に難のある水素タービンエンジンを停止させ、視覚的に船体を隠すミラージュパネルの起動を命じる。


 ミラージュパネルとは、大気中に映像を投影する技術を光学迷彩に転用したものだ。


 陸から見える左舷側のみに限った起動のため実は沖や空から見れば丸見えだが、全周囲にミラージュパネルを形成するには相応の電力が必要であり、水素タービンエンジンの可動が必要になる。


「よし、もう少し近づいて様子を見てみよう」


 ミラージュパネルによって町の住人からはアリスリット号を視認することはできないはずだ。


 その港町は古い日本の漁村を思わせる町並みで土がむき出しのままの道。鉄筋コンクリートの建物などはもちろん見あたらない。


 港には石を積み重ねた防波堤。そして木と土と石で出来た桟橋には、多数の木造の小船が繋がれている。中でも特に目を引くのが25メートルほどの帆船だ。細長く洗練された形状で、千石船とガレオン船を足して割ったような見た目をしている。そしてそれが漁船や貨物船ではなく、水上戦闘を行うための軍船であるということが、甲板上に設置された盾や、船首から伸びた衝角に見て取れた。


「かっけぇ……帆船はやっぱ浪漫だよな」


 うっとりと帆船に心奪われる彩兼。だが、ファルカはというと厳しい目でその船を見つめていた。


「警邏隊の船が来てる。やっぱり何かあったんだ……」

「あの船がどうかした?」

「うん。あれは警邏隊の船なの。警邏隊っていうのはこの国で悪い事をした人を捕まえたり、魔獣が町に出たときその討伐をする人達のことね」

「なるほど。日本にも似たような組織があるからわかるよ」


 時代がかった言い方ではあるが、おそらく日本で言う警察と同じような組織だろうと理解する。


「……ひょっとして俺のせい?」


 アリスリット号はの領海侵犯を取り締まりに来たのかと不安になる彩兼だったが、ファルカはそれは違うと頭を振る。


「ちがうよ。実は最近、沿岸の村や町が魔獣に襲われたって噂があったの。そのせいじゃないかな?」

「魔獣か……」


 魔獣が人を襲う世界にいることを改めて認識する。恐怖と好奇心が混ざり合い、汗ばむ手で強く操縦桿を握る。


「あたしもそれを調べにきたんだよ。このあたりの海はメロウ族の縄張りだからね」


 メロウ族の社会がどういったものかを彩兼は知らない。しかしファルカのような女の子がひとりで来るような生易しい問題では無いように思えた。


「キミみたいな女の子が? それにファルカは学生じゃないの?」

「あたしはメロウ族を代表してこの国の学校に通ってるの。だからもし海の魔獣が暴れてるなら力にならなきゃ。それにあたしこれでも結構強いんだよ?」

「その割に、道草食ってたみたいだけど?」


 メロウ族は魔法が使える上、人より高い身体能力がある。おそらくただの人間である彩兼よりは強いだろう。


 しかしファルカが戦士なのかというと、全くそうは見えない。


 彩兼の目にもわかるくらい、ファルカは若く、そして無邪気だ。戦場にでるにはあまりにも危うく見える。


 腹が減ったとタコとじゃれ合い、その後しばらくアリスリット号でゆっくりお茶していたりと、強い使命感を持ってる割に、やってることが自由過ぎるせいがろう。


「う……だ、だって! 海に変わったものがあったら調べるのが当然じゃない! この船もアヤカネも魔獣よりよっぽど変だよ!」

「それはそうだ。その気持ちわかるよ」

「でしょ!」


 気になったら調べる。覗いてみる。触ってみる。その結果、見知らぬ世界に迷い込んだり、海に突き落とされたりもするかもしれない。


 けれど未知なるものへの好奇心に突き動かされて行動する。それが冒険者魂だ。


(ファルカとは気が合いそうだ。一緒に冒険できたら楽しいだろうな)


 会ってそう時間も経っていないが、彩兼はファルカのことを好ましく思っている。明るくフレンドリーな性格。その上可愛くて、スタイルも良い。


 もしファルカが隣にいてくれたら、きっと最高の冒険が出来るだろう。


「どうしたの? アヤカネ?」

「い、いや! なんでもないんだ」


 ついじっと見つめてしまったことに気が付き、慌てて目をそらす。

 

「そっか。それじゃあバイバイアヤカネ! 送ってくれてありがとう! 楽しかったよ!」


 別れを告げるファルカ。どうやらひとりで町に向かうつもりでいるようだ。


「え? ちょっと待って。俺も行くよ?」


 それを引き止めて、自分も行くと言い出す彩兼。

 ファルカと別れるのが惜しいというのもあるが、目の前に異世界の、未知の町があるのだ。見て回らないという選択は彩兼には無い。


「でも魔獣の調査だよ? 危ないよ!」

「確かにそうなんだろうけど……」


 確かに、彩兼はこの世界の常識を理解しているとは言い難い。なんせ人魚がいて、魔法があって、そして魔獣だ。


 地球の歴史において人はその英知でもって大地を支配した。しかしこのファルプ世界では、魔獣の存在によって人はそれをなしえることができなかった。


 魔獣とはそれほどまでに強力で、人に害をなす存在なのである。


「このままここに放って置かれても危険。違うか?」


 彩兼は自分がこの世界について無知であることを理解している。だからこそ知りたい。決してファルカと別れるのが惜しいとか、一緒にいたいとかそれだけで同行を申し出ているわけではない。


「アヤカネ。このニッポンのお船はとってもすごい。どんな魔獣も追いつけないこの中にいれば安全。あたしも町の様子と調査が終わったらまた戻ってくるよ。それじゃ駄目?」


 ファルカの表情はこれまでになく真剣だった。


 確かにファルカが戻ってくるというならば、リスクを犯す必要はない。ファルカの要件が終わった後、ゆっくりこの世界を案内してもらえば良いのだから。


 しかし、ファルカはかなり危険な事態を想定している。つまり、ファルカが戻ってこれなくなるような事態も十分考えられるのだ。


 彩兼の心は決まっている。ここでファルカと離れるのはありえない。


「だったら尚更だよ。俺とこのアリスリット号の力が役に立つかもしれないだろう?」

「そうだけど……」


 ファルカはしばらく考えていたようだが、やがて諦めたようにい息を吐いた。


「しょうがないなぁ。放っておいても勝手についてきそうだし……」

「うん。そのつもりだった」

「もう……しょうがないなぁ」


 ファルカはもう一度息を吐いた。どうやら同行OKとのことらしい。


「よし、そうと決まれば早速準備してくるよ!」

「準備?」

「ああ! 大丈夫! すぐにすませるから!」


 そう言って操縦室から飛び出していく彩兼を見送り、ファルカは呆れたようにまた息を吐いた。


「ニッポンジンってみんなこうなの?」

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